第19話


         ※


 同日午後八時、東京湾十三番埠頭。

 今回の戦いは、実に派手な開幕を迎えた。


 髙明がグレネード・ランチャーから発射した焼夷弾が、この埠頭全体を照らし出したのだ。

 六連装のランチャーはすぐに弾切れを起こしたが、効果はそれで十分。


 肌をひりひり焼かれるような熱波の中央、尚矢の下へと俺は駆け寄った。


「ふっ!」


 真正面からミドルキックを繰り出す。それは見事に尚矢の腹部に直撃し、後退りさせることに成功した。


《ほう、熱波でこのスーツのマイクロコンピュータの機能不全を狙ったか》


 俺は尚矢の言葉を聞き流しながら、ジャブとストレートを交互に繰り出す。常人がそれを行っても効果はあるまい。だが、俺は眼帯を外した人体戦略兵器なのだ。

 確実に、尚矢のダメージは蓄積している。


《ふん、小細工を!》


 すると尚矢は一度後退、それからすぐに距離を詰めてきた。スーツ背部に増設したブースターを使ったのだ。

 やや体勢を崩しながらも、尚矢は腕を伸ばしてくる。予想以上の速度だ。回避はできてもこれは掴めない。


 身を屈め、尚矢のラリアットもどきを回避する。すると尚矢は一直線に俺の横を通過し、二十メートルほどのところで停止した。

 ゆっくり振り向く尚矢。だがその前に、俺は脚力で尚矢に追いついていた。振り向くまでの時間があれば、余裕で背後が取れる。


「はあっ!」


 俺は思いっきり拳を引き絞り、背部中央に打撃を加えた。


《うぐっ!?》


 尚矢が呻き声を上げる。そのまま前のめりになったところで、俺は懐から手榴弾を取り出した。ピンを抜き、強力粘着剤で貼り付ける。

 俺はすぐさま背後と左側にステップを踏み、コンテナの陰に隠れた。


 直後に響く爆発音。強烈な火薬臭さと、立ち昇る黒煙。

 さて、ここまでいろいろな武器を試してきたわけだが。


《くっ、ふざけた真似を……》


 尚矢はピンピンしていた。やはりこのスーツの装甲板は伊達ではなかったか。

 だが、それでも俺たちは昨日より善戦している。少なくとも、尚矢に悪態をつかせる程度には。


 しかし、俺たちの作戦はまだ終わったわけではない。俺はコンテナのひしめき合う区画を脱し、作業機械の通り道になっている道路に身を置いた。


《随分と私のスーツを研究してくれた様子だがな、剣矢。お前たちの武器でこの装甲を破ることはでき――ぐっ!》


 尚矢の身体がくの字に折れ曲がる。

 和也の狙撃だ。だが、使っているのはいつもの狙撃銃・アイリーンではない。

 対戦車ライフルだ。すぐさま扱いに順応した和也は、早速それをシャーリーと名付けた。

 

 尚矢の四肢が、恐らくは本人の意思とは無関係に跳ね上がる。シャーリーの弾倉に入る八発分の弾丸が、いずれも回避されることなく着弾した。


《私をコケにするとはな!》


 ヤキが回ったのか、尚矢は俺を放っておいて跳躍。コンテナ上から狙撃した和也に、斜め上方から殴りかかろうとする。


「させるか!」


 俺も跳躍し、尚矢の足を掴んだ。がくん、と高度が落ちて、俺と尚矢は地面に叩きつけられる。アスファルト片が飛散し、浅いクレーターができた。


 のっそり立ち上がろうとする尚矢。それを視界に入れながら、俺はごろごろと転がって距離を取った。よし、今だ。


「髙明、やれ!」


 待ってましたとばかりに、再びグレネード・ランチャーが号砲を上げる。ただし、今回は焼夷弾ではない。蛍光粘着弾だ。これも六発、全弾が見事に尚矢に着弾した。


 今までの戦闘目的は、まさにこの粘着弾を喰らわせるためにあったと言っていい。

 焼夷弾でスーツの金属を僅かに膨張させ、強度が下がったところで俺が打撃と手榴弾の爆発を加える。さらに和也の対戦車ライフルの攻撃で、僅かだがひび割れを大きくする。


 そこに粘着弾が焼夷弾と同じ速度で着弾したら、一体どうなるか。

 答え、というよりその効果はすぐに表れた。


 ぷしゅっ、と排気されるはずの白煙が、だんだん弱まっていったのだ。

 尚矢はだんだん動けなくなっていく。膝をつき、胸元に手を遣っているが、スーツの上からでは何の意味もあるまい。


 今日は派手にやりすぎた。すぐに警察や海保がやって来る。

 俺はようやく出番を迎えた二十二口径を手に、ゆっくりと尚矢に歩み寄った。ヘルメットを脱がせて、零距離で弾丸を撃ち込むつもりだ。


 これ以上、こいつを生かしておく必要はない。

 俺、錐山剣矢の復讐劇はこれで終わる。

 さて、そうしたらどうしようか――。


 それはとんだ雑念、いや、油断だった。尚矢に片足を掴まれたのだ。


「ぐっ!」


 それと同時に、俺の足を掴んだ尚矢の手首から先が外れた。腕を肘のところまで引っ込めたらしい。

 すると、外れた尚矢の腕から、ひゅるりと糸が射出された。俺の足に巻き付く。


「何をしようって……!」


 きっと火事場の馬鹿力なのだろう。俺は呆気なく投げ飛ばされ、海に着水した。


「ぶはっ!」


 急いで埠頭を上ろうとしたが、把手も何もついていないブロックを上れるわけがない。

 ここで限界が来た。今日の分の眼帯非装着モード、要するに超人的運動能力を発揮できるタイムリミットが来てしまったのだ。


「誰か尚矢にとどめを刺してくれ! それから俺を引っ張り上げて――」


 俺の言葉は、無理やりカットされた。一瞬、視界が真っ白になったのだ。

 視界だけではない。全身の神経組織が、感覚の受容や伝達を拒否したかのような、強烈な何かが俺を貫いた。


《切り札、というのは、最後に……取っておくものだぞ、剣矢》


 尚矢の声がする。それだけが五感の中で浮き上がって聞こえる。切れ切れの言葉だったが、何故そう聞こえるのか分からない。尚矢が弱ったせいなのか、それとも俺が何かを喰らったせいなのか。


 だが、そんなことはすぐにどうでもよくなった。俺を貫いた謎の感覚の正体が露わになってきたのだ。

 

 一言で言えば、痛み。強烈な痛みだ。情け容赦のないそれが、全身をくまなく行き渡る。

 次にやって来たのは痺れで、ようやく俺は何らかの電気的攻撃を受けたのだと頭のどこかで理解した。


 悲鳴を上げられればまだよかったのかもしれない。だが生憎、俺の全身は海中に没している。肺に海水が流入し、声を発するか否かどころの話ではない。


 ここまでか。俺もお袋のところに行くのか。せめて、親父が反対側へ――地獄へ落ちていくのを見届けたかったな。


 俺が意識を手放そうとした、その直前。痺れていた全身の感覚が、解けた糸がより合わさるようにして戻ってきた。

 激痛の余韻はまだあるが、新たな痛みに苛まれることはない。代わりに、自分の身体が海面へと引き上げられていく感覚がある。


 何があった? 俺はもとより、親父はどうなった? 誰かが仕留めてくれたのか?

 そこまで疑問を並べたところで、俺は意識を一旦手放した。


 その前、僅か数秒の間に、それは起こった。

 何か柔らかいものが、俺の唇に触れたのだ。胸の中央部に、手を押しつけられるような感じもある。


 人工呼吸? 誰がやってくれているんだ? 最早視界も定まらなかったが、俺は一言だけ言葉を発していた。


 ――葉月、と。


         ※


「――ああ、そうだ。処置が早かったから、後遺症はないだろう。しかし、全く無茶をするな」

「無茶したのは俺や和也じゃありません、葉月です。説教ならあいつにお願いします」

「しかし、本人が部屋に閉じこもりっきりでは……」


 ここはどこだ、と自問自答しかけたところで、すぐに気がついた。

 この匂いは病室のもので、あまり嗅いだことのないものも含まれている。

 ああ、ドクの根城にある手術室だ。


「……」


 何かを言おうとしたのだが、まだ喉が上手く働いていない。しかし、僅かな息遣いが空気の振動を生んだのか、その場にいるらしい人間たちの注意を引いた。


「剣矢!」

「なあ剣矢、無事なのかい?」


 どれが誰の声なのか、判別するのにやや時間がかかった。最初のが髙明、次のが和也か。

 薄く目を開けると、一際細長い人影が横から入ってきた。


「剣矢くん、聞こえるかい? もし聞こえるようだったら、私の手を握ってくれ」


 左手にそっと、人肌らしき感覚がもたらされる。


「生きて……る……?」

「ドク、剣矢が言葉を……!」

「そう慌てるな、和也くん。エレナ、ペンライトを」


 すると以前もあったように、俺は目を見開かされて眩しいライトと共に覗き込まれた。


「ふう、どうやら本当に無事なようだね」


 ドクは手術用のゴム手袋を捨て、自らの禿頭をつるりと撫でた。


「ドク……、一体何があったんですか……? 尚矢は? 俺のことも……」

「ああ、今説明する。まずは落ち着いて、呼吸を整えるんだ」

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