ある小説家の最期


──何歳まで生きたい?

モノを考えられなくなるまで。


──どうやって死にたい?

老衰死。


──どこで?

家、もしくは一番好きな場所で。


──じゃあ……。

  寿命で死ぬとして、最期の日は何をしたい?

……よく晴れた春の日であってほしい。外を散歩して、鳥と花がきれいで、世界は美しいな、と思って、死にたい。



 三児の母であり幾人かの祖母となった。六十数年連れ添った旦那は、数年前に他界。以来、今まで旅行した中で一番好きな町に住んでいる。月に一度、娘息子そして孫たちが、小さな終の住処へ訪ねてきてくれることが楽しみ。趣味は散歩と読書と漫画とアニメと……最近はゲーム。孫たちに最新のゲームを教わったり、教えたり。おばあちゃん、よく知ってるね!?と言われちゃったりもする。いつまでも最新を追い求めていきたい。せっかく今の世に生きているのだから、思う存分、楽しみたい。

 若い頃はバリバリ働いた。育児をこなしながら、締切──と書いて修羅場と読む──を乗り越えてきた。賞をいただくこともあったが、自分の書いた作品が本になり、店頭に並び、それを楽しみに手に取ってくださることが、いつにもなっても飛び跳ねるほど嬉しい。この嬉しさに慣れることはない。だからどれだけ苦しくても、よし、次も書くぞ、となる。

 物語を書いている時が一番好き、空想に浸る時間が好き。家のお気に入りの場所は、景色のきれいな窓辺にある執筆机。今の家にも、前の家にもあった。そこで頬杖をつきながら、誰にも邪魔されずに空想の世界を冒険するのが何よりも好き。お供の一杯のコーヒーも、紅茶も、お菓子も最高のものになる。そうやって長い長い間、机に向かってきた。人様の小説や漫画やアニメやゲームも好き。物語は全部好き。好きなものに囲まれてきた。

 小説家になったのは三十代。前の仕事は、一番下の子の育休が終わると同時に辞めた。育児をしながら執筆していたものがデビュー作。それ以降、小説を年一冊ペースで出している。デビュー前もネットに小説を投稿をしており、ありがたいことにファンになってくださった方もいた。

 小説家になってからは、育児と締切に追われる。だけど、子どもたちの視点や感覚が、自分に大きな影響を与えてくれた。さらに、勉強の楽しさにも気づけて、子どもたちと共に学び直した。それらの日々を綴ったエッセイも出して、ありがたいことにベストセラーになった。「大人の自由研究」と称して、なぜ?と疑問に思ったことを徹底的に研究した本も好評をいただいた。

 年齢と作品を重ねていくにつれ、数々の賞の審査員になってほしいというお声をいただくようになる。もうそういう歳か、と自覚させられたけれど、新しい物好きの性格が幸いしてか、若く才能のある作家さんたちから勉強させてもらっているうちに、次々と新しい物語を生み出す作家と評価いただくようになった。

 最近は若い子どもたちの育成にも力を入れて、勉強会を開いたりもしている。また、学問の発展や日本文化の世界への発信にも力を入れていて、作家以外の活動も精力的にこなしている。忙しいくせにいろんなことをしているので、体いくつあるの?ドッペルゲンガーなのでは?とよく噂されるているらしい。事実、子どもたちからは、めちゃくちゃ元気だね……と呆れられている。


「だから今、こうして散歩をしていると……本当に明日死んじゃうのかなぁ、って思うねぇ」

 わたしは隣を歩く昔馴染みの青年に話しかけた。青年は歩調を合わせながら、飄々と言葉を返す。

「実は僕も、まだ疑っている」

 ニヤリと笑う。心地良い声が春の澄んだ空に吸い込まれていくようだ。

「もう、報せた本人が何を言うの。貴方が言うなら、間違いなくわたしは明日死ぬのよ」

「そうだね……」

 それだけ言って彼は黙った。ここぞとばかりに小鳥がチロチロと鳴き始める。

 わたしは可笑しくて、彼の顔を覗き込んだ。

「ねえ、明日は泣いてくれる?」

「……どうかな」

「ふふふ」

 死ぬのは怖くなかった。旦那が先に逝っているし、友人たちも待っている。残していく大切な人たちにも、たくさん家族や友人がいるから、何も心配はない。

 唯一、心残りがあるとしたら……。

「ごめんね」

「何が?」

「貴方を置いていってしまうこと」

「うん……」

 どこからか、風が桜の花びらをつれてくる。そして彼の艶のある髪を揺らした。

「でも、大丈夫さ。君に教えてもらったからね。僕が死なないのには、きっと理由があるんだって」

 彼は振り向いて、にこやかに笑った。出会った時と同じように、薄い色の瞳を細めて。

「だから安心して、逝くといい」


 わたしは、やはり次の日に起き上がれなくなった。娘と息子たちがベッドの傍にやって来てくれた。彼らとひとことふたこと言葉を交わして、そして最期に、愛しい家族を力一杯抱きしめた。


 古い友人には、日付指定で手紙を送ってある。わたしが死んだ日に届くように。


「理由を見つけて、使命を全うしたときに。

 また会いましょう。」

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青年紳士サン=ジェルマンの追想 ミタヨウ @mitayo-tgm

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