第41話 これまでの歩み ~棄却された痛みと苦しみ

『この世界樹ユグドラシル計画はこれから第3段階へと移行します。その前にこの計画について今までよりもう少し正しく詳しい説明をしておきましょう。


 第1段階とは地球上を人間が住める環境にする工程の事です。 


 最初は放射性物質や特定有害物質の除去作業から行いました。具体的には大量のマイクロマシンを散布し、取り込み作業、固定・収容作業、化学的変成・地下貯蔵・宇宙空間廃棄等処理作業を実施しました。


 次に温暖化回復作業を実施しました。これは二酸化炭素をはじめ、大気濃度の調整が中心です。先述のマイクロマシン散布による作業の他に、炭素固定を能率的に行う事が可能な成長が早い樹木を各気候帯に配置する等の措置を実施しました。


 そして気候が人間の生存に可能な状態になった後、生態系の作業を実施しました。具体的には人間の生存に害になる動植物の調整作業、その逆で食料等になる動植物の調整作業です。

 これらの作業で一千年以上の時間がかかっています』


 何と言うかスケールの大きい話だな。

 そう思いつつ俺は聞いている。


『第2段階は移住する人間に対する作業です。これは

 第2段階の目的は第3段階以降で必要となる人間社会・人間生活の雛形をつくる事にあります。この場合の雛形とは社会様式、生活様式に留まりません。人間の価値観を含む思考様式も対象となります』


 思考様式も対象になるか。

 これは今まで知らされなかった事だ。

 仮想空間で行われたという事も、今朝目覚めるまで知らなかったけれども。


『仮想空間で行われた理由は、思考モニタ作業を完全にする事、短時間で大量の処理を可能である事、現実世界で発生させた人間の生命を損なう可能性が高い方法が禁止されている事によるものです』


 現実世界で発生させた人間の生命を損なう可能性が高い方法が禁止されているか。

 おそらく巫女の事だろうとは思う。


 ただ現実世界で禁止する事を仮想世界なら許可していいのだろうか。

 今朝まで仮想世界内にいたと気付かなかった僕はそう思わずにはいられない。


 世界樹ユグドラシルの説明は続く。


『何千回もの実験を行った結果、世界樹ユグドラシル内にある最新の人間社会の社会様式、生活様式、思考様式、思想様式では地上移住が成立しないだろう事が確認されました。


 さらなる実験の為にメモリ配分を増加し同時実験可能数を2オクテットに増強。記録された年代を遡りつつ、人間の記憶情報を拾い上げては規定の実験にかけ、地上移住が成立するかどうかを確認しました。


 なお初期の実験から後の時代ほど地上移住に障害になる知識や思考様式が増えると推定されました。ですので実験場では記憶情報記録年代以降の知識の閲覧を禁止しました。


 巫女の記憶や人格が編集された人工のものであるのも同じ理由です。必要な知識を持っている時代の記憶や人格では、この実験を成功させる事は難しい。そう判断されたからです』


 それが小野寺遙人ぼくの時代より後の本や知識が提供されなかった理由という訳か。


『記憶情報の収集を記憶情報採取が開始された初期まで遡って実施。収拾された記憶情報のほとんどを実験で使用した結果、地上に移住し生活が可能と判断された事例が分析可能な数だけ蓄積されました。


 これらの分析により生存及び人口維持可能な社会様式、生活様式、思考様式、思想様式の雛形となるべきパターンを確認。

 結果、世界樹ユグドラシルは第3段階、地上において人間社会・人間生活を行う行程を開始すべきであると判断。地上移住を開始しました。


 具体的には第2段階で確認された雛形のパターンに含まれる遣わされし者と巫女・巫の記憶情報を選別。

 それぞれの情報に適合する肉体を生成し記憶情報を導入インストールした後、地上の適切な地点に居住拠点と一緒に配置。


 現在、配置した移住者に説明を行っています。これが現時点の状況です。質問はあるでしょうか?』


 やっと質問の時間になった。

 確かに今の説明で計画の流れは理解出来た。

 しかし言いたい事は結構ある。


「何故巫女というシステムが出来たんだ?」


『地上移住後、人間の生息範囲を広めていく為には人口を効率良く増加させる必要があります。ですので移住する第一世代が効率良く人口が増えるよう、男女比について研究と実験を行いました。

 結果、再生算数と生産力のバランスを考慮し、男性1女性2の組み合わせが採用されました』


 生殖の為だったか!

 何というか生々しい気がする。

 しかし問題はそこではない。


「なら何故、巫女が遣わされし者に隷属するような構造にしたんだ」


『それが不自然だと判断するのは、ハルトの生存時代の常識によるものです。

 世界樹ユグドラシル計画が作られた時代では、人に対し機械的知性その他が隷属的に仕える事が当然の常識でした。人の能力はいかに使役機械や他人を自分個人のために操るかで計られていました』


 なるほど、常識が違うという事か。

 でも待てよ。


「なら第二段階にあった人命の尊重的な言い分は何なんだ!」


 上手く言えない。

 でも世界樹ユグドラシルは僕の投げかけを理解したようだ。


『人命尊重は人類平等、男女平等と同じように遵守すべき規則として存在します。理念ではありません。


 この規則という概念をハルトの時代にあった近い概念で表現するなら、スポーツやゲームの規則でしょうか。善悪に関係なく遵守しなければ罰則を取られる。場合によっては規則を利用して相手に罰則を与え、優位に立つ事さえ認められるという意味で』


 なんとなく理解出来た。

 つまりオフサイドトラップと同じような感覚で、人命尊重とか平等とかを扱っているようだと。


『理解して頂けたようなので、次に進みます。第3段階の、地上移住に際しての注意点です』


 世界樹ユグドラシルが作られた時代の常識だった。

 巫女、あるいは巫が犠牲になった事に対する説明はそれだけのようだ。


 それに今の世界樹ユグドラシルの説明を聞いていると、犠牲者はもっと多い気がする。


『何万回もの実験を行った結果……地上移住が成立しないだろう事が確認されました』

 

 つまり失敗例が何万回もあった訳だ。

 それは巫女や巫だけでなく、それだけの遣わされし者犠牲になったという事だろう。

 仮想空間の中だから、それらの者の痛みや苦しみは無視出来るのだろうか。

 今までその仮想空間で暮らしてきた僕には、とてもそうは思えないのだけれども。

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