第9話 私は何も変わっていない

 私とアリエスは、キックボード型の乗り物にのって、現場へと急行した。

 ガタガタと私の腰辺りで揺れているのは、銀色のじょうろ。


 何がトリガーで魔樹を枯らしたか分からないため、同じ道具を持って行けと言われたのだ。ちなみにアリエスは、私がいつも汲んでいる薬草園の水を、大きなバケツに移して持ってきている。


「ホノカ、魔樹化した植物について、お前に一つ言い忘れていたことがある」


 あかんと思いつつも併走運転していたアリエスが、声をかけてきた。

 前を気にしつつ、彼の言葉に耳を傾ける。


「さっきお前が枯らした魔樹は小さく、すでに結界内で弱っていたから動かなかったが、本来は――」


 そう言った瞬間、前方から大きな破壊音と土煙が舞い上がった。

 そして噴き上がる、真っ黒な煙。煙の合間から見える、赤くぬらぬらした大きな触手がって……


「あれ、動いてませんか⁉」

「ああ、魔樹化したばかりの植物は巨大化し、触手部分が動くんだ」

「ちょっ、ちょっと待ってください! じゃあさっき神殿で枯らした魔樹は……」

「あれはある程度浄化の炎で焼いて弱らせ、神殿に運び込んだものだ。これからお前が見る魔樹は、出来たてほやほや、ピッチピチの新鮮なやつだな」

「……新鮮って……今までの人生で一番嬉しくない新鮮ですよ、それ……」


 ってことは、今から私はあの触手ぬらぬらの中に入って水をまかないといけないってわけ?

 瘴気も出ているし、触手の攻撃もあるって、何かもう詰んでません?


 そうしている間に、瘴気の広がりが突然止まった。半円状の結界が張られ、瘴気の広がりを抑えているみたい。暴れていた触手も結界から出られないのか、べたんべたんと音を立てながら内側から叩いている。


 張られた結界と内側で暴れる触手を瞳に映しながら、キックボードを止めたアリエスが話を続ける。


「本来であれば、ああやって広範囲を結界で取り囲み、瘴気と触手の攻撃を防ぐ。そして内側に浄化の炎を発生させ、魔樹の力が弱まるまで焼いてから神殿に移動するんだ。だが浄化の炎は、魔樹だけでなく結界内全体を焼いてしまう。仕方がないとはいえ、結界に閉じ込められた建物など、全て燃えてしまうのが大きな問題だったんだ」


 アリエスが渋い顔をしている。

 確か、浄化の炎の魔法を発明したのがこの人だったっけ。今の段階で魔樹を駆除する方法はこれしかない。仕方が無いとは分かっていても、人々の暮らしている場所を焼き尽くすことに罪悪感を抱いているみたい。

 自分が魔法の開発者なのだから、なおさら責任を感じているのかも。


 もちろん、焼かれてしまった一帯は、神殿の支援によって立て直しがされる。だけど、一度焼き尽くされた物は元には戻らない。


「だから浄化の炎で焼いて魔樹を弱らせる前に、お前の力で枯らすことができるか試したいんだ。もし成功すれば、魔樹による被害を最小限に食い止められるし、神官達の負担も減らせる」

「で、でもアレ、相当大きいですよ? ってことは、水をかけるために、結界内に入らないといけないってことですよね?」

「そうなるが、頭部全体を覆う結界を張るから、瘴気内でも動くことは可能だ。後、俺を含めた数人で、魔樹の動きを止める。ホノカはその間に魔樹の根元に行って水を撒き、急いで結界の外に脱出するんだ」


 私の役目は、魔樹の根元に水をまくだけ。

 言葉にすると簡単だけど、結界を叩く音を聞くと恐怖が足下から上がってくる。


 凄く危険だ。

 元の世界でも、こんな危険を経験したことはない。


 ……怖い。

 アリエスたちは、魔樹に対して免疫があるかもしれないけれど、初めて見たバケモノに対抗しろなんて、無茶振りにも程がある。


 下手すれば死ぬ可能性だって――


 そこまで考えて、私は小さく笑ってしまった。


 身の危険?

 怖い?


 死ぬ可能性?


 何を今更。


 だって私は――


「ホノカ、どうした? 嫌ならいいんだぞ? 無理は――」

「いいえ、やります。やらせてください」

「いいのか? お前、さっきまであんなに渋っていたのに……」


 そう言われ、私はアリエスから視線を逸らした。

 逸らした先に、先ほど神殿で魔樹を枯らす現場に立ち会っていた神官達の期待に満ちた表情が映る。


 咄嗟に言葉が口をつく。


「大丈夫です、期待に沿えるよう頑張ります!」

 

 アリエスの青い瞳が、ジッと私を見つめる。

 しばしの間があったあと、


「……分かった。そこまで言うならお前に任せる。だけど本当に無理はするなよ。それに例え効果がなかったとしても、魔樹を駆除する方法はちゃんとあるんだから、気にするな」


 ただそれだけを言うと、私に背を向け、結界に向かって歩き出した。彼の後ろを数人の神官達が着いていく。

 

 私は腰で揺れる銀じょうろを握ると、半球の結界の中で暴れる魔樹を見上げた。

 遅れてやってきた恐怖が心を満たす。


 ああ……またやっちゃった。


 恐怖の中に、そんな後悔が浮かんで消えた。


 期待されると、無理だと分かっていても期待に応えたくなる。

 分不相応だと分かっているのに、安請け合いをしてしまう。


 この性格につけ込まれて、元の世界で大変な目に遭ったというのに――


 召喚された異世界で、新たな生を受けたと思い、今までのような生き方は止めようと思った。

 上司は、全ての責任をとるからといって、私の背中を押してくれた。


 だけど、


 「……私は……何一つ変わっていない」


 そんな呟きは、人々の叫びと魔樹の暴れる音の中に溶けて消えていった。

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