30――マネージャー先輩の復帰
快進撃、という言葉がピッタリなぐらいにオレ達の学校はあっという間に地区大会優勝を果たし、県大会へとコマを進めた。
オレはと言えば応援スキルが上がったのと、タイムアウトの時にドリンクやタオルを先輩達に配るのが上手になったぐらいか。相変わらず試合には出ずにベンチで応援要員しているのだが、チームメンバーの観察したり自分が今コートの中にいたらどうプレイするかというイメトレもできているから、ベンチメンバーでいるのも悪くはない。もちろん、実際に試合に出た方が楽しいが。
決勝を含めて全試合の相手チームとの点差が40点以上開いて勝っているのだから、本当にうちのチームは強い。もちろん生まれ持った才能もあるだろうが、うちのチームが強いのは必死に頑張って練習して実力を上げているからだ。それなのに負けたチームが試合終了後に恨みがましい視線でこちらを睨んでいるのを見ると、もっと練習して勝てる実力を身につけてから出直してこいと相手の頭引っ叩きながら言ってやりたくなる。
うちのチームと当たらなければ、自分達のチームが県大会に出場していた。そう言いたいのがひしひしと伝わってくるが、寝言は寝て言えと言いたい。実力で勝てないから運に頼るような性根のヤツらが地区大会とはいえてっぺんまで勝ち残れる訳がないだろ。
それはさておき、県大会に向けてオレ達は益々熱のこもった練習をこなしていた。そしてその合間にドリンクを作ったり休憩中にコートにモップをかけたり、1年生で分担してマネージャー的な仕事も請け負っていた。当番から外れた人はいつも通り、基礎的な体力・筋肉・フットワーク練習をこなしてから、シュートやドリブルなど個々の得意・不得意分野を鍛える。
そんな風にオレ達1年生も頑張ってサポートをしていたある日、本職のマネージャーが復帰した。というか、女バスにマネージャーっていたんだな。オレ達の入学から今日まで、何故一度も彼女の姿を見ていなかったかというと、始業式当日に盲腸で緊急入院して次の日には手術だったそうだ。無事に手術も終わったその次の日には立って歩くようにと医者に言われて、早く復帰するために動き回っていたら傷が開いたらしくて入院が長引いてしまい結局復帰が今になってしまったんだとか。
勉強も遅れてるしその分を取り戻すのも大変だろうに、マネージャーへの復帰を優先してくれた先輩に感謝を。オレ達も病み上がりの先輩をフォローしつつ、それでもサポート作業が減ってこれまでより練習に精を出すことができるようになった。
ただ病み上がりだしな。マネージャーのサポートも必要だと思うから、手伝えるところは積極的に手を出していこう。そう考えて、ちょこちょこおせっかいを焼いている。
「マネージャー先輩、ドリンク重たいから私が持っていきますよ」
「ありがとう、河嶋さん。でもね、私の名前はマネージャーじゃなくて山口よ。ちゃんと山口先輩って呼んでね」
「はぁい、山口先輩」
ちょっと怒ったフリをしてオレを嗜める山口先輩に、オレも冗談めかして返事をする。なんだかおかしくなって先輩と笑い合っていると、どこからかジトッとした視線がこちらに向けられているような気配がした。直感的に視線を感じる方向を見てみると、壁に隠れてヒョコッと顔を出しながら恨めしそうにこちらを見ているまゆがいた。
「……私を差し置いて、
「そりゃあ可愛い一年生にうつつを抜かして、入院中に一度もお見舞いにも来なかった薄情な同級生よりも、作業を手伝ってくれる可愛い後輩と仲良くしたいわよ」
多分冗談なんだろうけど、女子同士がチクチクと言い合ってる場面を直で見るのはちょっと胃にくる。本気じゃないよな、そう願いたい。同級生なんだから仲良くしてくれよ、マジで。
「聞いたわよ、イチくんと河嶋さんを取り合ってるんですって?」
「誰がそんなことを……ああ、
「そういう噂を広めて、河嶋さんが部に居づらくなるように仕向ける作戦かもね。部のみんなもあの子の性格はわかってるから、その辺は察してその場だけ話を合わせるようにして信じてないと思うけど」
山口先輩がそう言って大きくため息をついた。合宿の時に質問してきた先輩だよな。なんというか勘違いも甚だしいし、そもそも事実無根なんだから噂を流したところで無駄な努力だと教えてやりたくなる。イチとまゆがオレを取り合うとか、普通に考えてある訳ないだろうが、めちゃくちゃ世話にはなってるけど。
「こないだ合宿の時に振られたんだから諦めればいいのに。周りの子をどれだけ牽制して脱落させても、相手が自分を好きになってくれなきゃ意味ないのにね」
まゆはそう言いながら、背中側からオレの首に両手を回して抱きついてきた。ただまゆの方が背が高いのでオレの方がまゆの腕の中に閉じ込められる感じになってしまって、ちょっと情けない見た目になっているのがちょっと恥ずかしい。
「それはそうね。ところで、今まゆが河嶋さんを抱っこしているのは牽制じゃないの? あなたそんなに後輩にベタベタする人だったっけ?」
「ひなたちゃんは私にとって特別だからね、時間が許す限りくっついてたいし、抱っこもしたいの。んー、ひなたちゃんいい匂い」
そう言ってまゆはオレの頭頂部に鼻を寄せて、クンクンと匂いを嗅いでいるようだった。基礎トレの後だから汗をたくさんかいたし、汗臭いと思うんだが……それにこうもあからさまに自分の匂いを嗅がれるのって、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「うわ、後輩の匂いを幸せそうに嗅いでいる変態が目の前に……河嶋さん、早く離れてこっちに逃げてきた方がいいわよ」
本気で引いている山口先輩がこちらに手を差し伸べてくれたので、オレがまゆから離れてそちらに行こうとしたらまゆの腕にぎゅっと力がこもった。まゆとの力の差は歴然だが、まだ本気ではないだろうから抵抗したら離してくれるだろう。でも実はオレも、匂いを嗅がれるのが恥ずかしいだけで別にイヤではない。ここはとりあえずされるがままになっておくか、世話になっているまゆに見せかけとはいえ拒絶の態度は取りたくないし。
「まぁ、本人が受け入れているならいいけど。ほどほどにしておきなさいね、今以上に変な噂が立っても知らないわよ」
逃げ出さないオレを見て、山口先輩はわざとらしくため息をついてからちょっと投げやりにそう言った。さっきまでまゆにだけ向けられていた困ったちゃんを見るような視線が、オレにまで向けられていてちょっとだけ心外だった。くっつかれるのは少し恥ずかしいけど、仲がいいのは良いことじゃないか。多分先輩と後輩としてけじめというか、部活中は公私の線引をしろって山口先輩は言いたかったんじゃないかな。
なんか違う気もするけど、よくわからないからそう思っておくことにした。
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