第38話 繰り返される悪夢 ~そして、垣間見えた希望
「便利さを追求し身の回りを全て自動化した結果、人は自らが動く事をやめました」
マキがエリの言葉を引き継ぐようにして続ける。
「自分は何もせず、全てを自分以外の手に任せる。それが普通であり当たり前となりました。
結果、何かをする事には苦労が伴う事を忘れ、ただ要求だけを通す事が普通になった。そう
それがその世界でのやり方なら一概に否定は出来ません。ですが現在の地球上で生きていくには適していない。統計を取るのに充分な数の実験を繰り返した結果、
統計を取るのに充分な数か。
母集団が充分大きい場合、5%の誤差で400人弱、3%で1,000人強のサンプル数が必要だった筈だ。
つまりそれだけの記憶を呼び起こして、その倍の巫女を作って実験をした訳だ。
その結果、適していない、そう判断したという事は……
「私もマキもそういった実験失敗時の巫女の記憶を呼び起こす事が出来ます。
食料を全て出した後殺害した例。最適化を考えて1人殺害し、1人を最低限の食料で生かした例。無策で巫女を食料採取に出して死亡させた例。
その他、実験開始当初に
つまりエリとマキには、自分と同じ巫女という立場の存在が無残に死んでいくという記憶が山のようにある訳か。
「絶望の歴史ですね……」
思わず言ってしまった僕の言葉に2人は頷いた。
そしてマキが話し始める。
「その通りです。地上に住むという
実験は繰り返されます。
ほとんどの実験は失敗します。そして空いた実験場にまた新たな犠牲者が送り込まれて実験は繰り返されます」
『充分に有意な数の成功例』が出るまでは繰り返される訳か。
理解した気がした。
エリとマキの絶望と、そして絶望しかないこのサイクルを。
「実験場は
エリはそう言って、そして僕の方を見る。
「ハルトがいるこの実験場は、そういった絶望の記憶とは様相が異なる気がするのです。私だけで無くマキもそう感じているのを確認しています」
「私という言葉を使える巫女は、失敗例の中にはほとんどいませんでした。
それぞれの巫女に呼称をつけた例はある程度存在します。また遣わされし者が女性の場合は男性の
考えてみれば女性の遣わされし者がいるのも当然だ。
その場合、巫女的存在は男女の組みあわせになる訳か。
今の話の流れでは些細な事だが、何故かその事が気になった。
何故そうしているのだろうと。
説明は再びマキの番になる。
「巫女は自衛の為に外的刺激をほとんど感じなくする事が出来ます。例えば痛覚を『治療が必要な箇所がある』程度の認知にするような事が可能です。
同様に自衛の為、感情についても最大限に抑制する事が可能となっています。作られた存在である巫女の感情はいわゆる普通の人のものと少し異なるかもしれないですけれど。
これについては
その説明が全て間違っている訳ではありません。作られた存在である巫女の記憶と思考はいわゆる普通の人のものと異なります。また実験上の禁則事項も幾つかあります。ですので判断が出来ない場合も多々あるのは事実です。
ですが完全に正しいとも言えません。感情や外的刺激の抑制によるものも多数ありますから。
判断力の弱さに起因するという説明は
目的は巫女自らの感情の抑制による挙動の不自然さを隠す為と、遣わされし者がより自ら積極的な判断を行うようにする為となります」
なるほど、そう言われれば確かに頷ける面がある。
だいたい学習による変化なら、わずか4日でここまで変わるというのはおかしいだろう。
つい希望的観測という奴で無視してしまったけれども。
「私とマキはハルトの言動を観察して、徐々に感情や感覚の抑制を解除してきました。
今では2人とも抑制は無い状態です。
ですが抑制を完全に外した為、先程はつい大声を出してしまいました。その点は申し訳なかったと思います」
エリの言葉が何を指しているのかはすぐに理解した。
お昼前に、『そんな事無いです!』とエリが凄い剣幕で言った事だ。
「いえ、それは気にしていません。ただどうしてそう言ったかが、あの時の僕にはわからなかったんです」
ここまで話を聞いた今なら何となくわかるけれど。
エリが頷いて続ける。
「ハルトは私やマキの、そして今も
そして私やマキは全く新たな行動を自分で考え、行う事が出来ません。それは実験の性質上、遣わされし者の知識と判断のみで行う事となっています」
「ある時代以降の人間生活のあり方が、地上における新たな生活の
ですからそういった知識を持つ巫女からは新たな行動の提案は禁止されています」
「そうでなくても私やマキは、この地上で何をすればいいのかわかりません。例えば食べられる植物や動物を見つけて採取する事、料理を作る事。そういったやるべき事をハルトの要望から学習して知って、そして動くのがやっとです」
そう言ってエリはまっすぐ僕の方を向く。
風呂の浴槽内、当然全裸という状態だけれどその視線を受け止めなければいけない気がした。
だから僕も足を正座状態にして、そしてエリの方へ向き直る。
「だから役に立っていないなんて言わないで下さい。卑下しないで下さい。ハルトは私達、私とマキだけではなく、私達と同じような巫女や
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます