三話 地人

 買い物を済ませ、香花の家に着いた時、少女は肩の力が抜けた。外であった事の衝撃からか、今にも横になりたかった。


「お疲れ様」


 荷物を冷蔵庫に仕舞い終わった香花は、少女の前に座った。正座で座る香花に対して、女座りしていた少女は少し恥じらいを感じ、姿勢を正した。


「それで……どうだった? ここら辺、一帯」


「……何なんですか、あの人達は」


 率直に少女は聞いた。


「何なんですか……ね、さあねえ、私がここに来たのも、最近のことじゃあないけど、それより前からあんなツノとか牙とか生やした奴らはいたわ」


「香花さんでも分からないんですか……その、生態っていうか……」


「知らないわ、この辺ではあれが一般人って感じだし……逆に言うとあなたの方がこの地では化け物なのよ」


「な! そ、そんな事は……」


 ない。とは言えなかった。確かにそうだった。あの市場の人達はみな自分で言う一癖や二癖もある生物であったが、この地域からしたらあれが正常、少女は異常だった。


 もしかしたら、ここは地球上ではないのかもしれない。一体ここはどこなんだ? あの生物達は恐ろしい存在なのか? 香花さんもあの生物達と同じで特徴的なモノが何かあるのではないか? 謎はより一層深まった。


「香花さんも……」


「うん?」


「香花さんも……あの人達と同じ……地元の方というか……その、同じ生き物なんですか? それとも……」


 不安を表にしながら少女は恐る恐る聞いた。


「同じって言ったら?」


「……別にどうもしません。私からしたら右も左も分からない世界です。だから……香花さんが良ければ、そばに居ます」


「なるほどね」


 悪戯な笑みを溢した。少し機嫌が良くなったのか。


「安心して、私はあいつらとはちょっと違うわ。まあ、詳しい説明は省くけれども……そうね、簡単な違いを幾つか話すわ」


「お、お願いします」


 唾を飲む少女。この摩訶不思議な世界において、一番頼りになるであろう香花についての話に、耳を塞ぐ事は許されなかった。


「あいつら……これ以降は“地人”と言うわね。さっきも言ったように、私はこの地域で生まれた訳じゃない。でも、地人はここで生まれ育った。生まれの違いが一つかしら」


「はい……」


「それがあるから、習慣や価値観が違うの、地人達は……自分たちが頂点であると考える生き物で……他の地域から来た人を嫌うの」


「え、じゃあ、私もその対象……」


「そうね……嫌われるというオブラートな形に包んだけれども、本当はそんな優しいものではないわ。差別から殺されり、食われた人間を幾度も見てきた……」


「え! そ、そんなに酷いんですか!」


「根強く育まれた思想なのかもね、それが地人の本性よ」


 市場の穏やかさからは見当もつかなかった。笑顔が眩しかった魚屋のおばさんが人を襲うような外見には見えなかった。


 少女は認識との違いに少々、戸惑っていた。香花の言った残酷な世界がイマイチ空想できなかった。だが、少女の中にうっすらと不安の文字が顔を出して来た。腹の内側が蚊に刺されたかのように、落ち着きがなくなってきた。仕舞いに足が震え出した。


 それに気付いたのか、香花はゆっくりと少女に近づき、ハグをした。


「こ、香花さん……」


「安心してって言ったでしょ。大丈夫よ、私がついてるわ。それに、気が付いたかは知らないけど、あなたさっき地人からは認識されていなかったでしょ」


 確かにそうだ。少女が疑問に思った出来事は偶然ではなかったのだ。


「私はこの地域について、大分熟知しているわ。だから私を頼って。ね?」


 香花は少女を抱きしめながら、頭を軽く撫でる。その暖かみ、優しさで泣き声をあげそうになりながらも少女はみっともないと必死に耐えた。今はただ、涙が香花の手に落ちないよう、願うだけだった。

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