第4話 巻藁突き

 放課後。

 一徹は部活後に、巻藁突きを行っているのは聞いていたので、青葉と一緒に体育館裏に行くと、すぐに一徹の姿を見つけた。

 一徹は、柔道着のまま巻藁を突いていた。

 一徹は青葉と光希に気付く。

 一徹の顔が強張った。

 青葉が言う通りだ。一徹は、以前とは雰囲気が違っていた。以前は自信に満ち溢れていた表情は影を潜め、どこか虚空を見つめるような目をしていた。

 青葉が一徹に話しかける。

 光希は緊張しながら見守る。

 すると一徹は、光希の前に立った。

「どうした佐京。俺のしていることが何か変なのか?」

 光希は一徹の体格と巻藁を見る。

「田麦君。手をみせて」

 光希が頼むと、一徹は右手を差し出す。

 人差し指から小指にかけての第三関節全てにタコができていた。それを見て光希は確信する。

 一徹は打撃の練習は、間違っていた。

 それを口にすると、一徹は拳を握りしめ怒り出した。

 それはそうだ。努力して築き上げてきたものを否定されたのだ。

 光希は一徹の態度にも臆することなく言った。

 それは、ある意味、青葉よりも勇気のある行動だった。

 一徹は、光希の襟首を右手で掴み怒鳴りつけ――――。

 光希は右手で襟を掴んだ一徹の右手を押さえると共に、左肘に角度をつけたまま腕全体を振り上げ、一徹の右腕を下からかかるように腕を決めると共に、左拳の甲を一徹の顔面に寸止めしていた。

 堤肘ていちゅう

 相手の顔面、胸部へ肘を中心とした二の腕外面を打ち当てたり、相手の攻撃を弾き返したりし、腕をはさみ折る技。

 武術ウーシューにある肘法の一つ。

 一徹は右肘に歯痛にも似たズキッとした痛みを感じ、顔面に迫った拳の甲を見ていた。

 光希が寸止めしなければ、崩捶が一徹の顔面に入っていたし、肘を折られていた。

 一徹は、光希の左拳の向こう。

 普段、温厚な様子しか見たことがない光希とは異なる鋭い眼光に、一徹は肝が冷えて後ろによろめいて踏み留まった。

 一徹は信じられないという顔をしていた。

 青葉は突然の修羅場に驚いていたが、一徹をなだめる。

「違うんだ。佐京は俺が頼んで、お前のことを心配してくれたんだ」

 青葉は経緯を話す。

「俺が変わった?」

 無自覚なまま、一徹は呟く。

 光希も自分の言葉足らずに気付いた。

 一徹が変わってしまったのは、一徹自身が原因ではないのだ。

 青葉が言うように、巻藁突きを始めたあたりからなのだ。

 光希は巻藁突きの理由を聞く。

 一徹は、柔道では喧嘩に勝てないからと答えた。

 柔道の投げ技や固め技は、相手を掴んでからこそ威力を発揮する。掴めなければ威力を発揮できないのだ。

 つまり、打撃を当て、そこから投げ技に移行するのが、最も効果的だと話す。

 それは、非常に理論的な説明であった。

 しかし、その打撃も、当てられなければ意味がない。

 一徹のパンチは、当たれば確かに強い。

 だが、当たるまでに時間がかかり過ぎると光希は指摘した。

 光希は、巻藁についての説明から始める。

 巻藁。

 空手の鍛錬の中で、最もメジャーなのが巻藁だ。

 材料は10cm四方の粘りのある角材。固く粘りのある材質が望ましい。

 その一方を、端に行くほど薄くなるように削る。

 そして、反対側に短い木材を十字架のようにくくりつける。つまり横木だ。横木は長いメインの角材を挟むように二本取り付ける。

 大きな穴を掘り、横木ごと埋めてしっかり固定する。なおこの角材の長さは、地面に埋める部分の長さも併せると、3~5mほど必要。

 ビジュアルイメージとしては、地面から上に向かって薄く削られた板が立っており、手を伸ばした位置に縄が巻いてある。

 というものになる。

 上に行くほど薄くなるように削った角材が地面に立った。今度はその上端に縄などの藁を巻く。

 一徹が、空手でいう巻藁突きを行った理由だが、この中学に空手部もボクシング部もない。だから一徹は本を調べての自主練習だった。

 最初は上手くいかなかった。

 一徹は、巻藁などという、ねばりのある材質の、しなる柱状のものを殴り続ける理由について殴るための練習だと思っていた。

 もし、巻藁を殴る目的が『相手の動きに対して正確に追従し、殴る練習』であれば、それはボクシングのミット練習や、パンチングボールの方がよほど優れている。わざわざ動かない柱のようなものを殴る理由とはならない。

 また、古の空手は一対一の素手の勝負ではなく、一対複数の戦い、あるいは武器を持った相手との戦いも想定した格闘技ではなく武術であったことから考えれば、サンドバッグやミット、パンチングボールと言った、『サシで素手で殴り合う』ために必要なトレーニングは、必要ないの一言で切り捨てていいものとなる。

 ではマキワラ鍛錬の目的は『拳を鍛える、固くする』ためなのか?

 無論、巻藁を殴らないより、殴った方が拳の皮膚は鍛えられる。

 しかし、拳自体を鍛えるためには、殴る力をすべて受け止め、逆に拳に向かって反作用を叩き返していくくらいの質量・硬度を持ったものが必要となるはずだ。巻藁のように、柱のしなりによって殴る力が抜けてしまうものは、拳自体を鍛えるという目的を果たすには、造りが弱いように感じられる。

 ちなみに、巻藁による鍛錬は、江戸時代後期に「武士(ブサー)松村」こと松村宗棍が、薩摩示現流の立木打ちをヒントに考案したとされており、「手(ティー)」の修行方法としては比較的歴史の浅いものという。

 その為か、様々な意義があるが、代表的な2つの意義がある。

 一つは正拳そのものの鍛錬。

 突くことで拳頭が固く強くなり、手首が鍛えられる。素手で殴った場合、手首にかかる負担は大きい。

 15年間不敗の柔道家・木村政彦(1917~ 1993年)が自伝のなかで、手首を鍛えるのに巻藁突きをしていたというものもある。

 もう一つは、実際に当てた時に感じる反作用に対して自分の身体がどう対応するのか、ということを体感する、

 ということが挙げられる。

 特に、この2つ目が重要だと思われる。

 突きの威力の2/3は強靭な下半身から生み出される。

 つまり巻藁突きとは、拳の強化もあるが、主に下半身の強化を目的とした鍛錬。

 上半身よりも下半身の方が重要だという考え方から来ている。

 つまり、上腕二頭筋や三頭筋などの力こぶを作る筋肉よりも、大腿四頭筋などの太股の筋肉を強くする方が重要なのだ。

 だが、一徹は知らなかった。

 ゆえに上半身の筋力も鍛えてしまった。

 肥大した筋肉を魅せるビルダーと異なり、格闘技において筋肉を付け過ぎはデメリットになる。不要な筋肉を付け過ぎるとフォームが崩れてしまったり、フットワークが鈍重になってしまったりするなどの問題が生じる危険性がある。

 その結果、一徹は無駄な力が入り過ぎてしまい、スピードとパワーの両方を犠牲にしてしまった。

 師となる者が居ないため、自己流で鍛えたことによる弊害であった。

「なんてことだ。俺は今まで、何をしてきたんだ」

 一徹は絶望した。

 光希は言う。

 自らが、ゆっくり行いながら、突きのコツを示す。

 足は開いて腰を落とし、背骨を中心にして体幹を回転させる。

 そして、軸足をしっかり踏み込み、体重をしっかりと乗せて、腰を回しながら拳を突き出す。

 拳を突き出す時、反対の腕をしっかり肘を折り曲げ後方へ肘打ちをするように引き付ける。

 この引き手の力が反動となって、突きをより強力にする。

 その際、肩から先と肘だけで打つのではなく、全身の力を使って打っていることを意識すること。これが出来ていないと、いくら突きを行っても、その力は分散され、意味のないものになってしまう。

 拳は腕を伸ばしきる直前に回転させる。

 それらを踏まえた上で、光希は拳を突く。

 何も叩くものは無いというのに、光希の拳が空を叩き風を切る音がする。

「これが冲拳。空手で言うところの、正拳中段突き」

 ――凄い……。

 一徹はその動きに見惚れた。

 無駄な動作など一切なく、それでいて力強い。

 光希は、最後に付け加える。

「素拳で突く場合は、人差し指と中指の第三関節を中心にして突くこと。田麦君は薬指や小指の方まで鍛えている。弊害があるから絶対に止めて」

 その言葉を聞いて、一徹はショックを受けた。

 自分がやっていたことは、全て間違いだったと知ったからだ。

「佐京。なら俺はどうすれば良い」

 一徹は佐京に尋ねる。

「僕が教えることができるのは、ここまで。僕は人を教えるほど功がなっている訳じゃないからね。大丈夫、田麦君は柔道日本一になった凄い人だ。自分の理想とする格闘術を身につけることがきっとできるよ」

 光希の言葉は、ある意味冷徹だ。青葉が言葉を挟もうとすると、一徹は制した。

「自分で考えろか……。優しそうに見えて、佐京は厳しい男だな。……分かった。やってやるさ!」

 一徹はそう言い残し、去っていった。

 一徹が去った後、光希は青葉に話しかける。

 光希の表情はどこか浮かないものだった。

 それは、一徹の今後について考えているのか、それとも別のことなのか。

「あくまでも僕の仮説になるけど、田麦君が変わってしまったのって。西尾君が言う通り、巻藁突きが原因と思う」

 光希は一徹に直に接することで感じたことを口にし、自分の拳を見せながら説明を続ける。

「さっき僕は、田麦君のタコができた手を見たんだけど、彼は薬指と小指も巻藁で鍛えていたんだ。この二本は下半身の神経に影響があると言われているから、鍛え方を誤ると深刻な神経障害が起こるって聞いている。

 昔から『老いは脚から始まる』というけど、そういうことが関連しているんだと思うよ。かなり顕著な例になると思うけどね」

 光希は人体の不可思議さを改めて思い知らされ、嘆息する。

 しかし、その言葉には説得力があった。

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