プロローグ3


 姉貴に買ってもらった服に着替えて、そのまま行きつけの美容室に連れて行かれて髪を切ってもらった。


 ただ昨日の夜までは短めのスポーツ刈りだったオレとしては、髪を切ったらもし元に戻った時に坊主どころか坊さんみたいにスキンヘッドになるんじゃないかという不安があった。


 それを姉貴に伝えると『そうなったとしても、迫力が増していいじゃないの』と笑いながら言われた。まぁ確かにバスケで相手に威圧感を与えるにはいいのかもしれないが、男子高校生としては感情的に納得できない。


 結構抵抗したのだが、姉貴の押しに負けて結局切ってもらった。何故かわからないが腰まで伸びてしまった髪を背中の中程より少し上ぐらいに、その他もそれに合わせて整えてもらった。どうやら毛量が多いようで、梳きバサミで間引いてもらう。普段はバリカンと理容用のハサミしか使われたことがなかったので、なんか新鮮な感じだ。


 洗髪からのブローの後セットもしてもらって鏡を見ると、誰だこの美少女はと思うぐらいには整った顔立ちをしていた。さっきまでは目元が長い前髪で隠れていたから全然わからなかったが、こうして整えられると自分が相川湊である自信がなくなってしまうな。母親がオレのことを信用できなかった気持ちも、悲しいかな理解できる。


 でもよくよく見ると姉貴に似た面差しであることがわかった。姉貴は読者モデルとかもやってたし、色々と整った容姿を活かしてバイトしてるからな。今日あちこち連れて行ってもらってる車だって、姉貴がバイトで稼いで買ったものだし。


 ただ姉貴が気持ち吊り目で気が強そうに見えるのに比べるとオレの顔はどことなく気弱そうと言うか、微妙に垂れ目で目が大き目なのが違いか。


「おお、化けたわね」


「化けたわね、じゃねーよ」


 からかうように言った姉貴に、ボソリと言い返す。ただ服の代金もここの払いも姉貴がしてくれるのだから、オレもあんまり強い態度には出られない。担当してくれた美容師にお礼を言ってから店を出ると、ちょうどオレのスマホに電話が掛かってきた。


 電話の相手はじいちゃん先生の知人である、有名大学の教授だった。是非とも会って体を調べさせて欲しいと言っていたが、勢いがすごい。思わず頷きそうになったオレだったが、姉貴が横からスマホを奪い取った。


 姉貴は挨拶をした後に、さっさと本題を切り出した。なんとオレの体を調べる条件を教授に突きつけたのだ。いやいや、調べてもらわなきゃいけないのはこっちの事情なので、あちら側の条件を飲まなきゃのはオレたちの方だと思うのだが。


 はっきり言う姉貴に負けたのか、それとも気に入られたのか。懐の深い教授は姉貴の言った条件を受け入れてくれた。その条件というのが以下だ。


・命の危険や重篤な後遺症を引き起こす可能性があるような検査はしない。


・もしも弟が元に戻れなかった時のことを考えて、協力費としていくらか渡してほしい。


・同じく元の性別に戻れなかった際には、新しい戸籍の取得などに協力して欲しい。


 ざっくり言うとこの3つだが、かなりの無茶振りであることは高校生になりたてのオレでもわかる。それでもどうやら許可が出たようで、言い出しっぺの姉貴の方が驚いていた。


 夜には姉貴に立ち会ってもらって父親と対面、未だに気持ちの整理がつかずにオレの前に姿を見せない母親とは違って、父親はある程度は話を信じてくれた。


 そしておじいちゃん先生の紹介で都会の大学病院へ行くことを伝えると、元に戻れるといいなと励ましてくれた。あと金銭的なことは心配しなくていい、とも言ってくれたのでほんの少し安心できた。


 翌日にはまた姉貴に車で大学病院まで連れて行ってもらった。本当に世話になってるなと思うと同時に、姉貴も大学に通っているから授業とか大丈夫なのかと心配になる。ただ尋ねても大丈夫としか言わないんだよな、この件が落ち着いたら何かで恩返ししないと。


 教授は頭の毛が大分寂しくなっている50代ぐらいのおじさんだったけど、彼が呼んだのか10人程の白衣の人達が教授の後ろに立っている。女医さんはふたり、残りは男性なのでちょっと性別に偏りがある気がした。


 オレの状況を姉貴が話して、そこから気になった部分を教授や他の人達がオレに質問するという感じで話をした。その中で母親がオレのことを息子の変わり果てた姿だと信じてくれないという話を愚痴混じりにしたら、まずはDNA鑑定から始まるようにしようと教授が方針を立ててくれた。


 まったくの別人という結果になれば最悪の場合は、両親には縁を切られるかもしれない。その時はどうやって生きていくべきか、そんな可能性は考えたくないけど逃げずにどうするか考えないと。


 話が終わると姉貴はバタバタと忙しない様子で病院を後にした。その日から入院させてもらって、DNA鑑定からちょっと詳細な健康診断に細胞や血液の採取など色々とされた。それと並行してカウンセラーの人と話をしたり、不安なことを聞いてもらったり女子の体のわからないところを教えてもらったりした。


 一番恥ずかしかったのは、足を開いた状態で固定して股の奥まで調べられたことだったな。女医さんだったけど、指とか器具入れられて痛くて泣きそうになったもん。


 それでわかったのは、体は完全に女の子になっているということだった。特に病気がある訳でもない健康体、肉体年齢は大体13~15歳ぐらい。姉貴が予想していた中学生というのは、どうやら当たっていたようだ。


 ただ健康なんだけど採取した細胞を調べたところ、生粋の女性には存在しない男性が持つ組織みたいなものもその中にあるみたいで、これを培養して増やせば男性と女性にそれぞれ特有の疾病の治療薬になるらしい。自分の体の細胞が他の人の役に立つというのは、なんというかむず痒い気がする。


 しかし日を置いて細胞を採取するにつれて、その組織が減ってきているらしい。細胞というものは3ヵ月ほどであたらしく作り変えられるらしく、その頃にはオレの体は完全に女性のものになっているだろうという予測を聞かされた。オレひとりで誰にも相談できない状況だったらショックで落ち込んでしまっていたかもしれないが、話を聞いて励ましてくれたり気持ちの整理の仕方を教えてくれる人がいるからそこまで辛くはなかった。


 ちなみに現在のオレの細胞と部屋に残っていた髪の毛から採取した細胞を検査した結果、無事に兄妹関係が認められた。後から念のため姉貴の粘膜から採取した細胞とも検査したのだが、同じ結果が得られた。母親はオレと姉貴以外に子供を産んでいないのだから、普通に考えてオレの存在はありえないのだ。姉貴がそのままの姿でこうして存在しているのだから、残る可能性としては男のオレがどういう原因なのか女性になってこの姿になったと考える以外にない。


 ようやく頑なに信じなかった母親への説得材料を手に入れたオレは、完全に親子関係が決裂する前でよかったとホッと胸を撫で下ろしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る