第16話 チャレンジカップ① 対サポーター
テストマッチからさらに数週間が過ぎ、梅雨入り前の最も清々しい季節を迎えた。
毎年、日本ではこの時期に三ヶ国対抗戦のチャレンジカップが行われる。ワールドカップとは関係のない大会だが、今年は間近に迫った一次予選の日本ラウンドに向けて、大事な実戦の場でもある。その代表メンバーに、今回も錠は名を連ねた。
ユキヤは引き続き不在だが、先日のテストマッチには不参加だった一文字が復帰となった。
錠には、今度こそ出るかレインボー、と再び期待が集まった。
一試合だけだった前回のテストマッチと違い、今回は三チーム総当たりの対抗戦だ。各チームはそれぞれ二試合を戦うこととなり、大会スケジュールは約一週間にわたる。直前の合宿も含めれば二週間近くになる。
集合の初日、錠がまず気になったのは宿舎の部屋だ。カルロスに会ってすぐに尋ねたところ、よりによって同室の相手は中羽だった。それだけで、錠にはチャレンジカップのすべてが憂鬱に思えた。
初日の練習に現れた錠を見て、カルロスはまたしても期待を裏切られた。今回も自主トレはおざなりで、その体はカルロスの計算どおりには仕上がっていなった。計画に沿えば、そろそろボールを使った基本技術のトレーニングに入らねばならない。
「やむをえない。間に合わなくなるから、もうキックやトラップの練習に入ろうか」
それを聞いて錠は気が重くなった。
「いや、待ってよ。実はもうちょっと鍛えたいんだ。頼むよ。最近いろいろあって筋トレできなかったんだ」
錠は、だだをこねる子供のように言った。
「しょうがないな。確かにこれじゃまだ筋力不足だしなあ」
錠にとって、ボールを扱う基本的な技術練習、例えばトラップやパス、ヘディングなど本格的にやらされようものなら大恥をかくのは目に見えている。せっかく手に入れた地位が台無しだ。このままごまかして、なんとか逃れ続けたいと思った。
「やっぱり体鍛えるといい感じなんだよ。レインボーが決まったのも合宿で鍛えたからだと思うんだ。今度は自主トレもしてくるから。なあ、つきあってくれよ」
もっともらしいことを並べ、しばらくはそれまでどおりのトレーニングメニューを勝ち取った。
だが、世間はそう甘くはなかった。
翌日、練習用グラウンドでのことだ。この日の練習は一般にも公開されたため、熱心なサポーターが大勢見物に来ていた。フェンスの周りには結構な人だかりだ。
錠はひとり、グラウンドの隅で適当にストレッチを行っていた。そこはフェンスの外にもロープを張って進入禁止のゾーンが設けてあるため、一般人は錠を遠めに眺めることしかできなかった。
が、四、五人のグループが強引にロープを越えて、錠のところへ向かった。そしてそのなかの一人、茶色い髪の男がフェンスごしに錠に向かって不満を投げつけた。
「よう、ジョー。ジョーはなんでみんなと練習しねえの」
「はん?」
「フリーキックだけじゃ困るんだよ」
なんでてめえが困るんだ、錠はそう思った。そして思い出した。
こいつはオマーンのホテルであったやつだ。確かカトとか名乗っていた。そばにいるのはミタだ。それがわかり、錠は余計に腹が立った。
「うるせえんだよ。部外者は黙ってろ」
「なんだと、このやろう」
カトが怒りをあらわに言い返す。
「いい気になるなよ、へたくそ」
「お前、レインボーだけだって知ってるぞ」
サポーターたちはここぞとばかりに錠をののしった。
「てめえら、なんの権限で偉そうなこと言ってんだ。帰れ!」
錠も激しく反撃する。そこへカルロスが現れた。
「やめなよ、錠」
カルロスは周囲が騒ぎはじめる前に、その場から錠を移動させた。
サポーターが去ってほとぼりが冷めたころ、カルロスは錠の顔色をうかがいながら言った。
「やっぱり錠、そろそろフリーキック以外の技術をマスターしようか」
「なんでだよ、そんなもん必要ないだろ、あれを決めさえすりゃいいんだろっ」
「錠……」
カルロスは開き直った錠を困惑した目で見やった。
「レインボーを貸してくれっていうから来てやったんだ。他のことは関係ないだろ。俺は自由なんだ。そうだろ」
錠はカルロスに口を尖らせたあと、その場から逃げるように、自主的にランニングを始めた。
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