私が同じ夢を二度叶えるまで

白黒猫

第1話

「心の底から”もううんざりだ”と、諦めが付くまで私と一緒にもう一度、夢を追おうぜ!」


 そう――叶えた夢から逃げ出した私に、この右頬が赤く腫れあがった女は楽しそうに言った。


 私はアイドルになりたかった。アイドルになって同じアイドルだったお母さんが最期に辿り着いた場所に行く――これが夢。これが私の子供の頃からの夢だった。

 子供の頃に見たお母さんのアイドル時代のライブの光景を見たのが全ての始まり。入院する前の元気なお母さんを私は画面越しに見たのが私の原点だった。


 お母さんの様なアイドルになりたい。

 お母さんが辿り着いた場所に行ってみたい。

 お母さんがラストライブで見せた涙が羨ましく感じた事を私は一生忘れられない。

 

 これが――これこそが魂の奥底に刻み込まれた私の原動力であり私だけの夢だった。


 だから私はアイドルになる為の第一歩として齢9歳にして子供向けファッション雑誌や子役のオーディションに応募した。最初こそ駄目だったけど何度も応募し続けたおかげで私は子役としてデビューする事が出来た。


 ここからが私のストーリー。ここからが私だけのシンデレラストーリーだと思った。――けど、現実は無慈悲に私に圧し掛かった。


 私に演技の才能は無かったのだ。特に表情や仕草で行う喜怒哀楽が平均以下。そのせいで私と同じ時期に事務所入りした他の小学生達にどんどんおいて行かれる。どんなに頑張っても、どんなに創意工夫しても先へ進んでしまった彼等との差が埋められなかった。

 

 ”悲しんで”。そう指導者からの指示を受けて泣いてみたら『何も知らなければ普通に泣いている子供。知っていれば普通の噓泣き』と、指導を受けた事もある。


 私は、開いてしまった差に絶望する前に彼等と同じ舞台に上がる事を諦めた。諦めて――別の努力をする事にした。


 私に演技の才能はない。でも声の才能はあった。養育所で私だけが一番発声練習を頑張れたから。私だけが一度も声を枯らす事なく発声練習を行えていたから。だから私には何らかの声に関する才能があると思った。そう思うしか前に進めなかった。そうやって限りなく低くなった可能性を切り捨てないとお母さんが辿り着いた場所に行けないと思ってしまったから私は微かな後悔を切り捨てて声を選んだ。


 歌、アニメに出てくる子供やモノマネ芸人の真似――なんでもやった。思いつく努力をし続けながら地道に進む。僅かな一歩でも私は前に進んでいると、夢に近づいているのだと実感していた。


 ――そんな時だった。お母さんの病が悪化。そのまま回復する事なく亡くなってしまったのは。


『諦めてもいい。だから――諦めたくなるまで頑張って』


 これが当時11歳だった私にお母さんが残した言葉であり――呪いだった。その言葉通り、お母さんが亡くなった後も私は夢の為に様々な努力を続けた。その努力の副産物として私の傍に私と同じように憧れで入ってきた女の子が二人も出来た。憧れの始まりはそれぞれ違えど、私達は同じ目標を持つ仲間となった。


 でも――これが私の最初の過ちである。


 で、お母さんが亡くなった一年後、私が養育所に入ってから約三年後に当時流行っていた女の子向けホビーグッズに搭載されたお喋り機能、そのお喋りのお仕事を私達は貰えた。そして今までの努力が実ったように私達の声が搭載されたホビーグッズは大受けしてそれはもう飛ぶようにバカ売れ。特にテレビに取り上げられた際のインタビューでは『この声が最高!』と、私が担当したホビーグッズを持ってとても嬉しく誇らしい事を言われたのを覚えている。


 このデビューをキッカケに私の世界は一変した。ホビーグッズの成功を元に私達3人は声優兼念願のアイドルとしてデビューする事が出来たのだ。


 私は嬉しくなって貰える仕事は全て貰って頑張った。時には監督から『もう十分』と言われても可能な限りリテイクを繰り返して自分が納得できるレベルまで頑張ったし、他の二人が『流石にちょっとこれは……』と、断った仕事も私だけは断らずに頑張った。色々な事を頑張ったから私はこのグループのリーダーとなり、人気も更に上がって中学2年生の頃には知名度は全国レベルにまで成長を果たす事が出来た。


 でも――これが私の二つ目の過ちになった。そして三つ目――。


 ある日、メンバーの一人が仕事で些細なミスをした。別に手を抜いて起こったミスではない。寧ろハードスケジュールによる疲労と、進路についての悩みで起こってしまったミスだった。これに私は、


「……」


 何も言わなかった。些細なミスだと思い、この程度なら絶対に乗り越えられると信じた。私と同じ憧れを持った二人の内の一人だから。私が一人で乗り越えられる困難には同じように一人で乗り越えられると私自身が思い上がってしまったから。


 これが三つ目、最後の過ちになった――。


 事件は中学3年生になった時だった。


「アンタの当たり前を私達に押し付けんな! アンタの憧れに私達を重ねるなッ!!」


 と、仕事の打ち合わせ中、些細な注意から始まった口論の末に二人は長年溜めていた鬱憤を吐き出して後、二人は去ってしまった。私は止める事も、ましてや追いかける事もせずにただただ二人に対しての気持ちが急激に冷めていくのを感じていた。


 始まりは違えど、同じ憧れを抱いていた仲間だと思っていたのに。あの2人は抱いた憧れに至る前に満足してしまった大馬鹿野郎だと蔑んだ。


 ――半年後、高校受験を終わらせた私は憧れの場所に至るチャンスを手にしていた。それは私が見たお母さんのラストライブ、それが行われた武道館でのソロライブを手に入れたのだ。


 嬉しかった。そして何より達成感で満ち満ちていた。前日最後のリハーサルで立ち入った武道館。そして私が明日経つ壇上――それ等全てに私のこの7年間の努力が本当の意味で実ったのだと実感したから。


「――……あれ?」


 実感した筈なのに、

 達成感で満ち満ちてた筈なのに、

 憧れを抱いた場所で、憧れだった母と同じ様に立っている筈なのに、


 全てをやり切った後に残ったのは――虚無だった。いい得も知れない損失感もあった。


「これは……なに? これは……なんで?」


 と、誰も居ない楽屋で一人呟く。そして気づく――沢山送られた花、その中に二人のが無い事に。私と同じ憧れを抱いた二人から花が送られてきていない事に。


 その事に気づいてしまった私は誰とも挨拶をせずに帰った。帰って私の原点を見た。――お母さんは、お母さん達は最後まで楽しそうに笑い合っていた。最後の曲が終わった後で流れてしまった涙に他のメンバーは寄り添っていた。


 ――私は? 私はどうだった? 憧れの場所に立ったのは私一人。歌ったのも私一人。曲の種類も一人用。歌った曲も私の為に作られた曲のみ。

 そして――最後に立っていたのも私一人だけだった。


「大馬鹿野郎は私だったのか――」


 支えてくれる仲間が居たからこそお母さんはあの場所まで至る事が出来た。私が憧れた場所に至れたんだ。

 その事に気づいた私は憧れを抱いた場所でのライブがトラウマになった。

 

 ――で、逃げた。私は何もかもを捨てて逃げ出した。そして逃げ出した罰として私は歌う事が出来なくなった。歌おうとするとトラウマが蘇る。喉がつっかえて吐きそうになる。


 その後の人生は散々だった。急に引退を宣言して消えた私に世間は大盛り上がり。受かっていた高校にはマスコミが張り込んでたり、野次馬が居たりでまともに通えなかった。だから私は稼いだ金に物を言わせて転校を繰り返した。お父さんの苗字から私に憧れを与えてくれたお母さんの旧姓を名乗ってまで私は過去から逃げた。


 でも結局、高校生の内は逃げきれなかった。


 私は高校卒業後、騒ぎが完全に収まるまで引き籠った。お父さんの手助けの元、誰の知らない土地に移り住んで私はひっそりと潜んだ。外に出なければいけない用事は全てお父さんにやって貰った。


 そして約二年後――私のこんな虚しい努力が実り、完全でないにしろ私は自由を取り戻すことが出来た。


 引き籠り中、行きたい大学を調べてつつ勉強を継続していた私は大学へ入学。晴れて引き籠りから大学生になれた。


 トップアイドルから逃亡者、引き籠りにまで堕ちて――そして普通の大学生になった。波乱万丈の人生とはまさにこの事だろう。

 でも、これでようやく私は普通の生活が送れるのだ。その事が堪らなく嬉しかった。何度も見た大学のホームページ。ネットサーフィンで何度も見たキャンパスライフ。私は――憧れた大学生生活を送れるのだ。


 と、私は馬鹿の二つ覚えにまたしても憧れを抱いてしまう。その結果、実際に送れた大学生生活は悲惨だった。私は高校三年間の内に軽度であるものの人間不信になっていたのだ。その為に人との会話が長続きしない。疲れる。挙句の果てには誰かと一緒にいるのが苦痛になっていた。


 案の定、私は孤立した。大学生生活はただ大学に通って、勉強して帰るだけになった。憧れとは程遠い生活を私は自らしていた。


「すみません! vtuberに興味ありませんか?」


 四年後期、就活を終えて大学卒業を控えたある日、大学内で一人の女子学生に声を掛けられる。何故かその女子学生の右頬は殴られたのか赤く腫れあがっていた。


「なんで私に?」


 と、思わず聞き返してしまう。やんわりと断るなり、最悪無視すれば良いものを私は声を掛けてきた女子学生の裏表のない真直ぐな視線に心中を乱されてわざわざ面倒事に片足を突っ込んでしまった。


「昨日の私と同じ顔してる。人生、諦めてるって顔してた」


「は? なに? 喧嘩売ってんの?」


 今度は身体を向けて聞き返す。すると彼女は楽しそうに身の上話を始めた。


 彼女の話によると、昨日までの私は親の操り人形だったのだとか。親が決めた進路、親が決めた人間関係、親が決めた就職先。私の人生は親が支配していた――らしい。でもその事に疑問を持つ事は難しくて面倒くさい。親に逆らうとただじゃ済まないから言いなりになってたんだと。


「でも昨日、見てしまったのです! vtuberさんを!! 見つけてしまったのです! 憧れをッ!!」


「ッ」


 最後の一言に身体が勝手に反応してしまう。それでも彼女は昔の私みたいに憧れに目を輝かせながら続けた。


「初めて掴んだ憧れを私は逃したくない。だからぶっ飛ばされる覚悟で気持ちをぶちまけました! ――まぁ案の定、ぶっ飛ばされて家を追い出されちゃいましたけど」


「!? 追い出されたっ」


 最後の一言に大声を上げてしまうと、何が楽しいのか彼女はケタケタ笑って話を続ける。


「安心して下さい。こんなこともあろうかと長年、毒親から金になるものをちょろまかしてた。全部売れば一年は余裕で生きれる……筈!」


「はいッ?」


「あ、そうだアナタ夢ある? それとも過去形?」


「まてまてまて!」


 なんだこの女はッ! これが世に言う”おもしれ―女”ってヤツなのか? 確かに”おもしれー女”だけどこうして目の前にいると普通に怖いっ!!


「私にはねぇ……ある。憧れがある! 叶えたい夢がある! 辿り着きたい場所がある!!」


「ひ、一人で頑張って――?」


「――……ヤダ。一人は嫌だ! 一人は虚しいッ!!」


「知んないよッ!!」


 一人は嫌だと叫ばれて私も思わず叫んでしまう。こうして喉に負担が出る程の大きな声を上げたのは数年振りだった。数年振りに私は自分の意思をありのまま伝える事が出来て、そのせいか私はついつい思った事を口に出してしまう。


「――くだらねぇ。憧れだとか、叶えたい夢だとか、辿り着きたい場所だとか――本当にくだらねぇ! そんなもんを持った結果がこれだ」


「――ん?」


「あ」


 女子学生が欲したものをかつての私も望んでいた事を、その結果に対しての憤りを口に出してしまった。


「あらあらまあまぁ……大層な夢をお持ちだったようで」


「っ――うるさいっ」


「ングッ」


 見透かされた反応につい苛立って胸倉を掴んだ。


「会ったばっかのお前に何が分かんだ? 夢を叶えた事も無い奴が偉そうに私に夢を語ってんじゃねぇよ。憧れも、夢も、辿り着きたい場所も――もううんざりなんだよ!!」


 そう言って掴んだ胸倉を乱暴に突き放してこの場を去ろうとした。でも――、


「なら!」


「!?」


 腕を掴まれこの場に留まらされる。まさかの行為に私は激しく困惑してその掴まれた手を振り払えなかった。


「心の底から”もううんざりだ”と、諦めが付くまで私と一緒にもう一度、夢を追おうぜ!」


 そう――叶えた夢から逃げ出した私に、この右頬が赤く腫れあがった女は楽しそうに言った。


「私の名前は金城きんじょう楼慈ろうじ。夢はvtuberになって憧れた人に会う事だ」


「――私は銀城ぎんじょう梨麗りれい。夢は目の前の大馬鹿野郎の夢が爆発四散する瞬間を見る事。それまではまぁ……良いよ。支えてやるよ」


 と、私――銀城梨麗は貰っていたつまらない未来内定を捨てて私以上の大馬鹿野郎と共に一度は最悪の形で辿り着いてしまった憧れに、別の道を辿ってもう一度走り出したのだった。

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