土偶に希望を見出す人

猫又大統領

少年はフライパンを。少女は土偶を。

 目覚まし時計ではない音で目が覚めた。重い瞼をこじ開け、時計に目を遣ると予定より五分早かった。この五分。どう使おうか。目覚ましが鳴るまで寝ようか。それとも、寝てしまおうか。

「ああ! もう、どこ行った! どうせ隠れるくらいなら家から出ていけ! 出て行って! きゃあ。あっ。でたあああ!」

 部屋の外から姉の声が響いた。そして、僕が目を覚ます原因になった鈍く重い音も聞こえた。

 使い道は決まった。タイマーを止め。僕は姉が孤軍奮闘していると思われる台所に向かった。そこには長い髪を乱し、花柄のエプロンを身に着け、両手でテニスラケットを持つようにフライパンを握る姉がいた。

「大丈夫? どうしたの?」

「遅い! 姉ちゃんが茶色いのに倒されたらどうするの? 姉ちゃんの朝ごはん二度と食べられなくなるよ」

「それは……困るよ。でも、ゴキブリに人が倒された話なんて聞かないよ」

「朝ごはん食べたいのなら全部肯定しなさい」

「はい……イエス」

「はいでもイエスでもどっちでもいい! それより茶色いのにフライパンがやられた」

 そういうと姉は、僕の目の前にフライパンを出した。丸いフライパンに二か所大きなヘコミがある。

「あんたは、朝市に行ってフライパンを買ってきなさい。あそこ安いから」

 フライパンがやられたのは、武器の選択ミスが大きいような。そんなことは言えるわけもなく。

「はい。朝ごはん食べたいです」

「買うのはフライパン。あと姉ちゃんが喜びそうなものも購入可。朝市だからって浮かれるなよ。色んな人が来る。美人もいるだろう。付いていくなよ。連れてくるなよ」

「朝市に浮かれていません。美人に付いていきません。連れてくることもないです」

「よろしい。じゃ、気を付けてね。レッツゴー。姉ちゃんはそれまでに決着をつけておく」

 僕はお金をもらい、近所の大きい公園で行われている朝市に来た。

 たくさんの露店がそこかしこに並ぶ。食品、衣服、骨董品、古本や自作アクセサリーなど様々な商品が売り出されている。それを目当てに遠くからも足を運ぶ人も多いと姉が言っていた。

 少し露店を歩くと、朝市の関係者の人から朝市の地図を一枚貰い、目を通すと露店は食べ物、日用品などで分類されているのが分かった。僕は調理用品の方へ歩いた。

「あ、ここだな」

 鍋やまな板などがシートの上に並べてある。お目当てのフライパンも見つけた。

「おっ安い。大きさもこれくらいでいいかな」

 フライパンを手に取ると、丁度死角になっていた所が大きくへこんでいた。

「これは……」ぼくは肩を落とした。

「いいフライパンを選ぶね」とハンチング帽を被り、木製の椅子に座る男性が話しかけてきた。

「あっ。どうも……」

「それはうちの店で、一番のもの。一般人向けではないがね」

「一般向け? 飲食店専用のフライパンですかこれは?」

 男性はにっこりと暖かく笑った。

「大丈夫だ。もう、分かっている。そのフライパンを選ぶのはその合図」

 そういうと男性は近くの木の箱から壺のようなものを出してきた。

「君が求めているのはこれか?」

「えっそれは……」どこかで見たことがあるようなものだった。

「これはだよ」男性はまたにっこりと笑った。

「ち、違いますよ」まるで状況が掴めなかった。確かに教科書に出てくるような土器だった。

「そうか、分かった。本気なんだね……」男性はそういうと再び木の箱から、今度は布に包まれた物を取り出すと、僕の前で布を広げた。

「さあ。これだ」

「これは……土偶」

「ああ。もちろん。正真正銘」

 僕は完全に言葉を失った。

「それ、私に下さい」と僕の真横から女性の声がした。

 僕は声の方を向くと、艶のある長い黒髪に、黒のワンピースを着た少女が土偶に指を差して立っていた。

「これは、この男の子が優先だ。すまないね。お嬢さん」男性が頭を軽く下げた。

「えっ僕は、その……」

「なに? いらないの? なら私に譲って」

「これはこの男の子の物だ。お嬢ちゃんは諦めなさい」男性は何故か僕に土偶を渡そうとする。

「諦める? ちょっとその土偶をよく見せて下さい」

 少女はそういうと、男性の所まで行き、土偶に顔を近づけた。

「ああ。この匂いだ。そうだ。懐かしい。」少女は遠くの空を見ながら言った。

「お嬢ちゃん、もういいかい?」

「こんなに求めている私に土偶を譲らないなんて怪しいから匂いを嗅いだけど、本物の土偶。そして、無人土偶ね」

「そうさあ。お嬢ちゃん。私が扱うものは本物だよ。まさか匂いを嗅いだことがあるとはね」下を向きながら男性が答えた。

「そうよ。だから、分かるでしょ? それを私に!」少女が言った。

「待ってください。何を二人が話しているのか分からない」

 僕は早くフライパンを見つけて、朝ごはんを食べたかった。

「あんただって、無人土偶を探してたどり着いたくせに? 白々しい」

「僕はフライパンを買いに来ただけだ。ぼくはもう失礼します」

「有人土偶ならいざ知らず、無人土偶に辿り着ける訳ないでしょ?」

「有人だとか無人だとか僕にはなんのことか? 姉の朝ごはんが食べたいだけなんだ」

「えっまさか。本当にあんた知らないの?」

「そうだよ。どういう意味?」

「有人は魂を吸い上げた土偶。無人はまだ吸い上げていない土偶のことよ」

「それって……無人土偶の持ち主は死ぬ……」

「当たり前じゃない。でもちゃんとした儀式をしないと死ねない」少女はそういうと笑った。

「持っているだけじゃ意味ないんだ?」

「そういうこと。いい?私がもらうね」

「僕に権利があるんですよね?」僕は男性に聞いた。

「ああ。もちろん」

「土偶下さい」僕が言った。

「五千円になります」男性が言う。

「はい」僕はフライパンのお金で土偶を買った。

 僕は両手で土偶を受け取った。

「壊れやすいから気を付けて。本当にこの土偶に興味がないのなら、壊れるから」

「壊すと危険ですか?」

「ただ力を失うだけださ」男性が笑みを浮かべて答えた。

 僕は地面に投げつけた。土偶は粉々になった。

「なにすんの? どうかしてるんじゃないの? なんでこんな」

 少女は泣き出した。

「僕は君に死んでほしくない。ないほうがいい」

「弟が死んで、悲しんだ母が無人土偶で私を置いて死んだの。私なんか意味ないの……何の意味も……あんたにこの私の何がわかるの? どれだけ探したのか分かる?」

「どんな事情でも君に死んでほしくない。ただそれだけなんだ……」

 男性の元へ、スーツ姿の赤いショートヘア―の女性がやってきた。

「お前。これはどういうことだ?」

「これはこれは。はっはっは」男性は豪快に笑った。

「笑い事じゃない。上に報告する」女性は笑っていない。

「それでは、今日はこのへんでお店は閉店です。サービスでフライパンをどうぞ」男性が僕にウインクをしながら言った。 

「あっありがとうございました」僕は少し深く頭を下げた。傷が一つもないフライパンを貰った。

 男性はこうなることを知っていたのだろうか。彼女を守るために壊すことを。

「君たちが出会ったのは偶然。そして必然。」男性は呟いた。

「なに? キザなセリフをいってるんだ? 置かれた立場を分かってるのか?」女性は笑っていない。

「それではまた。若人たちよ。よい人生を」男性は笑っていた。

 男性はスーツの女性に連れていかれた。

「どうすんの?」少女が呟く。

「えっ……と。朝ごはん食べる?」

「同情? やめて。朝ごはんは……食べる」

「うん。まあ作るのは姉だけどね」

「でも対価は払う。ここでも売ろうとして作った土器がある」

「えっ」

「なに? 足りない?」

「いや。えっ十分だよ」土器の価値がそもそも分からない。それも自作。

「よかった。土器は作れても、価値が分からなくて。ところであなたの名前は?」

「そういえば、僕はヒデト」

「私は、ハナカ」

 家に向かう途中に土器の作り方講座が始まったが、土選びの説明の途中で家に着いた。

「姉ちゃん。ただいま」

 姉が玄関まで来て出迎えてくれた。

「おかえり。ちゃんと買えた?ぼくちゃん」

「買えた。というか、貰った。はいこれ」僕は姉にフライパンを渡した。

 姉はフライパンより僕の後ろにいる少女を見ると少し固まった。

「えっ……。なんで。女連れて来てんじゃん!」

「あ。ほんとだ」

 僕は思わず吹き出した。

「おい? 姉ちゃんは許さんぞ」

 姉は腕を組んで目を怒らせていた。

「あの。こちらをどうぞ。土器です。レプリカですが」

 ハナカが土器を両手で大事そうに姉の前に掲げた。

「土器? なんで……」と姉が小さく呟いた。

「あ!」

 ハナカが大声を突然出した。土器を玄関に叩きつけた。落としたのではなく、明らかに叩きつけた。

「どう……なってるの」と姉はさらに小さく呟いた。

「ハナカ……」僕は立ち尽くした。

「ゴキブリがいたから……」

「えっ」僕は思わず声が出た。まさか、僕の家にいる女帝と同じ破壊的行動力。

 恐る恐る土器の破片でケガをしないように、ゴキブリに触らないにゆっくりと破片を玄関の外に出すと、動かないアイツが出てきた。

「ハナカちゃん……だっけ? 気に入った。朝ごはん食べていきな」姉は台所へと向かった。

「はい。いただきます。それでは、おじゃまします」

 玄関を上がるとハナカは振り向いた。

「お姉さん、いい人ね」と僕の耳元近くで呟いた。

「えっ。そうだね。うん。姉さんみたいな人はあんまりいないけどね」と距離の近さに胸を熱くさせながら答えた。

 彼女は少し笑った。

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