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 私は陰毛が濃い。

 思い返せば、小学五年生の秋頃にアソコに産毛が生えてきた。その年の夏、水泳の時は気付かなかった。友達と海水浴も行ったが、もしかしたらその時から生えていたのかもしれない。時を同じくして、初潮があり、アソコだけではなく、腋の下にも毛が生え、胸も膨らんできた。何だか、大人になることが急に怖くなるような気がして、慌てて洗面所においてあるお父さんが髭剃りに使う安全カミソリで剃ってしまった。そのカミソリは毛が残らないようにきれいに洗って、私が使った形跡を消した。

 剃り終えたときは、元の私に戻った気分にになって安堵した。しかし、しばらく経つと今度は産毛とは違う、太い毛が目立つようになってきた。そうして少し生えては剃毛を繰り返しているうちに、私のアソコは一年も経たずに黒々と覆い茂ってしまっていた。そうなると、自分専用のカミソリを用意しないといけないと思い、お小遣いでよく剃れる安全カミソリを買った。それからはお父さんがカミソリを使うたび罪悪感を持たなくて済むようになった。


 年が明けて、小学六年の春。修学旅行間際にはものすごく悩んだ。クラスメイト達に、このびっちり生え揃った陰毛を皆に見られてしまう……しかし、全部剃ってしまうも変だと思った。しかし、それは杞憂に終わった。皆、に生えていた。私はVゾーンを少しだけ整えただけだったが、各々に濃い娘もいれば、生えていない娘もいた。ひとり、全く生えていないクラスメイトの娘が私の陰毛を見て羨ましがった。私はほんの少しだけだが、自分の濃い陰毛に対しての肯定感が上がった。


 それから他人に陰毛を見せる機会が中学の修学旅行までなかった。それと同時に家族で旅行という機会も減り、温泉などの入浴施設にはめっきり行くこともなくなった。

 夏、特に水泳のシーズンになると、私は陰毛だけではなく、身体中の体毛を徹底的に手入れをした。剃り残しやハミ出ていたらみっともないし、もしそれを男子に見られたりでもしたらと思うと必死に剃毛した。年頃ということもあり、男子の視線が気になって仕方なかった。

 三年生になり、秋の修学旅行では皆、胸の大きさが話題の中心になって陰毛の濃さは二の次だった。もう中学三年生になれば、みんな普通に生えている。

 私の胸は大きかったので、みんなが代わり替わり触りに来た。私は胸の話題のときだけ人気者になれた。陰毛が濃いお陰で自分の身体にコンプレックスを抱いていた私に光明の光が差したように思えた。


 高校生になると、はじめて彼ができた。彼から告白されて、嫌いではなかったから付き合うことになった。そんな彼も体毛が濃く、中学からのあだ名は“ジャングル”または“キウイフルーツ”だった。“キウイフルーツ”は彼のお弁当の果物に必ずといってもよく入っていた好物から取られたものだった。

そのあだ名達は私からすればとっても不憫で怒りすら覚えた。他人事に聞こえないからだった。しかし、彼はそんなことを気にするような人ではなかった。彼にも私のように中学の頃、体毛の濃さで悩み、一時、登校拒否にもなったという。しかし、持ち前の明るさを持って剛毛というコンプレックスを克服した。人からからかわれても冗談で返すほど強い人になったのだ。私はそんな彼を尊敬し、愛するようになった。

 ちなみに彼への私の第一印象は、お父さんが北海道出張のお土産で買ってきた“阿寒湖の毬藻まりも”だった。これも考えてみれば失礼な話だ。彼には一生黙っておこうと思う。

 彼は男女の温度差はあれど、私の悩みを共有してくれた。それ以来私はもう陰毛の濃さで悩むことを止めた。といっても手入れを怠るということはしていない。私もまだ年相応の女性でいたいから。

しかし、それは油断でしかなかった。大学生の時、一人暮らしをしていた彼の家に行ったとき、それを見つけてしまった。彼がベッドの下に隠し締まっていた、アダルトビデオのコレクションを。そのほとんどが、剃毛物、もしくは女優が陰毛を処理している、所謂パイパン物だったのだ。ショックでしかなかった。悩む私を慰めて勇気づけてくれた言葉や行動は嘘だったのかと……しかし、私は彼に問い質すことができなかった。彼に嫌われたくなかった。私は意を決して、エステサロンへ通いはじめた。

 少しずつ、陰毛が生えている面積が小さくなってきたところで、彼は私の行為に気づき不機嫌になった。

「実はね……」私は彼に彼のコレクションを見つけてしまったことを話した。すると、

「そのままで良かったんだ……永久脱毛なんてやめてほしい」

と意外な言葉遣いが返ってきた。彼は、本当のことを話してくれた。そして、私を好きになった理由も。彼は、が好きなのではない。《生えている女性》が肌の露出にかかわらず、頑張っている姿として、剃毛をしている跡が好きということだった。

――わからない――

正直戸惑った。それは私が現在通っている永久脱毛で良いのではないか。しかしそれではダメだというのだ。また、未処理で生えっぱなしは頑張っていないということでもっと許せないというのだ。

大学で都市環境を勉強する彼は、

近年、地方の耕作放棄地や分譲放棄地が荒れていくのは、温暖化が進み、冬場に降雪も少ない為に覆い茂った雑草が枯れ果てない為に茂みになっていく。結局誰も手を入れないから荒れ放題荒れてゆき、誰も関心を示さなくなっていくのだと力説をした。

――余計わからない――

要するに、濃いのは構わないが、ボーボーは嫌なのである。

自分は何なのだ。キウイ、阿寒湖の毬藻じゃないか。

恐らく、そういうフェチなのだろう。そして私はその頑張っていた女性ということらしい。私は陰毛、いや体毛の濃さに抗っていた。彼は私と出会ったときにそれを感じ取ったというのだ。それが好きになった理由……確かに私は悩んでいた。細い針金のように覆い茂る陰毛。南米奥地のアマゾン川流壁の密林地帯のような陰毛。

 彼は謎の主張をし、私を悩ませた。彼のことが決して嫌いになったわけではない。しかし、彼の性癖を理解できるだろうか不安になっていた。

晩秋や冬のような肌の露出が少ない季節くらいは横着したい。ほぼ世の中の女性みんなそうだ。

 そんなある日テレビを見ていたら、自然を維持するため、動物が里に降りてきて田畑を荒らさないようにするために里山に入り手入れをする営林署に勤める若者を特集した番組を見た。

 その番組の中で、里山は人が入って雑木林を間伐しないと、日光が入らなくなる。そうなると低樹木が育たなくなり、動物が食べる木の実が減っていく。食べるものが里山になくなった動物たちは餌を求め、里へ降りて行き田畑を荒らすようになる。中には人家へ侵入したり、人を傷つけたりして甚大な損害を与えるようになるという。その為に里山を手入れすることで動物たちの居場所を確保してやり、人と共存を図ってゆくと。確かに近年、都市部の住宅街に里山に暮す動物が現れるという事件がニュースなどで報道されている。

 その番組では人為的に作られた森林がほぼ自然な形になっていく例として、明治神宮が取り上げられていた。明治神宮は作られた当時、成長が早い針葉樹と成長が遅い広葉樹、両方が植えられた。建設当時は針葉樹で覆われた森林、後から広葉樹が育つと広葉樹の森林へと変わってゆく。その段階で広葉樹よりも寿命短い針葉樹は朽ち果て広葉樹の養分となっていく。絶えず人為的に整理しなくても、本来、森林はこうやって自然を維持しているのだ。しかし一度、人が入植すれば、そのバランスが崩される。里山は人と自然が微妙な距離あって成り立っているのだ。

また、明治神宮はなんと美しく計算された場所であろうか……と。

私はその番組に甚く感動し、はじめて彼の性癖が判るような気がした。勿論、完全に理解したわけではないし、番組はあくまで里山や森林のことであり、陰毛とは全く関係ないが、一度手入れをしたら手入れは続けないといけない。それなら永久脱毛ならばずっと生えてこない。

 後日、彼にその話をしてみると、腕を組んで神妙な面持ちで真剣に私の話を聞いて何度も頷いて、感心し、

「全て無になってしまうことはとても惜しい。失ったものは、もう元へは戻らない」

誰かの至言だろうか。彼は私を見つめてそう言った。


 それから、私はエステサロンへ通うことを止め、以前のように自分で手入れをしている。ただ、冬は横着させてもらっている。そのくらいは許してほしい。里山も冬には雪が降り積り、人が入れなくなるように。


 その後は彼との交際は順調に進んだ。今年で付き合い始めて10年目に突入する。そして来月結婚式を控えている。

 彼の名前は森剛もりつよし。私の名前は林櫁はやしみつ。仲の良い友達からは“みつりん”と呼ばれている。

結婚すれば森櫁もりみつになる。

 今日は、彼の誕生日だ。彼の好物のキウイフルーツが入ったショートケーキをふたつ用意して、彼の帰りを待っている。


 私は陰毛が濃い。それで彼と知り合った。今とても幸せだ。


現在、経済開発の名の下、アマゾン川の熱帯雨林は開発され、森林は毎分サッカー場の一.五倍分消失している。


アマゾン おしまい

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