4:流浪の姫

 変身を解いた千景とプリンセスは、ハニーに連れられてひとけのない空き地に誘導された。

「小規模の結界を張っておきましょう。万一聞かれても困りますからね」

 巨大蜂は勝手にそう言って勝手に結界を張った。またあの妙な感じが、身体の中をすり抜けていった。あれはハニーの張った結界だったのか。なるほど、と千景は思った。


 プリンセスはむくれて千景と口も聞かなかった。チャリを相乗りした仲なのに、何がそんなに彼女を怒らせたのか、千景にはわからなかった。もちろん、「変身したこと」そのものが彼女の怒りに触れているということにも、千景は気づいていない。


「プリンセス。此度の迎撃、お見事でございました」

ハニーが仰々しく言うと。ぽよんと音を立てて長身の美男子に変身した。


「うっそだろ」

 長い黒髪は絹のようだし、横顔は彫像のようだ。蒼とどっちがイケメンかと言われたら少し困ってしまう。ハニーのほうがイケメンかもしれない。

 ぶったまげている千景を置いて、話は続いていく。


「ハニー。あの軟体捕食者はどこの手のものか、わかるか」

 プリンセスがベンチに腰を下ろし、足を組んだ。背筋を伸ばし、ハニー(だったもの)を見上げる。

「おそらくはキツネ……あるいは、サル型でしょう。ああした知恵が回るのはその手合いかと」

「あのずるがしこいケダモノどもめが……」

 ピンクのツインテールを揺らして、美幼女はちっと舌打ちをした。

「こんな辺鄙な惑星まで追ってきよってからに。そんなにわらわを滅ぼしたいのか」

ハニーは目を細めた。そして、跪き、姫君をのぞき込んだ。

「……本日は新たなる戦士の目覚めもあったことですし、彼にも説明をと思うのですが」

「認めぬ」


 幼女はぷんと言った。

「認めぬ。新たな戦士などおらぬ」

「はあーッ?」

千景は声をあげた。

「いや、いやいやいやいやいや、人にバニーガー……バニーボーイさせといてそりゃないぜ!?」

「認めぬと言ったら認めぬ。おぬしにはクロ様の後継者としての資格がない」

「とはいえ、プリンセス・ララ」

ハニーまでもが困り果てていた。「クローディアどののバニーコアは確かに、彼に反応しました。そのために彼は変身することができましたし、権能も……」

「認めぬ!!」


 ひときわ大きな声で、彼女は叫んだ。

「……クローディアが、死んだなど。認めぬ」

小さな唇をかみしめて、少女はうつむいた。背筋を丸め、組んでいた足を戻し、顔を覆った。

「認めぬ。……クロ様はどこかで生きているはずなのじゃ。だから、黒のバニーコアが、こんなちんちくりんに反応するなんてありえない……!」


千景はつぶやいた。

「……クローディア?」

すかさずハニーが口を挟む。

「バニー・ブラック・コアの前所有者です」

 プリンセスはそれ以上何も言わなかった。静かなすすり泣きが聞こえてきていた。千景が何も言えないでいると、ハニーは長い長い話を始めた。


「遠い星系にRB82というのがあります。この惑星の技術では及びもつかない、遠くの星系です。我々は、そこからやってきました。惑星の名を、ラビ星と申します」

 

 ハニーの低い声が、千景の耳の奥まで這入ってくる。まるで、データをそのまま脳みそにじかにインストールされているかのようだった。


――ラビ星はラビ王国という豊かな王国がございましたが、近隣の飢えた諸惑星はその資材をねたみ、侵略戦争を仕掛け、あげくに、そこに住まうラビ星人たちをにすることができることに気づきました。

 我々は彼らを捕食者と呼称して、国に伝わる「バニー戦士」たちを集め、彼らと交戦しました。健闘はいたしました。いたしましたとも。

 けれども多くの民が捕食者に食い殺された。ラビ星の豊穣の土地は奪われ、その魔の手はプリンセスのおわす王城まで迫った……、


 千景はごくりと唾を飲み込んだ。話についていけているのだろうか。でもなぜか、ふっと腑におちるような感覚があって、胸のあたりが熱くなった。

「……それで?」

ハニーはこちらを見た。


――城が落ちる寸前、ブラックバニー・クローディアが、わたくし人工知能のハニーと、こちらのプリンセス・ララのみをのせた小型艇を、月へ向かって送り出してくれたのです。彼女は自らのバニー・コアをプリンセスに託して、足止めのためにそのままラビ星に残りました。


 突っ込みたいところは多々あったが、とにかく、分かった。

「ひょっとして、そのバニー・コアっていうのは――」

「基本的に、コアは意志を持ち、主をみずから選びます。そして一度選べば、死ぬまでその主を助けます」

「……そっか」


ああ、だから。

だから、「認めぬ」なのか。

 

 プリンセスは知りたくなかったのだ。その「クローディア」という戦士の死を。

 こんな、唐突な形で。

 

 千景はポケットからティッシュを取り出した。べそべそに泣きじゃくっている少女に、差し出す。

「ほら、涙も鼻水も拭けよ。プリンセスなんだろ。そんな顔じゃあ――」

「うるさい!ちんちくりんからの施しはいらぬ!いらぬったらいらぬ!」

 プリンセスは塞いだまま顔を横に振りたくった。ピンク色のツインテールが、ぶんぶん揺れた。

「困った姫様だな。……えっと、ハニーだっけ」

「はい。そう呼んでいただければ」

 千景はティッシュをイケメンに差し出した。

「あんたが涙を拭ってやってよ。俺じゃ無理みたいだから」


 ハニーはティッシュを見つめ、なにか考えるようなそぶりを見せた後、千景をじっと見た。

「使い方が、わかりません」

「嘘だろ」


 千景はティッシュを出してやり、丁寧にたたんで、プリンセスの真っ赤に腫れあがった赤い目元を拭った。ハニーは観察しながら、その動きを細部まで覚えようとするかのように見守っていた。そしてプリンセスも、先ほどのような抵抗はしなかった。

 プリンセス。たったひとり、人工知能を連れて、月まで――

「いや待て、月じゃなくてここは地球――」

「ラビ星ではに親類たるうさぎたちが住んでいると信じていたのですが」

 ハニーは淡々と言った。

「とうに滅びておりました。我々はやむなく、地球への降下を決意したのです」

「……」

「我々を追って、地球にも捕食者たちが現れました。我々はここで交戦しなければなりません。バニーブラック」


「黒井千景だ」


「黒井千景。記憶しました。貴方の力が必要です。バニー・コアに適合する人間を、少なくとも四人、集めねばなりません」

 すくなくとも、四人。

あの格好をしてくれる人間を、四人も。


「ハードルクソたっかくねえ!?」


 千景は叫んだ。遠くでママチャリが倒れた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

超宇宙戦隊はに・ばに!──えっ!?俺がバニーボーイに!? 紫陽_凛 @syw_rin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ