第2話 茶番の始まり①

 一方、コロシアムの観客席からは離れた場所で三人に冷たい視線を送るリュドヴィックとコハリィ。

 リュドヴィックはこんな目立つ場所で問題を起こそうとしている三人に苛立ちと不安を覚え、「何をするつもりだ?」と棘のある声で呟いた。コハリィはその呟きに不安そうにうなずく。


(計画は大詰だ。もうこれ以上俺の人生を壊さないでくれ!)


 リュドヴィックは祈る思いで、三人を見つめていた。




 ニコラの腰に手を回して親密さを強調したフェリクスが、相対するエドメを嘲笑う。

「ここはダンスを踊る場所だろう? 勉強好きのお前は、遂に一人で踊る技を身に付けたのか?」

 エドメも負けずに冷笑を返す。

「フェリクス様は王族の任務を放棄なさりましたね? 王子の開会宣言もない、令嬢達が王子と踊れない、こんな卒業パーティーは初めてではないですか?」


 人前で堂々と王子である自分を非難するエドメに、フェリクスは苛立ちを隠すことなくぶつける。

「お前は本当に口の減らない女だな。もうお前には、うんざりだ。俺の視界に入るな!」

 フェリクスが声を荒げても、エドメは微笑を崩さない。

 紫色の大きな瞳は動じることなくフェリクスを捉え続け、深紅のドレスを身にまとった背筋はピンと伸びたままだ。少し小首を傾げると、わざと残したシルバーブロンドの後れ毛がサラサラと揺れる。それは計算され尽くした美しさだった。


「まぁ、わたくしはフェリクス様の婚約者ですのに、視界に入ってはいけないとは随分な難題ですわね?」

 常にフェリクスを馬鹿にしているエドメが、急に被害者振るのでフェリクスは目を吊り上げて逆上する。

「くはははははは。今更俺の婚約者を名乗るとは、笑ってしまうな。お前が俺を婚約者として敬ったことは一度もないだろう。俺のことは、自分が王太子妃になる為の道具にしか見えないだろう?」


 フェリクスの叩きつけた一撃は周知の事実だが、そのことを周囲には知られていないと思い込んでいるエドメは余裕を失った。計画では弱々しさをアピールするはずだったのに、つい本音がこぼれ出てしまった。

「フェリクス様は、わたくしが尊敬するような要素をお持ちでしたでしょうか? 成績は平均的、剣術は平均以下、執務も帝王学も中途半端で逃げ出す始末。全てにおいて、わたくしに劣ります。どこを敬えばいいのか教えていただきたいですわ」

「…………」

 本当のことだけあって、フェリクスも反撃ができない。何も言えずに怒りで身体を震わすフェリクスに、気をよくしたエドメが追い打ちをかける。


「フェリクス様の一番尊敬できないところは、女性を追い回すことです。ご存じでしたか? 婚約者がいるのにも関わらず、他の女性と親密になることを世間では『浮気』と言うのですよ?」

 怒りで顔を真っ赤に染め上げたフェリクスは、激昂のあまり抑えのきかない右手をエドメに向けて振り下ろした。

 パシンという音と共にエドメが派手に床に倒れる。まるで流血したかの如く、深紅のドレスが床に広がる。




「エドメ様、今してやったりという笑顔を見せましたよね?」

 コハリィが小声でリュドヴィックを見上げる。

「あぁ、間違いない。フェリクスは癇癪持ちだからな、エドメはこの状況を狙ったのだろう。大体非力なフェリクスの平手打ちくらい子供だって防げるのに、倒れるとはわざとらしいにもほどがある」

 リュドヴィックはため息をついた。

 男性がそれも王子が、守るべき対象である女性に手を上げた。世間の話題をさらい、フェリクスの評判を地に落とすには十分過ぎる。


「フェリクスの浮気と暴力と出来の悪さを世間にアピールして、そんなフェリクスを支えるエドメに同情を集める作戦だろう。フェリクスは無能だが、稀代の悪女と呼ばれるエドメほど評判は悪くないからな。卒業して立太子する前にフェリクスの評価を貶めることで、自分の有利に事を進めたいんだろう」

「そんなことをしたら、王家の威信を貶めることになりますよね?」

「それも狙いなんだろうな」

「国民や貴族からの王家に対する支持が失われて力が弱まれば、王家の発言力が衰えてしまう。その隙に権力を得たエドメ様のモンフォール家が、議会を掌握するつもりなのでしょうか?」

「浅はかだが、そんなところだろう。エドメは最初からフェリクスを見下し切っていたからな。考えの足りないフェリクスを操って女王同然の権力を握るつもりで婚約者になるような野心家というか、馬鹿だからな……」

 コハリィは難しい顔で「そんなに簡単にいくものでしょうか?」と首を傾げた。

「愚か者は、後先を考えないからね。簡単にいくと思って行動に出てしまうんだろう。俺達に迷惑をかけないのであれば、何をしようとも気にならないけど……」

 リュドヴィックはため息をついた。




 いかにエドメの性格が悪く嫌われていても、女性であることは間違いない。叩かれた被害者として同情を得るには十分だ。

 それを証明するように、三人を見守る生徒達はフェリクスに非難の視線を向けている。しかし怒りが収まらないフェリクスは、周りの空気には全く気が付いていない。


「たった今より、お前など婚約者でも何でもない。お前の非道の数々はニコから聞き及んでいる。教科書や制服を破くだけではなく、階段から突き落としたり、雇った破落戸に襲わせるとは、もはや犯罪だ。お前みたいな犯罪者は王太子妃には相応しくない。よって、お前との婚約は破棄する!」

 フェリクスは唾をまき散らしながら、大声で宣言した。




 真っ青中顔をしたコハリィは、今にも倒れてしまいそうに震えている。

「リュド様、婚約破棄しましたよ。フェリクス様ったら、王命を勝手に覆しましたよ。これではリュド様が王太子に……」

 フェリクスとエドメの婚約は王命だ。いくら息子と言えど国王陛下の命令を勝手に取り消すことは、国王を侮ったと取られかねない言動だ。

 不安で目に涙を溜めているコハリィの青白い頬に、リュドヴィックがそっと触れる。

「そうはならないから、安心しろ。あの狡猾なエドメが簡単に王太子妃の座を手放す訳がない。フェリクスに大失態を犯させることで、あの馬鹿の牙を抜き自分の思う通り操るための下準備に過ぎない」

 リュドヴィックは自信満々に答えた。

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