第13話 「魔物――お前の『秘密』を、ここで話さないか?」

 どれくらい『秘密』の瓶を探しつづけているのか。

 イグネイがいっそあきらめようかと思った時、ふと、ひとつのガラス瓶を見つけた。ずらりと並ぶ瓶にかくれているように、ひそかにしまわれていた。


 瓶には、封印がなかった。中身は空っぽ。リボンだけがついている。

 リボンに書かれている名前は『サジャラ』。


「——サジャラ?」


 イグネイがつぶやいた次の瞬間、魔物が駆けよってきた。梯子を飛び降り、小鹿のように走ってきたのだ。イグネイから空っぽの瓶を奪い取る。


「すまない。触れてはいけない瓶だったか? しかし、それはカラだぞ。『秘密』は入っていない」

「まだ、ない」

「——まだ?」

「まだ、ない。はいる」

「はいる……いずれ『秘密』が告解される、ということだな」


 こくん、と魔物はうなずいた。柔らかい唇がキュッと引き締まり、青い瞳がらんらんと輝いていた。

 イグネイは尋ねた。


「いつ、入る?」

「百の炉たきが、おわったら」

「そう言われたのか。黒いものに、お前の上役に?」

「――魔物よ」


 イグネイは身をかがめ、魔物と目線を合わせた。


「魔物よ――この瓶は、お前のものか」


 魔物は何も言わず、ただ空っぽのガラス瓶を抱きしめていた。『秘密』もなく、封印もない瓶を。

 イグネイが続ける。


「この瓶は、いずれお前の『秘密』を入れるためのものなのだな? つまりお前は、告解していない『秘密』を持っているのか」

「……どんなものにも、ひみつはある」


 魔物は白い鼻先を震わせて答えた。


「こっかいして、『ひみつ』をいれたら――おわり」

「終わり。何が終わるのだ?」

 魔物はカラのガラス瓶を握りしめて、うつむいた。イグネイは魔物のほっそりした肩に手を置いた。


「魔物――お前の『秘密』を、ここで話さないか?」

 

 金色の髪が、不思議そうに揺れた。

 イグネイはからっぽの瓶ごと魔物を抱きしめた。金色の巻き毛が夏の日のにおいを帯びて、イグネイの鼻を刺激した。良く日に焼けた草のにおいだ。森を駆け抜けてゆく足音だ。


 あたたかい額と、うるわしい巻き毛をもった、少女のにおいだ。

 魔物ではなく、少女のにおい。

 イグネイは彼女を抱きしめたまま、つぶやいた。


「どんな秘密も、わければ半分だ」

「はんぶん」

「そうだ。俺は俺の『秘密』をお前にわけた。今度はお前がはんぶんにする番だ」


 金色の巻き毛の魔物は、土床を見ながらゆっくりと話しはじめた。

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