雨そして雷

帆多 丁

嵐が来る

 絶望だ。未来は決定してしまった。

 私のすむ場所には、滝がなかった。最近この池にやってきた黒鯉がわたしを嗤った。それでわかった。わからされた。

 私の命は、人間がこの身を眺めるためだけに与えられたのだと。例えば滝壺に世を受けたならば、この斑の身はやたらと目につき即座に喰われてしまうだろうと。

 黒鯉は卑屈にぱくぱくと言葉をつむぐ。俺たちはあんたを引き立てるためにつれてこられた惨めな命だ。この惨めさに酬いるためにも、あんたはその派手な鱗をひけらかし、この小さな池で生きて死ねと。

 絶望だった。未来は決定してしまった。

 私は父母から伝え聞いた「龍」というものになりたいのに。私の胸ひれ背びれ尾ひれを力の限りに打ちつけ、滝を昇って天に至りたかったのに。

 ただただ私は、この身の斑にすがって生きのびるだけだったのか。

 美しいから別に良いだろうと黒鯉は言う。お前はそれで満足しておけと吐き捨てる。

 美しく産まれたら、美しさにすがらなければならないのか。

 決定された未来は絶望だ。私の生に滝はなかった。 

 時折なげこまれる餌を食い、無為に生きることが役割だったか。

 絶望だ。


 季節は巡り、水が温くなった頃だ。水面が激しく乱れる日があった。

 雨。それも激しい雨。暗い水面がときおり強く光る。側線にどぅんどぅんと水の震えが届く。

 嵐だ。大きな嵐だ。

 私は水面に口をつけ、ただ生きることをあきらめた。

 はるか天から水がくるという点において、滝と嵐の間にどれほどの違いがあるというのか。

 美しく産まれたから、その美しさに甘んじなければならないと誰が決めた。

 滝は昇れて嵐は昇れないと、いったい誰が確かめた。


 私は深く潜り、力を込めて水面を打った。

 尾ひれで雨粒をはじきながら、暗い空だけを見る。えらが詰まったようで、息ができない。意識はすぐに遠くなる。暗いのは空なのか意識なのか、わからないまま尾で雨を打つ。

 空の光にこの身を灼かれてなお私は昇る。昇っているはずだ。なにも見えず、何も聞こえず、それでも昇っているに違いないのだ。

 私はそうして、いつかこの天の光で、安穏たる池の全てを灼かねばならないのだ。

 あそこに残した私の絶望とともに。

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雨そして雷 帆多 丁 @T_Jota

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