第37話 祭りの準備

 昨日、ジニーが長い遠征から王都に帰って来た。

 彼女は僕の両親と会い、よくしてくれたようだ。


 彼女は僕の両親の情にほだされて、婚約を申し出て来たけど。

 今はまだ、返答は出そうとは思ってない。


 師匠は幸せに手がかかった時こそ最大限の警戒をしろと言っていた。

 そういう時期に限って、投げられたコインは裏目に出るものだと。


「そう言えば、ウィルとキスしたらこうなること失念していました」


 翌朝、ジニーの卵化を早々に解除した。

 ジニーは卵化のことを失念していたようで、少し恥じた様子で着替える。


「もう後ろ向いても大丈夫ですよウィル」

「あ、うん。どうやら今日は休みみたいだね」


 振り向くと、ジニーの姿は普段着のものだった。


「しばらくの間、休暇だそうです、これで少しゆっくりできます」

「ああ、そうなんだ。なら僕も休暇取ろうかな」

「最高ですね、私と一緒にデートなりなんなり行きませんか」


 デート? 遠征から帰って来た彼女は積極的だな。


「さ、さすがに今日は休めないけど、あ、えと、明後日に祭りがあるの知ってる?」

「王都でですか? 知らなかった」

「僕と、僕の知り合いが主催の祭りなんだけど、よかったら君も来てくれよ」


 僕の口から出た情報を聞いたジニーは、満面の笑みを浮かべる。


「ウィル、貴方が王都にやって来てからまだ一年も経たないのに、王都になくてはならない存在になったみたいね。エッグオブタイクーン・ウィルの名前は伊達じゃなかった」


 そう言えば僕が王都に来てから、まだ一年も経ってないのか。


 彼女は僕にそぼくで大切なことを教えてくれる、ありがたい存在だった。


 して、彼女を家において僕は仕事に向かった。


 二階建ての卵専門店にはすでに従業員であるミーシャにママ、ビャッコとエンジュが集っていて、彼女たちにおはようと告げる。トレントは今よりも早く出勤して協力店に卵を卸してまわる、これが僕たちのルーティーンだった。


「みんな、今日からミーシャが店長になるからね。何かあったらミーシャに指示を仰いで欲しい」


「あの話は本気だったのかにゃ、はにゃ~」


 僕から店長に指名されたミーシャは頭を抱えていた。

 ビャッコがミーシャに近寄り、何事か耳打ちすると、ミーシャは目を鋭くさせる。


「じゃあウィル、ウィルは裸で王都一周にゃ。これは店長命令にゃ」

「調子に乗るな。僕は明後日の祭りに向けての準備して来るよ」


 という訳で後は頼んだ。

 僕はファングを連れてロイドのジビエ肉加工場に向かう。


「お早うございますウィルの旦那、ファングも今日からよろしくな」


 ロイドの加工場には数人の同業者が集っていて、今日から目一杯、ファングの用意した肉を祭りに出すためのものにさばいていく。以前、僕もロイドから教わってやってみたけど、かなり辛い作業だった。


「ふん、有象無象が。俺の肉を味わえることを幸運と思え」

「ファング、ツンデレじゃないんだから、口には気をつけた方がいいよ」


 べ、べつに、あんたのためにお肉をあげる訳じゃ、ないんだからね。

 僕のバイアスをかけるとこう言っているようにしか聞こえない。


 そして僕は精肉業者さんたちと話し合って、こういう商品を提供したい。

 などといった商談をしつつ祭りの準備にいそしんでいった。


 昼になるとエンジュが店から出張して来て、一瞬何事かと思った。


「皆さんお疲れ様です、これはウィルからの差し入れです」


 と言い、彼女は店で売られている卵料理弁当と、デザートを配る。

 エンジュのこういった気づかいは長所だ。


「エンジュ、お店の方は忙しくないの?」


「忙しいけど、普段通りだから」


「ふーん、これはお弁当とデザートの代金ね、今日は夜遅くまでやるからできれば帰りも差し入れ持ってきてくれると助かるな。お小遣いも出すからさ」


「お金は別にいいのに……じゃあ帰りも立ち寄らせてもらうね」


 エンジュは加工場にいたみんなに会釈してから立ち去る。

 彼女が残していった馥郁に、業者の一人がぼそっとつぶやいた。


「あんなお嫁さん持てたらいいのにな」


 彼のつぶやきはその場にいたみんなに伝わり、笑われていた。

 その笑いを制止するようにロイドが余計なことを言う。


「エンジュはすでに買い手ついているみたいですよ」

「マジか」

「かく言うそこにいるウィルの旦那がそうらしいんですが、違いましたっけ?」


 なんというか、反応に困る。


「彼女とはそんな仲じゃないから」

「あれ? おかしいな、俺が聞いた限りだと将来を誓い合ったって」


 エンジュは僕の目が届かないところで何を……。

 ロイドはエンジュとはいとこの関係にあるから、余計に困る。


 その後の作業は、精肉業者の視線が痛かった。






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