篠崎さんとカフェ。爆弾発言に御用心。

「疲れた……」


 きょうは部活がない。寄り道もせず帰った。篠崎との一件もあって、寄り道する気力もなかったのだ。


 住んでいるアパートは、ひとり暮らしにしては広い。ふたりで住んでも有り余る広さだ。


 スマホを開く。メッセージが届いている。


 篠崎だ。


『あさって、出かけるから予定空けといてね!』


 理解が追いつかなかった。このスピード感はなんだ。彼女にとってはふつうなのかもしれない。だが、僕が同じだとは限らない。


 既視感がある。偶然キスをしてしまった三人が急に距離を詰め出した時だろう。いい傾向ではない。


『残念だけど空いてない』


 篠崎には悪いが、いったん断っておく。面倒なことになりそうな予感がするのだ。


『嘘はダメだよ、帰宅部の前野君? 休日は勉強しても土日のどっちか、あとはゲームか漫画に没頭してるんじゃない?』


 正解だ。なぜかわからないが完全に見透かされている。さすが陽キャだ(?)。


『ひぇっ……』

『どうよ私の情報網は』

『出どころは?』

『宮崎君』


 ですよね。正確すぎて焦ったよ。というか、宮崎もそんな軽々しく個人情報を漏洩しないでほしい。


『ともかくだよ。実際は空いてるのか空いてないのか、どっちなのかな』

『……めっちゃ暇です嘘ついてすみません』

『なら決定ね! 十一時に例の駅ビルに集合ね』


 了解、と動物のスタンプを送っておく。別に断ることもできたはずだ。だが僕は、ノーといえない日本人だった。


 篠崎にどこまで見透かされているのか、と疑心暗鬼になる。彼女のことを詳しくは知らない。接点がなく、知ろうとしなかった。


 交友関係の広さは学年でも随一だろう。そんな篠崎と、ふたりきりで食事だ。はたから見るとデートと誤解されかねない。


 何か試されているかもしれない。が、どれもこれも可能性に過ぎないわけで、全てはあした次第なのだ。




 金曜日から、一日挟んで、日曜日。


 最寄駅から電車で数十分。市内でも有数の繁華街に出た。


 あまたの商業施設が立ち並ぶ。宮崎はここのエリアを“リア充の巣窟”と呼んで忌み嫌っている。どこもかしこもキラキラしているから仕方ない。


 目的地は人気の喫茶店だった。下調べをしたところ、ケーキが人気だとわかった。雰囲気は落ち着いていて、話すにはちょうどよさそうだ。


 篠崎は、探してみると、すぐに見つかった。手を振ってくれていた。


「ごめん、待たせて」

「いいのいいの」


 私服姿の篠崎は、至福のひとときをもたらした。わかってはいたが、かわいい。


 息を飲んだ。


 洗練されたファッションが板に付いている。制服姿とは違ったよさがある。陽キャの陽キャたる所以がここにある。


「無理に呼ぶ形になっちゃったし。今回は私が奢るよ」

「そういうのはいいから。ここは僕が奢るよ」

「奢るっていってるじゃん」

「いや僕が奢りますって」


 下手に借りは作りたくない。それが理由のひとつだった。意地の張り合いが続く。


「じゃあ前野君の奢りね♡」

「どうぞどうぞ、じゃないんだから」

「作戦成功だね」


 まんまとハメられていたらしい。

 

 

 ちょっと並んでから店内に入った。素晴らしい。雰囲気が抜群にいいのだ。


 コーヒーの香りがやって来る。暖色の照明が心を穏やかにさせる。かすかに音楽が流れている。


 下調べしたときの想定を超えてきた。やはり現物は違うな。


 店員の案内で席につく。割と奥の方だった。際どい話をするにはちょうどいい。


「じゃあ、なににする?」


 座っているのはふたり用の席。目の前の篠崎が問いかけてくる。


「そうだな……無難にブラックコーヒーで」

「女の子の前だからって格好つけてる?」

「ブラックが大人、なんて中学生みたいなこと考えてないけど」


 中学生のとき、そう思っていた時期もありました。人は成長し、変わっていく。


「実は過去にそういう知り合いの男子がいたから」

「へぇ、そんな人が」


 同じ道を辿った人がいるのか。勝手に親近感を抱いてしまった。


「うん。コーヒーの頼み方ひとつとっても、人柄って結構出るものだよ?」


 何もかも見透かしていそうな人がいうと説得力が出る。


「そういう篠崎は決まった?」

「カフェオレのミルク増し増し、あと季節のパフェ」

「いかにも好きそうだね」

「ほら、いった通りでしょ。コーヒーは人格を表す。人格はコーヒーを表す、ってね」


 う〜ん、と篠崎は伸びをした。そのまま両肘をつき、組んだ指の上に顎を乗せる。


「じゃ、早速だけど本題に移ろっか」

「もうですか」

「本来の目的はそこだし、多分、君は気がかりなことがあるから来てると思うし。夏休みの課題と同じだよ。厄介なことはすぐに終わらせるに尽きるって」

「……いきますか」


 夏休みの宿題は最終日に追い込む派の人間だが、表明しても仕方ない。


「君のキスがヤバい、っていうのは本当のところどうなの?」

「前にいったとおりです。特殊能力みたいなものです」

「ふぅん、天性のテクニックで快感の虜にする、とかでもないんだ。ちょっと残念」

「そんな激しいキス、できませんよ」


 グイッと冷水を流し込む。注文は、まだ届いていない。


「シュレディンガーの猫みたい。実際に見たり体験したりしないと、君の発言に信憑性が出ないわけだし」

「だからキスを求めた、と」

「思い立ったが吉日の精神ね」

「……どう考えてもヤバい人になってましたけど」


 篠崎だから辛うじて許される芸当だろう。


 指が解かれ、腕が机の下に隠れた。


「自分でもよくわかってる。恥ずかしいにもほどがあるよ。だから、きのうの暴走はすぐに忘れてね」

「鋭意努力します」

「よろしい。それでね、後で冷静になって考えたんだけど、とりあえず画期的な結論が出たの」

「結論?」


 間が悪いが、いまになって注文が届いた。ブラックコーヒーを口に含む。


「そう――キスをしたいと思える関係を構築すればいいだけだよね!!」

「ぶっ!!」


 僕の頬に衝撃が走る。コーヒーが勢いよく口から噴射された。不可抗力である。


 咄嗟の機転で誰も座っていない横を向いたが、体の反射を抑えるなど、土台無理な話だった。


 コーヒーは、篠崎の服にちょっと撥ねてしまった。

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