第38話 彼女の正体

 祭りのため、王都でジビエ肉加工を営んでいるロイドの倉庫で僕は作業していた。エンジュが店の商品を作業しに来ていた他の大勢の業者さんに差し入れとして持ってきて、彼女の美貌に野郎連中はひかれていた。


 業者さんたちは件の彼女が僕に執着している状況を誤解していて、僕は彼らから浮気性の屑だと思われていたっぽい。


 エンジュが訪れた翌日、同じ場所、同じ人たちと一緒に作業していると今度はビャッコが差し入れを持ってきた。それが決定打となり、エッグオブタイクーン・ウィルには女を近づけない方がいいとかって言われたぐらいだ。


 誤解だ、という僕の声はむなしい感じに倉庫内にこだました。


 僕に業者たちの噂を聞かせたロイドはたんぱくな様子で答える。


「誤解もなにも、俺も実際そうとしか見えませんね」

「ぐぐぐ、誤解なのに」

「それよりも旦那、今日の作業はこのへんにして、ぼちぼち解散しましょう」

「あ、そうだね、明日は朝早いだろうし」

「祭り会場の設営も順調みたいですし、明日の成功を祈願して一つ気合いれましょう」


 気合? 首をかしげていると、ロイドはみんなを集めた。


「みんな、今日はこのへんで解散だ。今から明日の祭りの成功を祈って、ウィルの旦那が音頭を取ってくれる。腹の底から声出そう」


 い? たぶん王都の伝統か何かあるのだろうけど、音頭を取れと言われてもわからない。僕はロイドの耳元でどうやってやればいいのってささやいたら、彼はため息を吐く。


 ロイドは両手をしたてに広げ、みんなに手拍子と「オ、オ、オ」という掛け声を求め始めた。


「……いいか? 明日の祭りの主役は誰だッ!!」

「「「俺だッ!」」」


「明日の祭りで一番売れるのは誰だッ!!」

「「「この俺だッ!」」」


「明日の祭りで俺たちはッ!!」

「「「王都にその名をとどろかせる!」」」


「気合入れて行こう! こんな感じですよウィルの旦那、覚えておいてください」


 僕、こういうノリは大の苦手なんだよな。


 ◇ ◇ ◇


 翌日になり、祭りの当日となった。


 ロイドが提案し、僕と共に主催する晴れ舞台の日だ。

 主催者である僕は日が昇る前には起床してて。


「おはようウィル」

「っ!? だから僕の寝所に勝手に入らないでって」


 下宿させてもらっている家主のエンジュの悪戯に心臓をはねさせた。


 エンジュは時々、僕が寝ているところに勝手に添い寝する。


「承諾はファングくんから得てあるから、問題ないよね?」

「はぁ、今日はお祭りの当日だね」

「そうだね、頑張って」


 うん、ほどほどに頑張るよ。

 身支度を手早くすませ、ファングを呼んだ。


「呼んだかウィル」

「祭り会場に向かうよ、今日は忙しくなると思うけど頑張ろう」

「もう行くのか? 早いな」

「人を引っ張るには一番に出勤するのがいいんだよ、師匠の受け売り」

「例の商人ギルドの師匠か、たしか今は行方不明になっているんだったか?」


 そう、師匠は世界進出を夢見て、船で隣の大陸を目指したけど、結果的に行方不明になった。それから僕の人生は思わぬことになり、兄弟子から元居たギルドを追放されて、今にいたる。


 祭りの会場に着くまで、僕はファングにちょっとした昔話を聞かせた。

 ファングは僕の話を興味深く耳に入れている。


「俺もルドルフとやらにいずれ会ってみたい、エッグオブタイクーン・ウィルの生みの親であるそいつに」


「師匠に? 君があっても利用されると思うよ」


「なぜだ?」


「君のスキルは商人からすれば宝箱だからね」


 そう言うと、ファングは鋭い笑みを浮かべる。


「ならば俺はいずれウィルの二つ名に負けない尊称を持つようになれるのか」

「努力次第では十分なれるよ」

「これは面白い話を聞いた、くく」


 時間が時間だからか、王都の大通りには人の気配がない。

 いつもなら見過ごすようなはずの光景に、僕は違和感を感じてしまった。


「ファング、なんか嫌な雰囲気じゃない?」

「ウィルも感じるのか? 俺も嫌な予感がする」

「祭り会場を視察するのはやめて、確かめに行ってみる?」

「そうだな、もしかしたら大惨事になるやもしれんしな、俺に乗れウィル」


 ファングの背に乗り、彼の丈夫な毛皮にしがみついた。


「とりあえず港町の方面から怪しい雰囲気が出てるから、少し向かってみよう」

「ああ、まさかとは思うが」

「何? 何か心当たりあるの?」

「……もしかしたら、かつて王都を襲ったドラゴンが再来してるのかもしれない」


 だとしたら一大事だし、祭りなどやっているべきではない。

 とにかく僕たちは嫌な予感がうずまく港町の方面へと動いた。


 ファングの足並みは風のような速さで、彼の背に乗っている僕も必死だった。


 途中、港町から出た馬車と出会った。


「あんたら、今はそっちにいっちゃならん!」


 言われてファングは引き返し、馬車に並走しつつ聞く。


「なぜだ!? この先の港町で何があった!?」

「ドラゴンが出たんだよ! その昔王都を襲った奴とそっくりだった」


 く、僕たちが予感していたことは的中してしまった。

 そうなれば一刻も早く王都の住民にこのことを伝えないと。


 と思っていた矢先、僕たちの上空を大きな黒い影が横切っていった。


「ウィル! 間違いない、あれはタイクーンドラゴンだ!」


 黒色した巨大なドラゴンが、空を舞うように悠然と王都の方面へ向かっている。

 王都の外壁門にいる衛兵が遠視でその存在に気づき、警鐘を鳴らし始めた。


「ウィル、どうする!?」

「王都に戻ろう、店のみんなを守らなきゃ駄目だ!」

「なら全速力を出す、振り落とされないよう堪えろよ!」


 ファングの全速力の疾走はまるで突風のようだった。

 周囲の草木をなぎ倒し、向かって来る大気の壁を強引に突き破って進む。


 まさに疾風の走りに、僕はファングの力を改めて認識するのだった。


 王都に着くと、ドラゴンはさっそく目ぼしい施設を襲っていた。

 王城に向けて火炎のブレスを浴びせている。


 ジニーのことが心配になったが、先ずは店の従業員を集めよう。


「ミーシャ、トレント、それにエンジュも無事だね!?」

「一体何が起きたんだにゃ?」

「その昔王都を襲撃したドラゴンがまたやって来たんだよ、理由は知らないけど」


 ところでビャッコは? と聞くと、エンジュが冷静な口調で答えた。


「お兄さんと合流して、冒険者かき集めてドラゴンを討伐しにいくって」

「それって、出来そうなのかな?」

「わからないけど、冒険者たちは先日の666壊滅で自信がついたみたい」


 策もなしに敵に挑むのは無謀じゃないのだろうか?

 なんて考えてても仕方がない、一先ずここは避難しよう。


「エンジュの牧場にみんな避難して、出来れば避難中に戸惑っている人も連れて行ってあげてくれ」


「ウィルはどうするの?」


「僕は教会に行く、子供たちや聖女やママを非難させないと」


 ファングを走らせ教会へ向かった。

 教会へはものの数秒でたどり着き、そこには聖女たちが子供と一緒にいて。


「ウィル様」

「フレイヤ様、それにみんな、今はエンジュの牧場に避難するんだ」

「ウィル様、それはいいのですが少しだけ私の話を聞いてください」

「非難しながら聞きましょう、さぁみんな僕について来て」


 僕たちは子供たちを非難させようと先導しようとした時、ママが制止した。


「ママ、何かあるの?」


「うん、あのね、みんなのことはママが守るから、心配しないでいいんだよ? そのためにウィルの力を借りたいの。だからファングくんから降りて、ママについて来てもらってもいい?」


 ママは何か秘策があるのだろうか?

 彼女はいつも笑顔で、誰よりもやる気に満ちていて、頼もしい存在だった。


「じゃあファング、ここにいるみんなを牧場に先導してやって」

「わかった、終わり次第ここに戻って来る」

「頼んだよ」


 ファングに子供たちを預けると、ママは普段通りの足並みで教会内部に入っていった。


 王都は戦場と化し始めているのに、教会内には静寂な空気が流れている。


 ママは講壇の後ろにあった聖女の銅像前で祈りを捧げて、僕に居直った。


「それじゃあウィル、私を卵化してくれる?」

「え、一体何が目的で?」

「ママもウィルくんからキスされたいなー、ずっとそう思ってたんだ」


 ――だからお願い。

 お願いと言われても、僕のスキルでママを卵にしたところで何になる。


 やはりここはママやフレイヤ様にも牧場へ避難させなくちゃ、と思っていれば。

 僕の背後に立ったフレイヤ様が僕の両肩を強くあっぱくする。


「今のうちですよママ、ウィルさんとキスを」

「無理やりするのもママは嫌いじゃないよ、じゃあ――チュ」


 フレイヤ様とママの理解不能な行動に、僕は若干いらだった。


「今はこんなことしている場合じゃないでしょ!? 逃げないと!」

「落ち着いてくださいウィル、あのドラゴンの子供でしたら彼女がなんとかしてくれますよ」

「ママがですか? しかしどうやって」


 と言うと、ママは早速卵化して、黄金色した巨大な卵になってしまった。


「ウィルだけには隠し通せないので教えます、今から言うことは他言無用ですよ」

「改まってなんですフレイヤ様」


「ママと呼ばれていますが、彼女の正体はその昔、王都を壊滅寸前まで追いやった魔獣の長であるタイクーンドラゴンなのです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る