第14話

 俺はふと、違和感を覚えて周囲を見渡した。


「葉月さんは? どこかへ行ったんですか?」

「恐らく射撃訓練場だろう。見学するかね?」

「えっ、射撃って鉄砲の……?」

「そうだ。実弾だから、当たると死ぬぞ」


 俺は膝のあたりからぶるぶると震えが走ってくるのを感じた。


「なあに、ちゃんと安全策はとってある。案内するよ。ついて来たまえ」


 俺はおっかなびっくり、ドクの後ろをついて行った。

 その射撃訓練場は、地下二階にあった。階段を下りきったところに扉があったが、扉の形状が特殊だった。

 まるで潜水艦の内壁のように、ハンドルがついている。その向こうから、僅かに何かが弾けるような音がしていた。


「よっと……」


 ドクはそのハンドルを掴み、ゆっくりと手前に扉を引いた。


「防音・防弾には気を遣っているものでね。剣矢くんはまだここにいてくれ」


 ドクが入ると、防音壁の向こうの弾ける音が止んだ。やはりあれは銃声だったのか。


「いいぞ、剣矢くん。入りなさい」

「はっ、はい!」


 俺は緊張で凝り固まった四肢をなんとか動かし、入室した。そこには、ゴーグルと防音用ヘッドフォンを装着した葉月の姿があった。こちらを何の感情もなく見つめてくる。


 その時に俺が思ったこと。それは、一種の闘争心だった。さっきとは真逆と言ってもいい。

 確かに拳銃は怖い。撃たれたら死ぬ、というドクの言葉も疑いようがないだろう。

 だが、それを同い年の少女が軽々とやってのけている。


「俺にだって……」

「ん?」

「俺にだってできます! 拳銃を貸してください!」

「やあやあ、意気込みはいいが、飽くまでも人を殺傷する道具だぞ、これは。おもちゃなんかじゃ――」

「分かっています。だからこそ、早く慣れたいんです!」


 ドクは腰に手を当て、ふむ、と唸りながら俺を見下ろした。


「分かった。ただし、三日間我慢してくれ。君の義眼を造らなければならないからね」


 その時だった。


「ああ、ここでしたか。探しましたよ、ドク」

「おお、髙明くんか。すまない。新入りにいろいろ教えることがあってね」

「新入り? 例の爆破テロの……?」

「そうだ。私に用があるのはエレナくんの方ではないかな?」

「はい、そうです」

「ちょうどよかった。髙明くん、こちらは――」


 ここで俺は、ずいっと一歩前に出た。髙明、と呼ばれた少年の背丈は随分高かったが、彼がメンバーなら心強い。


「錐山剣矢です。よろしく」

「お、おう。大林髙明だ。取り敢えず剣矢、ここの案内をさせてもらう。いいですね、ドク?」


 するとドクは、実に満足げに頷いた。俺が髙明を相手に恐れを為さなかったことへの安堵もあるかもしれない。


 これが俺と葉月たちとの出会いであり、後に小野和也が加わることになる。


         ※


 そして現在。


「確か……」


 FGのメンバーたちとの出会いと言えば。俺はドクに、一度尋ねたことがある。どうして葉月や髙明のために義眼を造らないのかと。

 するとドクは、サイズの問題だと言った。

 義眼となる高性能カメラ、それに付随する身体能力向上システムは、まだ自由にサイズを操ることができず、ちょうどフィットするのが俺の左目だったらしい。


 マドゥーが最初の被験者で、俺が二番目だったわけだが、どうやらマドゥーに手術を施した裏切り者が、ドクのラボにいたらしい。そいつが今、どこで何をしているのかは、神のみぞ知るところなのだそうだ。


「ドクの他にもあんな技術供与のできる人物、か……」


 俺がそう呟いた時のこと。俺の携帯端末が鳴った。これは、ドクからの非常事態を知らせるものだ。耳を澄ませば、あちこちから反響して聞こえてくる。全員に対しての通信、ということか。


「もしもしドク、錐山です」

《ああ、剣矢くんか。落ち着いて聞いてくれ。君たち宛に挑戦状が届いた》

「挑戦状?」

《そうだ。そしてその人物は、自らを錐山尚矢と名乗っている》


 ドゴン、と心臓が妙な脈打ち方をした。いや、心臓が無理やり引き抜かれてしまったかのような衝撃だ。


《敵の正体は、現在エレナくんと解析中だ。もうしばらく待ってくれ。会議が必要な場合、葉月くんと連携して――。ん? エレナ、何だって?》


 俺は無言で待った。何事かが起こったのだ。


《ああ、すまない剣矢くん。謎の勢力が我々の通信網に割り込んできた。早々に君たちとの対話を望んでいる。すぐに皆を会議室に――》

「了解」


 それだけ言って、俺は他の三人を招集すべく駆けずり回った。

 その頃には、自分と葉月を巡る記憶の遣り取りなど、どこかへ飛んで行ってしまっていた。


         ※


 それから約五分後。

 会議室で立体映像プロジェクターを起動した俺は、ドクに通信を開始してもらえるよう頼んだ。

 

 ヴン、という音と共に何かが映し出される。俺はそれを、母親の仇以上の何かを見つめるつもりで見つめていた。

 間もなく、ザザッと濃緑色のノイズが入り、徐々に人型を形成していった。


《フォレスト・グリーンの諸君、ご多忙のところ失礼する》


 その声はあまりにも聞き慣れていて、否、思い出し慣れていて、驚きも何も感じなかった。

 やがて映像が安定すると、これまた見慣れた白衣姿の、細身の男性の姿が現れた。


《私は錐山尚矢。息子の剣矢がお世話になっている。なあ、剣矢? 母さんがいなくなって、寂しい思いを強いられてるんじゃないか?》


 この男、自分が妻を手にかけたことを俺たちが知っている、という前提で話している。喧嘩を売るつもりか。


《どうしたんだ? 母さんがいなくなって随分寂しい思いをしてるんじゃないかと、私なりに心配していたところだったのだが》

「……」


 俺は沈黙を保った。なるほど、母さんを何度も引き合いに出すことで、俺の冷静さを削ぐつもりか。


《まあいい。FGの司令官、確かドク、と名乗っていたな。彼から聞いているとは思うが、これは君たちに対する挑戦状だ。概要を説明すると、明日の夜、東京湾十三番埠頭で君たちを待つ。私一人でだ。君たちは何を使ってくれても構わない。爆発物や対戦車ライフル、いろいろあるのだろうとは思うのでね》

「もし俺たちがてめえの誘いに乗らなかったらどうなる?」


 喧嘩腰の髙明の言葉に、親父は穏やかな笑みを浮かべた。


《無関係の民間人が、数十名ほど死傷する。地下鉄の廃工場から発生した有毒ガスによってね》

「ブラフだな」

《どうかな? サブディスプレイを点けてみるといい。テレビ局はどこでも構わない》


 珍しく機転を利かせた和也が、立体映像の隣にある平面ディスプレイの電源を点けた。そこに映っていたのは――。


《テレビ局の中継用ドローンからの映像です! ご覧いただけますでしょうか! ひとけのない廃工場で、原因不明の火災が発生しております! 警視庁は、有毒ガスの流出はないとの発表を行っていますが、念のため半径五百メートル圏内の住民には避難指示が出されています! 繰り返します!》

「これをあんたがやったのか?」


 俺は努めて冷静に尋ねた。


《そうだ。私は今も現場にいる。まあ、黒煙で見えないだろうし、見せるつもりもないがね。今の私の装備を》


 さて、と仕切り直す親父。いや、最早家族だなどとは見做すまい。錐山尚矢はこう言った。


《今回はただの無害な着色ガスのタンクしか破壊しなかった。しかし、君たちが私の挑戦を断ると言うのなら、次は硫化水素や塩化水素、揮発性の高い薬品のタンクを破壊する。もちろん、警察にタレこんだ時点でも同様だ。この付近にはスラムがあるのみならず、ホームレスが多数住んでいることも忘れないことだな》

「あんたの挑戦の時間をまだ聞いてない」

《ああ、そうだったな。今日の夜八時頃などどうだ? 報道のドローンは全てこちらで片づけておく。私と君たちとの決闘を邪魔させるわけにはいかん》

「分かった」

《ほう》


 俺が立て続けに淡々と応じるからか、尚矢はどこか感心したような声を上げた。

 

《さっきも言ったが、どんな武器を担いでくるかは君たち次第だ。弾薬はそれなりに要るかもしれんな。三人で一個小隊分くらい持っていくといい》

「言いたいことはそれだけか?」

《随分と素っ気ない育ちをしたようだな、剣矢》


 通信端末から、くくくっ、という不快な喉の振動が伝わってくる。昔の尚矢はこんな笑い方はしなかった。


《こちらからは以上だ。そちらから質問……も、もうないようだな。では、健闘を祈る》


 その言葉と共に、立体映像はヴン、と音を立てて消滅した。残ったのは、平面ディスプレイから送られてくる消火作業中のドローンの映像のみ。

 髙明がリモコンでそれを消し、ゆっくりと振り返った。葉月と和也の視線もこちらに集中している。

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