38――決着


「落ち着いて、ただのビギナーズラックよ。こんなのが続くはずがないのだから、冷静に!」


 パンパン、と手を叩きながらチームメイトに指示を出す瞳さん。その堂に入った姿から、相手チームの司令塔はやはり彼女なんだなと再認識する。となると、やっぱりあの高速パスのコース指示は瞳さんから出ているような気がするな。


 おっといけない、今はそんなことよりも試合に集中しなければ。せっかく久々の公式戦に出ているのだから、楽しまなくちゃもったいない。


 オレのスリーポイントでモチベーションが戻ったのか、攻め込んできた相手校のシュートを部長がはたき落とした。そして副部長がそのボールをすぐに拾って速攻、マーカーどころかディフェンスが殆ど戻ってない状態だったので安全にオレにパスが渡った。さっきより距離が近いし、外す訳にはいかない。


 肩に入った余計な力を抜き、いつも通りを心掛けてシュートを放つ。ファサ、とボールがネットを通り抜けてまた3点が追加される。これで6点、案外簡単に点差を縮めることができたので、このまま逆転できるかなと思っていたのだけどそれは考えが甘かった。


 どうやら2本のスリーポイントシュートをすんなり決めたのはマグレではなさそうだ。そう考えた瞳さんがチームメイトのひとりに指示を出して、オレにマンツーマンでマークが付くようになったのだ。通常のシュートで2点奪われた方が、スリーポイントシュートを何本も決められるよりも取り返しやすいと考えたのかもしれない。


 ただひとりが専任でオレのマークにベッタリと付くということは、相手も切り札の高速パスを使えないというデメリットを被るのだ。今のオレは力も弱ければ体力もない、そんなオレに本当なら貴重なマンパワーを割く必要などないのだが、どうやら瞳さんはオレの事を買いかぶってくれたらしい。


 できるだけボールを積極的に受け取りに行く動作をしたり、マークを振り切ろうとする動きを見せてマーカーを引き付ける。その周囲では4人対4人で試合は進んでいくが、地力はうちのチームメンバーの方が上だったようでガンガン得点を積み重ねていた。電光掲示板を見ると、いつの間にやら逆転していてこちらが8点もリードしている。


 相手もさすがにこれだけ点差が開いてはたまらないのか、慌ててタイムアウトを取った。オレも緊張していたのもあるんだろうけど小刻みに動いては止まり、そしてまた動くというストップ&ゴ―を繰り返していたので体力の減りがいつもより早い。野球のピッチャーもブルペンでは200球ぐらい投げられるけれど、試合だと100球を超えると疲労でベストなパフォーマンスが発揮できなくなると聞いたことがある。多分それと同じなんだろうな、元々この身体は体力があんまりないし。


 マネージャー先輩が持ってきてくれたスクイズボトルに口を付けて、中のスポーツドリンクをゴクゴク飲む。ちょっとしか動いてないのにな、本当に疲労感が半端ない。でもここでオレが交代してしまったら、前半の状況を考えるとまだ相手に逆転されかねない残り時間なんだよな。この点差を維持しつつ、残り10分ぐらいになったらきっと交代の指示が出るだろうからそこでコートを出よう。


 ボトルと一緒に持ってきてもらったタオルで噴き出す汗を拭っていると、監督に名前を呼ばれた。


「河嶋、初試合で疲れているだろうがあと少し頑張ってくれ。相手はお前のスリーポイントを警戒している、そのおかげで他のメンバーが点を取りやすくなっているのはすごい事だぞ!」


 周囲の部員達も『そうだよ!』『1年生なのにすごい』と声を掛けてくれた。背中をポン、と軽く叩かれたので隣を見るとまゆが笑顔で立っている。


「本当に初めての試合とは思えないくらい、ひなたちゃんは自分の役割をしっかり果たしてるよ」


「後は私達に任せてくれ、と言えないのが情けないが、あと少し一緒に頑張ろう」


 部長も続けてそう声を掛けてくれたところで、タイムアウト終了のブザーが鳴る。マネージャー先輩の手伝いをしている先輩に、タオルとボトルを預けた。


 さて、相手はタイムアウトを使ってどんな話をしたのか。相手がタイムアウトを取るためにボールをコート外に出したので、こちらのスローインから試合が再開される。


 息を入れて気持ちを切り替えた相手の気持ちをもう一度へし折るためには、まだテンションが上がっていないこの時間帯にガツンと攻撃を加えるのがいいかもしれない。


 副部長がショートパスを近くにいるまゆに出すと、受け取ったまゆはいきなりトップスピードで相手陣地に切り込んでいく……と思ったら、ノールックで矢のようなパスがこちらに飛んできた。確かに今ならオレのマーカーはさっきよりも少し離れた場所にポジショニングしてたから、パスが通る可能性は高かった。


 周囲の観察力すごいな、と思いつつもクイックモーションでシュートを打つ。当然慌ててマーカーの子が走り寄ってくるけど、その前にオレの手からボールが離れて既に高い位置をゴールに向かって飛んでいた。


 開幕早々オレのシュートが相手ゴールのネットを揺らし、掲示板を見ると3点が加わってこちらのリードは11点に広がった。でもあっちのチームにそこまで背の高い選手がいないからなんとかなっているが、部長クラスの高身長の子がいたらヤバいな。体力も力も使うけど、高さと推進力を兼ね備えたループシュートの練習して精度を上げておく必要があるかもしれない。


 オレの想像通りにせっかくのタイムアウトを活かせずに心折られた相手チームは、その後もなんとか食らいつこうとするがウチのチームの攻撃力を抑えられずに得点を奪われて84ー60というスコアでオレ達の優勝で試合が終了した。


 最後にブザーがなる前に相手チームの足が止まっているのをいい事に部長がひとり突撃して、誰も味方がいないのに長いパスを出した後に猛ダッシュした。一体どうしたのかと味方も敵も訝しんでいたのだが、バックボードに当たって戻ってきたボールをそのまま空中で掴んで思いっきりゴールリングに叩きつけた。多分これが本当に相手チームの選手達が心折れた瞬間だったと思う。


 でも部長、見てたこっちのチームもやり過ぎだなと思いましたよ。だってチームメイトの顔を見ると、『そこまでやるか』って感じでみんな引いてたからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る