東京ダイダラボッチ幻想 〜明智小五郎、詩人の見た「巨人」の謎に挑む〜

四谷軒

詩人の見た「巨人」

 ――都會とかいの空に映る電線の青白いスパークを、大きな青猫のイメーヂに見てゐる


 萩原朔太郎「定本青猫」











 その日の、明智小五郎は自身の探偵事務所に一人の訪問者を迎えた。


「やあ――乱歩先生」


 江戸川乱歩――私である。











 その日の、私はとある奇妙な依頼をしようと思って、明智事務所を訪ねていた。

 応接室に招じ入れられると、明智は応接椅子に座るよう勧めながら、早速にその依頼内容を聞きたいと言った。


「ダイダラボッチ?」


「そうなんだ」


 順を追って説明すると、私は詩人の萩原朔太郎と縁があった。朔太郎は大の探偵小説ミステリ好き、かつ、手品マジック好きで、そこから縁ができたという次第である。

 そして朔太郎は昭和十七年に逝った。ただし、書斎にはあるをして。


 ――手をふれるべからず。


 その貼紙はりがみが貼られた書斎の棚を開けると、そこには手品の種明かしがあったという。


「それが……それだけでなかったという訳ですか、乱歩先生」


 明智は葉巻をくゆらせながら言った。

 ああ、と答えて、私は懐中から一通の手紙を取り出した。


「遺言? いいや、ちがうようですね……これは、謎かけですか?」


 手紙は、朔太郎の筆跡で、「江戸川乱歩君へ」と宛名書きされており、中の便箋には「われ、武蔵野――東京に、ダイダラボッチを見たり」と記されていた。

 何というか、詩にしては、明け透けなフレーズであり、また便箋にはその句しか見当たらない。

 とすると、やはり謎かけと言わざるを得ない。


「ダイダラボッチ……たしか、柳田國男先生の文章にありましたね」


「ああ、『ダイダラ坊の足跡』のことかい」


 「ダイダラ坊の足跡」を読むと、ダイダラ坊と代田だいたという地の連関について触れられている。たとえば、ダイダラ坊が架けた橋がダイダ橋である、等。

 代田――朔太郎が居を構えた地であり、その人生の終焉の地である。


「つまり」


 明智はと迫った。


「朔太郎はダイダラ坊と代田の連関に目をつけて住み、そしてと」


「うむ」


「ですが」


「何だい」


「朔太郎が死んで、大分だいぶ経ちます。それが何故今」


「……そりゃあ、その手品の種明かしの整理をしていたら、出て来たのさ」


「…………」


 明智は半眼で私のことを睨んでいたが、やがて得心したのか葉巻を口に戻した。


「話を戻しましょう。その、ダイダラボッチですか、が東京にいるということを朔太郎は……それは何か、というか」


 そこで明智は葉巻を灰皿に押し付けて揉み潰した。


「というか、現代の東京において朔太郎がダイダラボッチと看做みなしたのは、ということですか」


「そう」


 私は、明智に意図を汲み取って貰えて、満足して頷いた。

 だが明智は肩をすくめた。


は、民俗なら金田一が、歴史なら神津の方が良いと思いますが」


「この手紙の宛先が横溝正史よこみぞせいし高木彬光たかぎあきみつなら、そうするさ。でも宛先は江戸川乱歩へ、と来たもんだ」


「…………」


 明智はまた半眼で私を睨みながら、新たな葉巻に火をつけた。

 煙を吸い込み、ひとしきり香りを楽しんで、それからまた口を開いた。


「まあいいでしょう。奇妙な依頼だが、幸い暇です。殺人という訳でもないし、そこが単純に思考の遊戯ゲエムとして


 ただし、精確な知識や研究みたいなものを求められても困る、と明智は付け加えた。

 私に否やは無かった。

 萩原朔太郎は、江戸川乱歩を指名している。ゆえに、


「ふむ」


 明智は煙を吐いた。


「ではまず問題にすべきは、朔太郎のつい棲家すみか。これはくだんの代田。柳田先生の文章に指摘されている地。そこに朔太郎は自ら設計した家を建て、そこに住んだといいます」


 たしか、棲家そこには大きな送電鉄塔があったはず、と明智は呟き、葉巻をくわえ直してから、両手で四角を作った。カメラのつもりらしい。


「また、朔太郎はカメラを趣味としていました。もしかしたら……ダイダラボッチを撮るために、撮影に適した家を作ったのかもしれません」


 明智は、朔太郎ののこした写真はあるかと聞いてきた。

 当然ながら知らない。

 


「では仕方ありませんね……残された著作から推理するしかない訳ですが」


 明智は「失礼」と立ち上がって、書棚からを取り出した。


「中野の古書肆こしょしにでも寄れば、もう一寸ちょっとマシな本もあるでしょうが……」


 明智は「定本青猫」という題名タイトルの本を開いた。


「ふむ」


 そうらしてから、「やはりそうか」とひとりうなずく。

 ひとりで納得していないで、こちらにも教えてくれてもいいじゃないかと言うと、お互い様とやり返してきた。


其方そちらも開示していない情報がある……たとえば先ほどの、?」


「…………」


「ま、。それより」


 明智は今度はデスクから絵葉書を取り出した。

 それはクロード・モネの「ジヴェルニーの積みわら、夕日」の絵葉書である。

 夕日を背景に、三角頭の積まれたわらが印象的なだ。


「この積み藁ですが、朔太郎の郷里、上州では何と言うと思います?」


「何って」


「藁と言います」


「えっ」


 私は思わず身を乗り出す。


「このと言う言葉ですが……たとえば、ひとりぼっち。これもまただ。恐らく、孤立するもの、佇立ちょりつするもの、のイメージがという言葉に表れているのではないでしょうか」


「…………」


ひるがえって、柳田先生の『ダイダラ』、あるいは、いわゆる『だいだら』ですが、これまた、何故に変化しているのでしょうか」


「そりゃあ……」


 言いかけたものの、絶句した。

 何でそんなことに気がつかなかったのだろう。


「……それは何らかの動作アクションが伴うからではないでしょうか。たとえばダイダ橋。これを架けるという動作アクションをしている。そもそも代田の地名も、ダイダラ坊のに基づくとのこと。歩くという動作アクションをしているという理屈になる」


 浦和の太田窪だいたくぼという土地も同様の由来を持つというが、だとするとダイダラ――だいだらも随分と歩くという動作アクションをしているということになる。


「……以上のことから、朔太郎が見つけたという『ダイダラ』は動かず、孤立すると逆説的に証明できる、までは言い過ぎかもしれませんが、まあ多分、そうです」


 「失敬」と言ってから明智は水差しからコップに水を注いだ。

 

「……ここまで来れば、明敏な貴方のことだ、もう感づいているに相違ない……ですが、最後にもう一つ。仄聞そくぶんするに、ダイダラボッチは数々の人助けの伝説を残している」


 山を運んだり、山をどけたり。

 あるいは土地をひらいたり。

 そういえば、代田でも橋を架けたという。


「つまり」


 そこまで言ってから、明智は水を飲んだ。

 答えを言うつもりらしい。


「人の役に立つ……大きな、佇立する存在。そして朔太郎の家の立地。これらが指し示すものは」


 明智は突然、窓を開けた。

 都心の一等地にあった明智の事務所は、窓からが見えた。


「東京タワー……」


「そう。塔です。朔太郎の場合は、送電鉄塔ですがね」


 私は電波塔を眺めながら、朔太郎の住居を思い出した。

 詩人の家は、大きな鉄塔の下にあった。

 方向音痴だったらしい朔太郎にとっては、実にありがたみのある家だったという。

 そこでふと、卓上に置かれた「定本青猫」の一節が見えた。


 ――都會とかいの空に映る電線の青白いスパークを、大きな青猫のイメーヂに見てゐる


ほど……確かに、朔太郎の道案内や、家々に電気を送るという、人の役に立っている……」


 私が感心して頷いていると、明智は手を差し出した。


「何? 依頼料かい?」


「そうではない。その朔太郎の手紙、出したまえ。


「は?」


とぼけるのはし給え、。大体、乱歩先生は横溝先生や高木先生を付けで呼ぶ。後輩だからね」


「それは」


 動揺している隙をかれ、手紙は取られた。

 であれば、仕方ない。

 種明かしと行くか。

 私、否、は「乱歩である」という暗示から自らを解放し、変装を解いた。


「はっはっは、明智君、見事な名推理だ」


 明智は人の悪い笑みを浮かべながら、「ハッタリだよ」と言った。


「何? どういうことだ?」


「いくら乱歩先生でも、如何いかに後輩とて、敬して『先生』と呼ぶこともあろう。そんなことはだと言われたら、どうしようかと思っていた」


「……ふっ」


 さすがはわが好敵手といったところか。


「断っておくが、吾輩は手紙を盗ったのではない。拝借したのだ。いずれ返すつもりだった」


「……ま、そういうことにしておこう」


 この二十面相、稀代の詩人の遺作は無いかと、ずっと探していた。

 そして美を愛する吾輩の執念が実ったのか、つい先頃、見つけたのだ。

 だがしかし、それは詩ではなく、謎かけだった。

 しかも、宛先が江戸川乱歩先生と来ている。


「これは吾輩のだ。そう思ったよ」


「その心理は否定しない。で、ご満足頂けましたかな?」


「うむ。悪くないと思ったよ。返礼に、吾輩なりの答えを出そう」


 吾輩はこれから本物の江戸川乱歩が来ることを告げた。


「乱歩先生が来たら、そう……十分程度、このことダイダラボッチについて話し給え。その後、隣室の小林少年に付き合い給え。では、さらばだ、明智君」


 吾輩は開いた窓から飛んだ。

 黄昏たそがれの空へと。











「――そうだったのか」


 時間は再び、その日のに。

 私――の江戸川乱歩は明智小五郎の話を十分ほど聞いてから、そのあと隣室にいた明智の助手――小林少年に付き合うことにした。

 隣室には、テレビがあった。


「そういえば、急に出資者スポンサーがついて、放映できたという噂だよ」


二十面相ですか」


「多分ね」


 小林少年は私たちに静かにしてくれと頼んだ。

 画面では、電気を吸収する透明怪獣が、攻撃を受けてその姿をあらわにし、暴れていた。

 そこへ。


「あっ」


 少年は叫んだ。


超人ウルトラマン!」











【了】

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