第9話 二人の出会い②

「罰したりはしないから、私との婚約を拒む理由を教えてもらいたい」

 リュドヴィックは理由が知りたくて仕方がない。

 コハリィは気まずそうにしているが、第一王子であるリュドヴィックに頼まれれば答えるしかない。そもそも自分が言い出したことなのだから、きちんと理由を説明必要があるのはコハリィだって分かっている。


「理由は二つあります。まず、わたくしが王太子妃に相応しくないからです。自分でも分かっておりますが、わたくしは変わり者です。世の令嬢達とは全く話が合いませんし、合わせることもできません。普通の社交もままならないのに、王太子妃としての社交なんて絶対に無理です。加えて、人前に立つのも嫌いです。足が震えます。あと殿下みたいに、面白くもないのに笑うこともできません」

 コハリィに悪気は、全くない。全くないが、リュドヴィックの胸には突き刺さる言葉だった。


(面白くもないのに笑うのは、自分を守るために必要なことだろう? お前は守ってくれる家族がいたから、そんなことが言えるのだ)


 リュドヴィックの思う通りで、貴族である以上相手に自分の表情を読ませないことは、必要最低限のことだ。面白くないと笑えないと言うコハリィは、貴族としての自覚が足りない。

 だがコハリィにそう指摘されたリュドヴィックは、自分が恥ずかしくなった。


(相手を操るつもりで、常に主導権を握っているつもりで、王子として振舞ってきた。しかし実は、自分が周りに操られていたのではないか? 王太子に相応しい穏やかで優秀な王子は、周りの思惑によって作られたものではないのか?)


 リュドヴィックは自分の進んできた盤石と言われた道が、崩れ落ちそうなほど脆いものに思えた。


「二つ目の理由ですが、わたくしは植物の研究をしていて、将来は薬学者になりたいのです。自分の力で新たな薬を作り出し、一人でも多くの人を救いたいのです。そのためには研究に没頭する必要がありますので、王太子妃にはなれません」

 王太子妃になるためにかける時間があるなら、研究をしたいということだ。


「自分で言うのも、烏滸がましいですが……。わたくしは王太子妃になるより薬学者になった方が、この国の未来に貢献できます。王太子妃とは違った形で国民の健康と笑顔を守り、殿下の治世を支える一つの柱になります」

 コハリィは顔を真っ赤にして、リュドヴィックに自分の熱意を届けようと必死に力説した。


 コハリィの話を聞いたリュドヴィックは、自分が箱庭の中でしか生きてこなかったのだと思い知らされた。


 王家に生まれた第一王子だから王太子になり、いずれ国を治める。自分の進む道に疑問など感じたことはなかった。

 王太子に縋ることが、自分を守る唯一の方法だと思っていた。王太子にさえなれば、自分に関わる全ての者達を見返してやれると思っていた。

 自分を蔑み虐げる義母や弟、自分を駒としか思っておらず全く顧みることのない父親、未来の王太子だから媚を売る愚かな大人。

 こいつらに付け入る隙を与えたくなくて、必死に王太子になるための努力を重ねた。


 努力を重ねてきたが、この国の未来や、国民のことなんて考えたこともなかった。国民の生活や国の未来を守りたくて王太子を望んだわけではない、自分のプライドを守る手段が王太子になることだったに過ぎない。その事実を、コハリィによって思い知らされた。


 自分と同じ年の少女は自分の夢を持ち、臣下として国の未来を考えている。自分はどうだ? 自分には何もない。 


(俺が王太子になっても国王になっても、権力欲の塊である義母と弟は永遠に俺の足を引っ張り続けるだろう。面倒だ。

 俺がどんなに頑張って努力しても、父親にとって自慢の息子にはなれない。あの人は自分のことしか考えていないのだから……。所詮俺は、父親の役に立つ駒の一つでしかない。どうして俺が駒になってやる必要がある?

 周りに群がる大人は、俺が王太子や王になった際の利権に群がっているだけだ。俺だから側にいるわけではない。弟が王太子になれば、俺の周りには誰も寄ってこない。

 そんな奴等のために、今まで自分を抑え込んできたのか? 俺は、実は愚かだったんじゃないか……?

 こんなちっぽけな自分のプライドを守るためだけに王太子という称号を欲する人間が、未来の王になることなど国民は望まない。

 今まで自分が何をしたいのかも考えたことがなかったから、何がしたいのかは、まだ分からない。ただ、王太子になりたいかと聞かれれば、答えは「否」だ。

 やりたいことは、分からない。だが欲しいものは見つけた。絶対に離したくない人は、目の前にいる。

 面白くないのに笑えないとコハリィは言った。俺はなぜかコハリィの笑顔が見たいし、コハリィを笑顔にしたい。そして、面白くないと笑えないままのコハリィでいられるように守りたい)


「でも貴族の娘としてコハリィだって、いつかは結婚するだろう? 薬学者になることを邪魔しない相手なら構わないのか?」

 まさかこんなことを聞かれると思っていなかったコハリィは、「そうですねぇ」と言って頭を悩ませる。自分の我儘を文句も言わずに聞いてくれたリュドヴィックに、誠意をもって答えなくてはと真面目に考えているのだ。


「薬学者になることを応援してくれるのも重要なのですが、やっぱり想い想われるお相手と結婚できたら嬉しいです」

 コハリィは恥ずかしさで顔を赤らめ、照れ笑いをリュドヴィックに向けた。

 念願の笑顔を向けてもらえたリュドヴィックは心を決めた。


「俺は王太子にはならない!」


 突然のリュドヴィックの決意を、コハリィは口をポカンと開けて聞いていた。

 リュドヴィックにこう決意させたのが自分だなんて、もちろんコハリィが知る由もない。


「絶対に王太子にならないと約束する。コハリィが薬学者になることも邪魔しないし応援する。だから俺と結婚して欲しい。未来の自分が何をしたいのかは、まだ分からない。だけど、未来でも俺の隣にコハリィがいてくれたら嬉しい。うん、絶対にいて欲しい。俺以外がコハリィの隣に立つなんて考えられない!」

 リュドヴィックはコハリィの手を包みこむように握った。







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読んでいただき、ありがとうございました。

本日は二話投稿しています。

この第9話が2話目の投稿です。

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