毎年バレンタインにチョコをくれるツンデレ幼馴染の様子が、今年はどうやら少しおかしい

だんご

第1話

 初めてバレンタインに異性からチョコをもらったのは確か、小学一年生の時だった。

 くれたのは、隣の家に住む九鬼くき天音あまねという名前の女の子。


「あのね、今日はすきな男の子にチョコをあげる日なんだって。だから、はい!いつきくんにあげる!」


 小学一年生なんて、男女の区別すら曖昧な時期だ。

 天音がチョコをくれたのは極めて純粋な好意からだっただろうし、受け取った俺の方も無邪気に喜んでいた。

 誕生日やクリスマスでもないのにプレゼントがもらえて、子供心にテンションが上がったのをよく覚えている。


 そしてなんともありがたい話だが、それは一度きりのイベントというわけでもなかった。

 次の年も、その次の年も、俺たちの関係が幼馴染と称されるくらい長いものになっても、バレンタインがくるたびに天音は同じように俺にチョコをくれた。……いや、同じようにっていうのはちょっと違うかな。


 歳を経て心境に変化でもあったのかここ数年は、


「……はい、これチョコレート。か、勘違いしないでよねっ!これは、義理!義理なんだから!!」


 ――なんて具合に、ツンツンしながらチョコをくれるようになった。

 もちろんそれに文句などあるはずもない。

 頬を染め、目を逸らしながらチョコを突き出してくる様子も、口ではあれこれ言いつつも毎年手の込んだ手作りチョコを用意してくれる健気さも、俺からすれば愛おしくて仕方がないものだ。


 だから、俺は楽しみにしてたんだ。今年のバレンタインも天音からチョコをもらうのを。


「これは義理チョコだから!勘違いしないでよね!」「ありがとな。勘違いはしてないからそこは安心してくれ」――そんな、いつものやり取りができるのを。


 それなのに、まさか。まさかこんなことになるなんて。ついさっきまでの俺は全く考えていなかったんだ。


 卒業まであとわずかとなった高3の2月14日。

 大げさに言ってしまえば高校生活最後のバレンタインデーに俺の部屋を訪ねてきた天音は、可愛らしくラッピングされたチョコを俺に差し出した。


「はい、今年のチョコ。言っておくけどこれ、本命だから。絶対に勘違いしないで」


 ………………どうやら今年のバレンタインは、今までとは一味違うらしい。



「これ、あんたへのチョコレート。勘違いしないでほしいんだけど、本命だから」


 耳にした内容に驚いて俺が呆けてしまっていると、念を押すように天音はもう一度繰り返した。

 自分の身に起こっていることがイマイチ理解しきれなくて、ついまじまじと彼女の顔を見つめてしまう。


 ……相変わらず整った顔をしている。

 ツインテールという、十代後半でしようものなら"イタい"と笑われてしまいそうな髪型が違和感なく似合っているあたり流石としかいいようがない。


 そんな端正な顔を真っ赤にしながら、そわそわと落ち着かなさそうにチョコを渡してくれるのがここ数年のお約束だったというのに。

 今の天音は頬を赤らめることも視線をあちこちにさまよわせることもなく、ひたすら真っ直ぐに俺を見つめている。

 同じように俺も彼女の顔を見つめ返していたのだが、切実さすら感じさせる表情を浮かべている理由にはたどり着けなかった。


「あー、天音?その、どうしてこんなことを?」

「どうしてって、あんた……伊月いつきのことが好きだからだけど」


 これは、なんというか……破壊力がすごい。真正面から好きと言われると、さすがの俺も照れずにはいられなかった。

 いや、まあ、うん、はい。そりゃね、本命って言いながらチョコをくれるってことはそういうことだよね。

 でもさ、俺が聞きたかったのはそう言うことじゃなくてさ。なんていうか――


「えっと、そう言ってもらえるのはめちゃくちゃ嬉しいし光栄なんだけど、いつもならこう、もうちょっと……なんだ、ツンツンしてるじゃん。それが今年はなかったから、どうしたのかなって」


 もうちょっとオブラートに包んで尋ねたかったのだが、ちょうどいい言葉が見つからずド直球な訊き方になってしまう。

 怒られるかな?とも思ったが、天音は特に動じることもなく、ぽつりと呟くように言った。


「だって、伊月をとられたくなかったんだもん」


 俺がとられる?それは一体――


「誰に?」

美花みか


 思いもしない名前があがった。

 美花というのは、俺と天音の共通の友人だ。

 竹を割ったような気持ちのいい性格をした女の子で、俺とも天音ともよくつるんでいる。

 俺、天音、美花に大地だいちという男友達を加えた4人が、いわゆるいつメンというやつなのだが……俺が美花にとられるとはいったいどういうことだろうか。

 文脈的には恋愛的なニュアンスなのだろうが、俺と美花がそういう関係になることはあり得ない。

 どういうことかと首をかしげていると、天音は非難するような色をわずかに滲ませた。


「伊月と美花、二人でデートしてたでしょ」


 デート……デート?男女が日時を決めて一緒に出掛けることという意味の、あのデート?

 俺と美花がデートなんて、そんなことあるわけが………………あっ。


「……もしかして天音、一昨日ショッピングモールにいた?」


 もしや、と思い当たる記憶が一つだけあったので尋ねてみたところ、天音はこくりと頷いた。


「……そうよ。チョコの材料とか買いに行ったら、たまたま二人を見かけたの」

「その、それはだな――」


 なにから説明すればいいかと思考している間にも、天音の言葉は止まらない。


「美花、いかにも恋する乙女ですって顔してたし、伊月もなんか優しい笑顔浮かべてるし」

「いや、だからそれは――」

「美花、私と違って素直だし、すごくいい子だし。このままじゃ、伊月をとられちゃうって思って。もう照れ隠しなんてしてる場合じゃないって思ったから……!」

「すとおおおおおおおおおっぷ!」


 最後の方なんかはもはや泣きそうになっており、この流れはまずい!と思った俺は咄嗟に大声をあげて天音の話を遮った。

 突然のことに天音はすっかり固まってしまっている。狙い通り。

 そんな天音を刺激しないように、落ち着いた声音を心掛けて言葉を紡いだ。


「えーとな、天音。天音が言うそれは全て誤解というか、いや、美花と一緒に出掛けたことは事実なんだけど、天音が思ってるようなことは一切ないんだ」

「……?」


 こちらを涙目で窺ってくる天音。続きを促されているんだと判断して話を続ける。


「美花がな。大地にあげるチョコレートを選ぶのに付き合ってほしいって相談してきて、それで一緒に買いに行ってただけなんだよ」

「えっ!?」


 天音が目を見開いた。

 まあ、気持ちはわかる。

 美花と大地とは高1の時からの付き合いだが、だからこそ美花が男子に渡すためのチョコを真面目に吟味するというのは意外だろう。

 美花はあまりそういったイベントには頓着しないタイプで、去年のバレンタインには俺も大地もコンビニで買ったブラック〇ンダーを恵んでもらっていた。


「もしかして、美花って……大地のこと?」


 おずおずと尋ねられたその問いに、俺は無言で頷く。


「うええっ!?なんで?なんで!?全然そんな素振りみせなかったのに!?」


 先ほどまでの必死さはすっかり消え失せて、天音は純粋に驚いている様子だった。

 俺も美花から話を聞いた時は同じようなリアクションをしたので、気持ちはわかる。


「まあアレだ。大地と美花って別々の大学行くだろ。大切なものは失って初めて、ってのとはまた違うんだろうけどさ。一緒に居るのが当たり前じゃなくなるって思ったら、自分の気持ちに気づいた……的な?」


 チョコ選びに付き合った際、そんなことを美花は話していた。


「じゃ、じゃあつまり、全部私の勘違いで、美花と伊月は別に仲じゃなかったってこと……?」


 俺の説明を聞いた天音が震える声で尋ねてくる。


「そうだな。美花が浮かべていた恋する乙女の表情とやらは大地を想ってのものだろうし、友人のそんな様子を見たらだれでも微笑ましくなるだろ」


 俺がそう答えると、天音は黙り込み、俯き、やがてわなわなと震え始め――


「んなあぁぁぁあああああああぁあああああ!?恥ずかしい!恥ずかしい!!恥ずかしい!!!」


 ――爆発した。


 本人からすればたまったものではないのだろうが、耳まで真っ赤に染め上げ、瞳を羞恥に潤ませる様子はなんとも可愛らしい。

 羞恥心の限界が来たのか俺のベッドにもぐりこんでしまった天音をニヤニヤしながら眺めていると、彼女は恥ずかしさを誤魔化すように叫んだ。


「大体、美花も美花よ!大地にあげるチョコレートを選んでほしいってことなら声をかけるべきはまず私じゃないわけ!?」

「男に渡すものなんだし、男目線のアドバイスが欲しかったんじゃね?」


 あとはまあ、なんだ。

 天音はこの時期俺に渡すチョコの準備で忙しいだろうから、美花なりに気を遣った……らしい。

 それを俺が口にするのは、どうにも気恥ずかしいので黙秘させてもらうが。

 

 何とも言えない気持ちになっていると、一周回って逆に落ち着きを取り戻したらしい天音がモゾモゾととベッドから出てきた。


「というか私、勘違いの末の行動だったとはいえ、あんたに告白したわよね?」

「したな」


 本命だと言いながらチョコを渡され、好きだとも言われた。

 これが告白じゃなかったらなんなんだって感じではある。


「じゃあ、答えをくれてもいいと思うんだけど……?」


 緊張した面持ちで、上目遣いにこちらを見る天音。

 美少女がそんなあざとい仕草をしたならそれはもう暴力的な可愛さなわけだが、可愛いと思うよりも先立つ感情が俺にはあった。

 

 それはすなわち――驚きである。


「俺、天音に天音のこと好きじゃないと思われてたのか……?」


 あまりの衝撃につい思っていることが口から零れる。

 それを聞いた天音はしばらく呆然とした後、弾かれたように叫んだ。


「え!?伊月って私のこと好きなの!?」


 負けじと俺も叫び返す。


「好きどころか大好きだよ!?むしろ好きだと思われていなかった方が心外だわ!」


 俺が非難するようなニュアンスを含ませると天音の方も納得いかないといった様子で声を上げて、そこから先はもう喧嘩だった。


「だってあんたわかりにくいのよ!私以外の子にも優しいし!」

「厳しくする理由もないだろうが!大体、俺が天音以外のやつにも優しいんだとしたら天音にはその何倍も優しくしてるっつーの!」

「そんなことっ――あるかもしれないけど!でもでも!あんた私が義理っていいながらチョコ渡しても『勘違いはしてないから安心していい』とか言ってたじゃない!」

「それは天音のチョコが義理じゃなくて本命って言うのはちゃんとわかってるから大丈夫だぞって意味だよ!あんなわかりやすくツンデレムーブされて本命だと思わない方が難しいだろ!」

「ツンデレじゃないわよ!照れ隠しについ本音と逆のこと言っちゃうだけ!」

「それを世間ではツンデレというんだよ!天音が俺のこと好きなことくらいみんなわかってたわ!」

「だったらちゃんと言葉にしなさいよおおおおおおおおおお!」

「お前が言えたことかああああああああああ!」


 高まりすぎてしまったボルテージを下げるように、互いに荒く息をつく。

 ……つい売り言葉に買い言葉でヒートアップしてしまった。言い争いがしたかったわけじゃなかったのに。

 どう収拾をつけたものかと天音の方を窺ってみると、どういうわけかまた泣きそうな表情になっていた。


「っ……伊月と両想いだってわかったのはめちゃくちゃ嬉しいけど、どうせなら恋人同士でスクールライフを過ごしたかった……!うぅ、高校生活もう一か月も残ってないし、イベントも受験と卒業式くらいしかないじゃないのよぉ……」


 その声に、熱くなっていた頭と体が一気に冷めた。

 言葉から感じた湿っぽさはそれが本音であることの証明としては充分すぎて、この状況をなんとかしなくてはと脳をフル回転させる。

 好きな女の子が悲しんでいるところなんて見たくないに決まっている。


「……お互いにお互いのことが好きで、四六時中一緒にいたんだから付き合ってたようなもんじゃねえか?」


 なんとか天音をフォローしようと咄嗟にでたセリフがこれだった。

 しかしおざなりすぎたのか、天音は納得してくれない。


「違うわよ!全然違う!付き合ってるからこそできるイベントっていうのが高校生活にはたくさんあるの!」

「た、例えば?」


 落とし所を見つけるまでの時間稼ぎにと、天音が言う"高校生活における付き合ってるからこそできるイベント"とやらを尋ねてみる。


「待ち合わせして、二人で登校したりとか」

「家隣同士なんだし、基本的には毎日二人で登下校してただろ」


 うちは両親とも朝が早いため、「おはよう」を最初に言う相手はいつも天音だった。


「文化祭一緒に回ったりとか」

「3年間とも一緒に回ったよな」


 後夜祭まで一緒だったろ。


「放課後に制服でデートするとか」

「放課後に寄り道した回数覚えてるか?」


 多分三桁余裕だぞ。


「……テスト前に通話繋いで勉強するとか」

「大体先に天音が寝落ちするやつな」


 天音は日付が変わるころには眠くなっちゃう健康優良ガールである。可愛い。


「…………クラスメイトから付き合ってること冷やかされたりとか」

「付き合ってるどころか夫婦ってからかわれて、天音も『い、伊月と夫婦とかあり得ないんだけど!』なんて言いながらまんざらでもなさそうにしてたじゃん」


 ……苦し紛れの発言だったが、いざ高校生活を振り返ってみると意外と的を射ていたような気がする。

 思わずそんな視線を天音に向けたところ、それが気に障ったのかヤケクソ気味に天音は言い放った。


「じゃ、じゃあキス!キスとか……その先とか……伊月としたかった!」


 …………。

 なるほど、キス、キスね。

 小声ではあったものの距離が距離なのでばっちり聞こえてしまった「その先とか……」という部分は聞こえなかったことにする。


 確かに天音の言う通り、キスは一度もしたことがなかった。

 付き合っていると明確に言葉にこそしていなかったものの天音が俺を想ってくれていることは理解していたし、そういう欲求が全くなかったわけでもない。

 だから、俺がキスしたいと言えば天音はきっと受け入れてくれたんだと思う。

 しかし、現実として俺はそうした願望を口にはしなかった。


 理由はまあ、いろいろある。

 天音と過ごす日常がそれ以上なんて求めなくても十分すぎるほど満ち足りていたこととか、物心ついたころから知っている幼馴染相手に今更どう展開にもっていけばいいのかわからなかったとか、天音と一度でもそういうことをしてしまったら溺れてしまいそうで怖かった、とか。


 ……改めて言語化すると、俺がヘタレていただけな気がしてきたな。

 躊躇っていた理由の中には天音に対する気遣いも含まれていたのだが、天音がそういうことを望んでいたのだとしたらその気遣いは検討外れだったことになる。

 自分の不甲斐なさに凹んで黙り込んでいると、反論がなかったことに気をよくしたらしい天音が嬉しそうに煽ってきた。


「ほら!キスはやっぱり恋人同士じゃないとできないじゃない!あー、放課後誰もいない教室で……とか、みんなにばれないようにこっそり……とかしてみたかったなー!」


 内容こそ未練を嘆くようなものだが、その声から悲壮感は感じられない。

 その理由が先ほどの問答で俺たちが十分恋人っぽいことをしていたことに気づいたからか、俺を言い負かせて嬉しいからかは定かではないが、天音が凹んでいる状態から立ち直ったならそれはいいことだ。


「伊月がもっと早く告白してくれていればそういうことができたかもしれないのにねー!」


 まあ、うん。天音が俺からの好意を確信していなかったというのなら、俺の方がはっきりと言葉にしておくべきだったかもしれない。


「伊月がヘタレじゃなければなー!」


 ヘタレの誹りも甘んじて受け入れよう。


「まあでも仕方ないわよね。伊月って昔っから鈍かったもの。乙女心がわかってないっていうか?ほんと、朴念仁なんだから」


 俺は天音の好意には気づいていたわけだし、むしろ鈍感で朴念仁なのは天音の方ではないかと思ったがぐっと堪える。


「まあでも、私も悪かったわよね。ヘタレの伊月に告白やキスができるわけないものね」


 耐えろ直原伊月。器の大きい男として、ここはがまn――


「ごめんね?私、幼馴染なんだから伊月が度を超えたヘタレだってわかってたはずなのに……期待しすぎちゃったわね?」


 ――よし、泣かす。


 おもむろに天音との距離を詰め、いまだに俺のヘタレさを気持ちよさそうに詰っている彼女の肩にそっと手を添える。

 急にどうしたのかと言わんばかりにこちらを見上げてくる天音。

 きょとんとした表情があまりに無防備なものだから内心少しおかしくなりながら――俺はその唇を奪った。


「――!?!?」


 天音が目を白黒させている。

 彼女からすれば不意打ちだったわけだし当然の反応だ。

 とはいえ拒絶の雰囲気は感じられないので、それを言い訳にもう少しだけこのままでいさせてもらうことにする。


 好きな女の子との初めてのキスはなんというか……すごかった。

 あたたかくて、柔らかくて、気持ちいい。

 ただ唇を触れ合わせているだけなのに、なんなら少し怖いくらいの多幸感があった。


 ――どのくらいそうしていただろうか。

 人生最大の名残惜しさになんとか打ち勝って唇を離す。

 

 クラクラしている頭の中で、『どうしてこんなに気持ちいいことを今までしてこなかったんだ』という後悔と、『こんなに気持ちいいことを覚えてしまったら病みつきになって抜け出せなくなっていただろうから今まで知らなくてよかった』という理性がせめぎ合っていた。


 そんな状態からさらにもう少し時間が経って、夢見心地だった頭が次第にクリアになってくる。

 それに伴い真っ当な恥ずかしさや照れくささがもどってきたので、そんな感情を誤魔化すように、いまだにぼんやりとした様子の天音に笑ってやった。


「ふふ、ふふふ、ふははははは!ど、どーだ!これでヘタレの汚名は返上できただろ!俺はやるときはやる男なんだよ!俺の幼馴染を名乗るならそれくらいわかっててもらわないとなあ!?」


 先ほどまでのお返しだと言わんばかりに天音を煽り返す。……が、なんの反応もない。

 俺の予想では「な、ななな、何してんのよ!?」みたいな感じで顔を真っ赤にしてわなわなすると思ったんだが……。


 …………もしかして、傷つけてしまっただろうか。

 天音がわりとロマンチストなことはよく知っている。

 多分、ファーストキスに理想とか憧れがあるタイプ。

 それを思えば、初めてのキスがこんなノリと勢いでというのは、天音にとって耐え難い仕打ちだったかもしれない。


 高揚していた気持ちが反転する。

 天音に嫌われてしまったかもしれない、そう考えると足元が崩れるような感覚に襲われた。

 とりあえず謝らなくては……!そう思って口を開こうとした俺よりも先に、天音が何かをぽそりと呟いた。


「――ぅ、っ……ぃ」

「え?」


 その声はすぐ傍にいる俺にも聞こえないほどか細くて、つい聞き返してしまう。

 すると天音は、今度はしっかりと耳に届く音量で囁いた。


「――もう、一回」


 多分この瞬間の天音の表情を、俺は一生忘れないと思う。

 頬と瞳に火傷してしまいそうなほどの熱を灯し、もどかしそうな、ものほしそうな表情でキスを催促する天音は綺麗で、色っぽくて――要するに今までで一番可愛かった。


 ――結局、俺たちはこの後もう一回どころか何度も唇を重ねて。

 それがあんまり甘いものだから、せっかくもらったチョコが少し味気なく感じてしまったのはここだけの話だ。

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