二日月と犬たち 🌠

上月くるを

二日月と犬たち 🌠





 こころを病むひとに人気の(笑)宮城野診療所は、街はずれの橋のたもとにある。

 十月半ばの早朝、順番札を取りに並ぶと、川からの北風に薄いコートが煽られた。


 延々とつづく枯蘆野のはるか遠方、遠い町でパチンコ店の白い光が明滅している。

 一秒ごとに点いたり消えたり……四六時中あれを見せられているのはたまらない。


 診療所の長いアプローチには、フランスの悲劇の王妃の名前の薔薇が咲いている。

 ぼくは震えながらそこに一頭の揚羽蝶を放ち、やさしく手のひらに回収してやる。




      🌹




 四番の札を得て車にもどると、冷えきった身体を温めるためエンジンをかけた。

 オーディオに挿入しておいたCDから、たった五十字の擦れた歌声が流れ始める。


 心細げなピアノに覆いかぶさる弦楽器のバイオレンスが、いつまでも終わらない。

 もうやめてと叫びたくなるほど、延々と、クリエイターの魂魄が吐かれつづける。


 ふいに、今年の初めにアップした二百五十字足らずの超掌編時代劇を思い出した。

 あれから十か月、ぼくを取り巻く環境に変化はないが、こころの覚悟が変わった。



 

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 二日月 🌙



 ――すべての因はそれがしにござる。

 この一言を得るための一生であった……。



      *



 牢人あがりの亭主が曳く屋台の隅に、銚釐ちろりを傾けるひとりの武士の姿がある。

 灯りを惜しむ貧乏長屋のうへに、刃物のような二日月が鋭い光を研いでゐる。

 軒端を忍んで猫が歩き、武家屋敷の彼方から犬の遠吠えが聞こえてゐる……。



      *



 その翌朝、長屋のはずれ、厠に近い一室に、切腹した男の遺骸が転がってゐた。

 無用に苦しまずに済んだきれいな介錯は、どうやら二日月の仕事であるらしい。

 俯せた顔に安らかな笑みが広がってゐることを、いまのところ、たれも知らぬ。

                   (『二日月』2022年1月12日)



    https://kakuyomu.jp/works/16816927859113568059



 

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 きのうの夜、友だちの犬が八歳で召された。🐩

 ぼくの犬の十二周忌が間もなくやって来る。🐕

 




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