鶴の恩返し 2nd.シーズン

瘴気領域@漫画化決定!

鶴の恩返し 2nd.シーズン

 ひさびさに人里に降りたら、罠にかかってしまった。

 籠に閉じ込められた私を人間の青年が助けてくれた。

 ふむ、これは仕方がない。ひさしぶりに恩返しでもしてみよう。


 上空を飛びながら、青年が帰った家を探る。

 3階建ての大きな建物に入っていった。

 パッとしない風体の青年だったが、こんな大きなお屋敷に住んでいたとは。

 実はお大尽だったのか……?

 それはよくない。恩返しをしてもありがたみが少ないではないか。

 いや、しかし家の主ではなく奉公人かもしれない。

 とりあえず、凸ってみよう。


 翌日、人間に変化した私は、時間を見計らって青年の屋敷の前に立った。

 屋敷には「ハイツ鶴亀荘」という表札がついていた。

 家主はずいぶん変わった苗字のようだ。

 家の前をうろうろしていると、青年が帰ってきたので話しかけた。


「もし、私は旅のものなのですが、道に迷ってしまい……今宵一晩泊めていただけないでしょうか」


 青年はびっくりした顔をした。

 それから四角い手鏡のようなものをいじると、屋敷とは違う方へと案内した。

 やはり、このお屋敷は青年のものではなく、ただの奉公人だったのだろうか。


 そのままついていくと、駐在さんなる人物が住む真四角の小屋へやってきた。

 駐在さんは青年から事情を聞くと、親切顔で話しかけてきた。


「観光の方? 予約した宿は――あ、ない。ここから一番近いところなら山見屋って民宿があってね。山菜と川魚料理が美味いのさあ。ああ、若い娘さんだしね、部屋にトイレとお風呂がないとダメかね? うーん、それなら駅前のビジネスホテルになっちゃうかなあ。風情はないけど、便利は便利だねえ。朝食はバイキングでね、クロワッサンを自分とこで焼いてるらしいよ」


 駐在さんが長々と話している間に、青年はいつの間にかいなくなっていた。

 ちがう、そうじゃない。


 * * *


 翌日、私は再びハイツ鶴亀荘の前で青年を待ち伏せた。

 屋敷の前で話しかけたから勘違いをされたのだろう。

 今度は青年が屋敷に入る前ではなく、部屋に入るまで待った。

 青年の自室を確認した私は人間に化け、その戸を叩いた。


「もし、私は旅のものなのですが、道に迷ってしまい……今宵一晩泊めていただけないでしょうか」


 青年はまたしてもびっくりした顔で、四角い手鏡のようなものをいじりながら話している。

 しばらくすると、昨日の駐在さんなる人物がやってきた。


「ええと、お嬢さん、家出の人だったの? 参ったなあ……。とにかくね、人のうちに押しかけるのはよくないよ。それにね、まだ若いんだから、自分を大事にしなくちゃ。お金は持ってる? ないんでしょ? お腹が空いてるとね、ろくなこと考えなくなっちゃうから。とりあえず交番で話を聞くからね。カツ丼でも取ってあげるから。ははは、気にしなくていいよ。それくらいなら本官がおごるからね。とりあえずたくさん食べて、お腹いっぱいにして、それから話をしようね」


 それから真四角の小屋に連れていかれ、カツ丼なるものをごちそうになった。

 甘い出汁をたっぷり吸ったごはんが美味しかった。


 ちがう、そうじゃない。


 * * *


 恩返し対象がふたりに増えてしまった。

 罠から助けてくれた青年と、ごちそうをしてくれた駐在さん。


 ふたりとも厄介だ。

 青年はかたくなに泊めてくれないし、駐在さんに「何でもしますから泊めてください」と懇願すると、「若い娘さんがそんなことを言うもんじゃないよ……」と悲しい顔をされて恩返しどころではない。


 普段は山の中で寝泊まりをしていると言うと、駐在さんはますます悲しい顔になった。

 少し考えてから、駐在さんは手鏡をいじった。


「うーん、いろいろと事情はありそうだけど、住み込みで働ける場所を紹介するから。本当はこういうのはよくないんだけど……きっと心の整理もついてないだろうからね。落ち着いたら事情を話してね」


 こうして私は、民宿「山見屋」の住み込み従業員となった。

 ちがう、そうじゃない。


 * * *


 もうどうしようもないから勝手に機織りをして布を贈ろうと思ったが、山見屋には機織り機がないという。

 ミシンというものならあるそうなので、民宿の手伝いをしながら空いた時間で小物を縫った。


 機織りとはずいぶん勝手が違ったが、想像したものを形にするのは楽しい。

 作ったものを女将さんがお土産品コーナーに置いてくれた。


 これがなかなか評判になったようで、私の作った小物を目当てにやってくるお客さんも増えた。

 買ったばかりの小物をさっそく鞄につけてくれたりするのを見るととてもうれしい。


 青年や駐在さんもときどき様子を見に来て、私が働いているのを見てにこにこしている。


「絶対に中を覗かないでください」と言う機会はなかった。

 というか、あてがわれた部屋は内鍵がついていて、出来心で覗いてしまうという事態がありえない。

 どうしてこうなった?


 やがて私の作る小物はSNSでバズり、テレビ局がやってきたりもして、山見屋は大繁盛した。

 観光客が増え、地場の経済は活性化し、村は過疎から復活した。


 青年も駐在さんも忙しそうだが、その表情は活き活きとしている。

 女将さんは「いまさら忙しくなってもねえ」なんて言いながら、私と一緒にネットショップの開業準備をしている。


 不格好なホームページを立ち上げたら、東京でウェブデザイナーをしていたという娘さんが帰ってきて、ぱぱっと修正してくれた。

 なるほど、写真をあえてぼかしたり、斜めにしたりするのもアリなんだな……と感心した。


 こうして、かつては限界集落寸前と揶揄された村は活気に満ち溢れ、みんな幸せになったとさ。

 いやいやいやいや、ちがうちがうちがう、そうじゃない。


 ……そうじゃないけど、まあ、いいか。


 梱包作業に汗をかく女将さんの横顔を見ながら、私はそう思った。


 めでたし、めでたし。

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