第4話 ノルドーハ薬草園での初仕事

 アリエスという上司と最悪な対面をした後、私は早速神殿内にあるという、ノルドーハ薬草園に連れてこられた。


 奴曰く、


「早く仕事を任せて、楽したいから」


 ならしい。


 薬草を育てるなら、別にこの世界に慣れなくてもできるだろうという、超安易な発想からくる発言だった。


 まあこっちも、売られた喧嘩を買った結果、召喚一日目で仕事をしなくちゃなんなくなったんだから、自業自得かもしれないけど。


 ノルドーハ薬草園はとても広かった。さすが国が絡んでいる施設ということはある。植えている薬草によって区域が分かれており、どこを見ても緑緑緑、緑一色。薬草と一括りに言っているけれど、その形は、The RPG的な草の形をしてるものから、樹木まで様々だ。葉や樹液、実や根っこまで、色々な部位が薬となるらしい。


 この青々した匂いは、元の世界ではあまり嗅ぐことの無かった匂いだ。

 清浄な空気が肺の奥まで入り込んで、浄化してくれているようなすがすがしさがある。


 歩きながら、さっそくアリエスが説明を始めた。さっさと仕事を覚えさせて楽したい魂胆が見え見えで、上手く奴の作戦に乗ってしまったんじゃないかとムカツクけれど、グッと堪える。


「ノルドーハ薬草園は基本的に魔法によって、水や気温、土の湿り具合などが管理されている。水やりも自動化されていて、毎日決まった時間に勝手にやってくれるんだ」

「じゃ私、いらなくないですか? お疲れっしたー」

「おい、勝手に帰ろうとすんな! まだ魔法で水やりが自動化されていない区間がいくつかあるから、手動で水をやる必要があるんだよ! それに土に栄養を与えたり、薬草に変わったところがないかの観察もしなければならない。薬草を植えたり、収穫も手作業だし、ここにやってくる薬草研究員の対応もして貰う」


 端的に言うと、雑用係か。


 仕事はたくさんあるように思えるけれど、殆どが薬草の育成に関わる内容だ。

 畑を整え種をまき、育て、収穫する。この繰り返し。確かに、それほど難しい内容ではなさそう。土に触ると心が癒やされるっていうし。


 ……私が植物を枯らしてしまうという特技をもってさえいなければ、なんだけど。


「私に仕事を任せている間、アリエスさんは何をなさるんですかぁ?」


 嫌みたっぷりに聞いてやると、奴は悪びれた様子なく言い切った。


「俺は、俺にしかできないことをやる」

「俺にしかできないこと……ですか? 例えば?」

「お前と違って頭脳労働だ。だからまずは……体力温存だな。そして脳を働かせるために栄養補給もしないとな」

「その行動、巷で何て言われてるか知ってます? 怠惰って言うんですけど」

「だからお前はせいぜい俺のために働き、俺のために時間を作ってくれ」


 なんやコイツ。

 やんのか? おい、戦争か?


 心の中で奴の顔面にジャブを放ちながら、軽蔑の視線を向けてやったけど、相手は全く気にした様子はない。


 メンタルが鋼過ぎん? この上司。


「さ、着いたぞ。とりあえず、今日は初日だからな。この区域の薬草の世話をお前にして貰う」


 目の前に青々とした薬草畑が広がっている。見た目春菊のような緑の葉が風に揺られていた。

 アリエスがおもむろに畑に向かって手をかざす。


「マーク三十五地区の環境情報を開け」


 次の瞬間、空中に青白いモニターらしき画面が現れた。


 わー! ステータス画面ってやつだー!

 これも、WEB小説でやったとこだ!


 物語お馴染みの展開を初めて目にし、テンションがあがる。


 内心ワクワクが止まらない私とは正反対に、アリエスは画面を見ながら小さく唸っていた。見慣れない文字の横に緑色の光が並んでいるけれど、一カ所だけ光が赤い。


「んー……気温や薬草の育成状態は問題なさそうだな。後は土の湿り具合か……おい、ホノカ」

「なんですか? 私を早速呼び捨てなんて、戦争するつもりですか?」

「そこに大きな水瓶があるだろ。横にあるじょうろを使って、この畑全体に水をやれ」


 この人、ほんとスルースキル高いな。


 言われた場所を見ると、陶器で作られた大きな水瓶の横に、銀色のじょうろが転がっていた。


 ところでアリエスさん、畑の広さとじょうろ一個でこの畑に水分を供給する労力が見合ってないのは、気のせいですかね。


「アリエスさんの魔法で、水を撒けないんですか?」

「水を発生させる魔法は、空間の中に含まれている水分を使う。そうなると、せっかく管理されている畑の環境が崩れる」


 なるほど。


「この区域のように、魔法による水やりの自動化が終わっていない場所はまだいくつかある。お前はそういう畑に、毎日手動で水をやって世話をするんだ」

「さっきも言いましたけど、私、本当に植物の世話が苦手で……ほんと、どうなっても知らないですよ?」

「それに見ての通り、畑の環境は魔法によって管理されている。万が一、お前がいうとおり、植物を育てるセンスが壊滅的であっても、水のやり過ぎなどの異変があれば、警告が出て俺にも伝わるようになっている。とりあえずお前は、そこの画面の赤色が緑になるまで、黙って水をやれ。異世界に住んでたお前にだってできる、簡単なお仕事だ」


 そう言ってアリエスは意地悪く笑った。完全に私を馬鹿にしている表情だった。


 大きくため息をつく。


 でも確かに、畑はしっかり未知なる力で管理されている。これなら私にだって問題なく育てられるかもしれない。

 どうなっても知らないって啖呵切ったのはいいけど、やっぱり仕事は問題なくこなせる方がいいし。

 

 心の中でグッと拳を握ると、私は銀じょうろを手に取り、水瓶の中の水をすくいとった。


 *


 何度も往復をして水やりを終えると、土の湿り具合の項目が赤色の光が緑色に変わった。

 文字が読めないから予想でしかないけれど、間違いは無いはず。


 そのうち、文字も読めるようにならないと。

 おおっと、何故言葉が通じているのかは、深く考えてはならないファンタジーのお約束だぜ?


 薬草園内に建てられた管理室内に入る。

 薄暗い廊下の左右には、複数のドアが並んでいて、建物の広さの割には部屋数が多いのが分かる。ドアの上のプレートに何か書いてあるが、今の私のレベルでは読めない。


 私が目指すは、廊下を突っ切った先にある事務所スペース。ノックをして中に入ると、ソファーに寝転んだ状態で怠惰の権化が声をかけてきた。


「遅かったな、ホノカ」

「あれだけの広さでしたからね。人が真面目に仕事している間、誰かさんは寝ていらっしゃったようですけど」

「寝ていたわけじゃないぞ? ただ目を閉じて、何も考えていなかっただけだ」

「それを巷では寝てるっていうんですけど知ってます?」

「……マーク35地区の環境情報を開け。お、ちゃんと土の湿り具合が正常値になってるな」


 私の突っ込みは、華麗にスルーされた。

 畑ステータスを消すと、アリエスは壁に貼った薬草園の地図を顎でさす。


「そこに書いてある番号が畑の地区番号だ。呪文の頭に畑の地区番号を入れれば、環境情報を開くことができる。だからしっかり頭に入れておけよ」

「……頭に入れるどころか、文字が分かんないんですけど」

「あ」


 ほーらー! ヴェレリアさまが言ってたじゃん!

 生活に慣れ、基本的な読み書きができるようになれば仕事させるって、言ってたじゃん!


 アリエスは大きくため息をつくと、シャツの胸ポケットに刺してあった鉛筆をさしだした。


「なら今から畑の地区番号を伝えるから、お前の元いた世界の文字でメモっとけ」

「あ、はい」


 てっきりまた馬鹿にされたり、役に立たないと鼻で笑われると思ってたのに意外な対応だ。

 

 鉛筆を受け取り、壁の地図に言われた番号を書き留めていく。全てを書き終えると、寝転んでいたアリエスがこちらに近づき、興味深げに地図を見た。


「ふぅん、異世界の文字ってこんな感じなのか」

「まあ文字って言っても、数字ですけどね」


 そう言いながら、ノルドーハ神聖国の文字らしきものを見る。

 まるでイスラム語のような、ふにゃふにゃと曲線を描いた特徴がある文字だ。


 なるほど。

 ……わからん。


「まあいずれお前も、この国の文字が読み書きできるようにならないとな。この国の文字は、三十五字の組み合わせからなっているから覚えるのはそこそこ大変だぞ?」

「……え? たった三十五字覚えればいいんですか? 意外と少ないんですね」

「え? たった三十五字って、他国と比べると多い方なんだが?」


 まあ英語だと二十六文字だし、それと比べれば多い方だろうけど、こちとら世界で一番文字を覚えなければならない国の住人なんだぜ?


「私が使っていた言語は、ひらがな四十六文字、カタカナ四十六文字、漢字に至っては二千文字あるんですけど」

「に、二千文字……?」

「あ、漢字は全部覚えてないですけどね! でもそのほかに、ローマ字としてのアルファベット、アラビア数字も含めると、全部で五種類の文字を覚えないと生活できない国なんで、それと比べると少ないなーって」

「……お前が住んでた世界の人間、頭どうなってるんだ? なんだ? その日の気分によって文字を使い分けるとかしてんのか?」

「そんなオシャレ感覚で使うもんでしたっけ、文字って」

「俺は三カ国語使えるが、その日の気分で使い分けるぞ? 最近は、一つの文章の中に色々な言語を交ぜるのが楽しい」


 んー……馬鹿なのかな? 


「まあそれくらい優秀なら、この国の文字もすぐに習得できるんだろうな。楽しみにしてんぞ。ま、そのうちそっちの世界の文字も教えてくれ」


 嫌みったらしく言うと、アリエスはまたソファーに戻って寝転がった。

 くっ、怠惰が……


 その時、


「ホノカさん、そろそろ仕事が終わると想い、迎えに来ましたよ!」


 やってきたのはエリーナさんだった。

 彼女の満面の笑みに、私もつられて笑顔になる。


 だけど感動の再会に水を差してくるのが、奴なわけで。


「大騒ぎするなら、外でやれ。こっちは疲れてるんだ」

「も、申し訳ございません、アリエスさま……」

「ホノカ、初日の仕事はここまでだ。エリーナに部屋の案内をしてもらって、さっさと休め。明日はもっと覚えることが増えるから、心しておけよ」

「……分かりました。お疲れ様でした、アリエスさん。お先失礼いたします」


 ほぼ棒読みでアリエスに挨拶をすると、私はエリーナさんの手を引っ張って管理室を出た。

 薬草園を出ると、再び笑顔を浮かべたエリーナさんがにこやかに尋ねてきた。


「ホノカさん、お仕事どうでした? 何とかやっていけそうですか?」

「うん、まあ……ね」


 人間関係的には、めげそうだけど。

 私の返答を、文字通りにとったエリーナさんがパッと表情を明るくした。


「それは良かったです! もしお仕事中に何かあったら、アリエスさまに言って貰えたら大丈夫ですよ」

「そうなの? あの人、何だか頼りないっていうか適当っていうか……」

「そんなことないですよ!」


 意外にもエリーナさんは大きく首を横に振った。


「あの方は薬草園の管理人をされていますが、その傍ら、魔樹に関する研究を独自でなされ、国に貢献されているのです。魔樹を駆除できる唯一の魔法【浄化の炎】を開発されたのはアリエスさまなのですよ?」

「へぇー……意外」

「まあホノカさんの言うとおり、やる気なさそうですし怠惰ですし、態度悪いですし、起きてる時間よりも寝てる時間の方が多いですし、顔からはいつも生気が抜けてるので、誤解されても仕方ないとは思いますけど」


 可愛い顔して、さらっと毒吐くのな。


 だけどフフッと笑うエリーナさんの表情には、アリエスに対する侮蔑は感じられない。


 なんだあのおっさん。

 自分の時間の確保をしたがってたけど、もしかして魔樹研究のために?


 そんなことを考えながら、私たちは神官達が暮らす寮へと向かった。


 まさか次の日……あんなことが起こるとも知らずに。

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