第17話 約束2

 シエラの言葉に答えるようにペンダントが光りだす。


「はったりか? シエラが使える共鳴魔宝は、雷属性の攻撃を防ぐ『琥珀ノ加護』だけだと聞いているのだが……」


「ええ。たしかに今までは『琥珀ノ加護』しか使えませんでした」


「なるほど。今は違うと?」


「はい。では、とくとご覧あれ。――琥珀ノ霹靂へきれき!」


 バチバチ!


 シエラは体に電気を纏った。


「琥珀の力をさらに引き出したことで、使えるようになった共鳴魔法です。――覚悟してください!」


「どんな攻撃が来ようと、見切ってみせる!」


「いきます!」


 シエラは、体を少し捻りながら木刀を構え、膝を軽く曲げ、足にグッと力を込めた。


「その構えは!?」


「駆け抜ける!」




鷺煌走雷ろおうそうらい




 シエラは一瞬のうちにエイダンの背後まで駆け抜けながら、木刀で斬りつけた。



「ぐあぁ!」


 エイダンはもろに攻撃をくらい、膝をついた。


 シエラは振り返り歩みを進め、エイダンの前に立つと、木刀を掲げる。


「これで終わりです」


「ふっ。……たしかに強くなったようだな、シエラ」


「みんなのおかげで私は強くなれました」


「そうか」


 エイダンは立ち上がろうとするが


「くっ……これ以上は無理そうだ」


 と動けずにいた。




「オレの負けか」



「……」







「ギブアップ」

「ギブアップ」


 2人の声が重なる。


「なっ!?」


「あら。私とエイダンさんがほぼ同時にギブアップ宣言。ということは……引き分けですね!」


「ははっ。なんってこった」


「引き分けだとすっきりしないんで……またいつか、もう1度戦いましょう? ねっ、いいですよね?」


 シエラはエイダンに手を伸ばす。


「ふっ、まったく、あざとい奴だ。――わかった。また戦おう」


 エイダンはシエラの手を握り、ゆっくりと立ち上がった。


「あざといは余計です」


 シエラは頬を膨らませて、すねたように言う。


「ああ、悪かった」


 やれやれといった調子で答えるエイダン。


「まあ、許してあげましょう。――さて、事務所に戻りましょうか」


「そうだな」



 シエラたちは事務所に向かって歩き出す。


「それにしても、驚いたよ」とエイダンがシエラに話しかける。


「何がですか?」


「まさかシエラが、リアンの技である鷺煌走雷ろおうそうらいを使えるようになっているとは思わなかった」


「実は、アイナさんに共鳴魔法について教えてもらう中で、リアンにも協力をしてもらったんです」


「そうだったのか。何かしているのはなんとなく気づいていたが、何をしているのか詳しく聞こうとしても『秘密です』と言って、教えてくれなかったのは、この時のためだったようだな」


「ふふっ、驚いてくれて良かったです」


「まんまと、だな。――それはそうと、シエラもさすがの吸収力だな。あっという間に腕を上げていくんだから」


「ありがとうございます。絶賛成長中です!」


「オレも負けていられないな」


「また戦う日が楽しみですね」


「そうだな」


 やがて、シエラたちは秘密基地に到着し、玄関の近くまで来たところで、1人の女性が、ちょうど秘密基地の玄関を開け、中に入ろうとしているとしているところに遭遇する。


「あっ、あの人は!」とエイダンが声を漏らす。


 その声に気づいたのか、女性はシエラたちの方を向き


「あら、おかえりなさい、エイダンくん。それと、シエラちゃんだったかしら?」


 と声をかけてきた。


「あっ、えっと、は、はい」


 シエラは、この女性は一体誰なのだろうと疑問に思いながら、ひとまず返事をする。


「カナデさん! お久しぶりです」


 エイダンはその女性をカナデと呼んだ。


 カナデとは、元々このギルドで事務仕事をしていたが、遺跡調査のため、しばらくここを離れていた人だ。


「本当、何ヶ月ぶりかしら。見ない間に、またいい男になったんじゃない?」


「いやいや、そんな……」とエイダンは頭を掻きながら、照れくさそうに笑った。



 あのエイダンさんの頬が緩んでいる!


 と驚くシエラ。


「カナデさん、今ちょうど、戻ってきたところですか?」とエイダンが問う。


「ううん。少し前に戻ってきたわ。それで、ケイと話をした後、事務所の周りを少し散歩していたところだったの」


 ちなみに、ケイとはケイフウのことである。カナデはケイフウのことをそう呼ぶ。


「そうだったんですね。では、中に入りましょうか。オレ、カナデさんの話を聞きたいです」


「そうね。今回の遺跡調査は色々と面白いことがあったから、ぜひ、聞かせたいわ。シエラちゃんも一緒にどうかしら?」


「はい。聞かせてください。……ただ、ちょっとだけ風に当たってからにします。その後、すぐ伺いますので」


「そう。わかったわ」


 カナデはにこりと笑って見せた後、エイダンと共に秘密基地の中に入っていった。


「ふう」


 風に流れる黒い雲が太陽に被さって、辺りに影に落とし始めた。


(エイダンさんもあんな顔するんだな)


 シエラは心の中でそう呟きながら少し歩いた後、壁に寄りかかると、うつむきながら考えごとを始めた。


(私の知らないエイダンさんが、ここには居るんだ)


(エイダンさんだけじゃない。リアン、エマ、ケイフウさん、アイナさん、そしてカナデさん)


(きっと私は、このギルドの人たちのことを多くは知らない)


(そして、私がこのギルドに入る前にすでに彼らが作っていた関係性は、この先私がこのギルドに居ても、埋めることのできないものなのかもしれない)


(だとしたら、私は──)


「シエラ」


 と名を呼ぶ声がしたので、シエラは考えごとを中断し、顔を上げた。


 そこには、エイダンがいた。


「あれ? どうしたんですか?」


「いや、なんとなく気になったから、戻ってきたんだ」


「そうですか。……あの、エイダンさん。私はまだこのギルドに居るべきなのでしょうか?」


「それはシエラ自身が決めるか、もしくは、人事に関することだから、ケイフウさん──いや、今はカナデさんが戻ってきたから、カナデさんに決定権がある。オレには決められない」


「そう……ですよね。すみません。変なことを聞いてしまって」


「……シエラ」


「あの、エイダンさん。私──」


 シエラが何かを言いかけたところで、エイダンはそれを遮るようにこう言った。


「シエラは物知りで、オレに色んなことを教えてくれるし、シエラは強くて、優しくて……オレは、シエラのことを尊敬してる」


「えっ? なんですか、急に?」


「あっ、いや、その……」


 エイダンはなにやら取り乱していたが、シエラは構わず淡々と話を続けた。


「今のギルドの状態を考えてみたんです。カナデさんが戻ってきたということは、ケイフウさんが戦いに復帰できるわけだし、私が入団したときはここにいなかったアイナさんが、今は居るわけで……。だから、人手不足は解消されたんじゃないでしょうか? それならもう──」


「オレは、シエラといると燃え上がるんだ!」


「はい? ええっと……燃え上がる? 何がですか?」


「あっ、えっと、すまん。なんか変なことばかり言って。……もっと端的に言うよ。シエラには、まだこのギルドに居てほしい。オレはまだシエラと一緒にいたい。──オレに決定権はないけど、オレの思いは伝えてもいいだろ?」


「……」


「それにきっと、みんなも同じように思っているはずだ」


「……」


(ああ。私、何やってるんだろう? エイダンさんに心配かけさせてしまって。これじゃあ、まるで――。はあ、しっかりしろ、私!)


 シエラは自分に活を入れる。


「すみません。なんか私、ちょっと変でした。でも、もう大丈夫です!」


 ニコリと笑うシエラ。


「ほんとに大丈夫なのか?」


「はい。気持ちの整理ができました。エイダンさんの熱い言葉のおかげで!」


「ちょっ、あっ、えっと、たしかにがらにもなく熱くなってしまったかもな……。ははっ、なんでだろう、まったく。――というか、この件はほかの人には話さないでくれよ。その……恥ずかしいから」


「わかりました。――エイダンさん、本当にありがとうございました」


「気にするな」


 太陽に被さっていた黒い雲は風に流れ、辺りは光に包まれる。


「風が気持ちですね」


「ああ」


「――さて、そろそろカナデさんのところに行きましょうか」


「そうだな」


 エイダンはそう答えると、シエラより先に何歩か歩いた後、振り返って手を差し出した。


 シエラはエイダンの手を掴もうと、手を伸ばす。


 しかし、今の位置からでは届かない。


 シエラは一歩、また一歩とエイダンに近づいていき、再び手を伸ばす。


「エイダンさんはまるで太陽です」


「なんだよ、急に」


「エイダンさんはとても熱い人」


「まったく、からかわないでくれよ」


「私は……焦げてしまいそうです」


「へ? 焦げる……? あっ、焦げるといえば、たしか、木は燃えると炭化層を作るんだったよな? 前にシエラが教えてくれたことだ」


「えっ!? えーっと……ふふっ。そうですね」


 2人の手が重なる。


「さて、行こうか」


「はい」


 シエラはエイダンと共に、ゆっくりと歩き出した。

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