第30話 カラオケ初心者

「505……ここだね」


ドリンクバーを選んでる最中に彼女連れの岡田を目撃するという事態はあったけど、向こうがスルーしたことにより何事もなくドリンクを選び終わり、俺と水瀬さんは指定の部屋へと来ていた。


「水瀬さん、どっちに座りたい?」

「あ、えっと……こ、こっちで……」


二人だと少し広く感じなくもない空間だけど、今更になって、カラオケで密室に二人きりという状況を把握したようで、隠しきれない動揺を表に出す水瀬さん。


「じゃあ、俺はこっちにしようかな」


そんな可愛い水瀬さんの様子に微笑みつつ、早速曲を入れるためのに小型の端末とマイクを充電器から取り出して、片方を手元に置く。


「はい、水瀬さん。マイクどうぞ」

「あ、ありがとうございます……蒼井くんは、なれてますね……」

「そうかな?まあ、そこそこ来るからかもね」


付き合いで来る関係で、そう感じるのかもしれないけど、正直誰かと出掛けると無理にでも気遣いをしないといけなくなるので、ぶっちゃけ楽しいと思ったことがほとんどないのだけど、水瀬さん相手だとどんな事でも楽しく感じるから不思議だ。


普段なら、気を遣うのが疲れるのに、水瀬さん相手だと気配りなんかをむしろしたくなるし、全くそれらが負担に感じなかった。


なるほど、これが愛の力かと思いながらも、俺はマイクを見ておっかなびっくりにマイクのスイッチを入れて、トントンと細い指でマイクの先端を軽く叩いて、その音の反響に少し驚きつつも、小さく笑みを浮かべる水瀬さんを眺める。


「水瀬さんはカラオケ経験は?」

「実は初めて来ました。誘われたこともないので……」


やはりか。


予想はしていたけど、水瀬さんの普段のあの様子からして、周りと普通に馴染むのが難しかったのだろう。


あの、彼女の真っ直ぐさを受け入れられない人が多かったのだろうけど、一人くらい居ても良さそうなのに……全く居ないとは何とも愚かしいことだ。


愚かしいことだけど……人間関係とは得てしてそういうものなので仕方ない。


仕方ないけど……


「じゃあ、また二人で来ようよ。何度でもさ」

「……!あ、ありがとうございます……」


嬉しそうに微笑む水瀬さん。


遊びの経験が少ないのなら、その機会は俺が作ればいい。


彼女の初めてを独占できる……言い方としては少しアレにも聞こえるけど、俺は自分でも知らなかったけど、意外と独占欲が強いようだ。


クラスメイト達の中に、水瀬さんの友人候補は何人か見つけたけど、俺だけで水瀬さんを独占したい気持ちもあって悩ましい。


とはいえ、どちらを選ぶかは水瀬さん次第かな。


俺は彼女の気持ちを尊重したいし。





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