1-2 魔女、久しぶりの人里にウキウキする

 白銀の魔女が引きこもる前、山の麓にあったのは小さな村だった。少数の人間が田畑を耕し、木々を切り、動物たちを狩る。そうして生活するありふれた村。

 それがいつのまにか人と物が行き交う町へと変貌をとげていた。


 木造が主だった建物はレンガ造りに変わり、人通りも多い。町の入り口から進むにつれて商店が増え、軒先には新鮮な野菜や果物、雑貨などが並んでいる。

 あまりの変わりように白銀の魔女は目を丸くした。百年というのは魔女にとっては短いが人にとってはずいぶん長かったらしい。ここまで町を発展させられる人間はすごいものだと素直に魔女は感心した。


「姉ちゃん、この町にははじめてかい?」


 活気ある町並みを眺めていると荷物を抱えた商人らしき男に声をかけられた。旅装束に身を包んだ魔女をみて田舎から出てきた旅人だと思ったようだ。

 商人はしげしげと魔女をみて、「ずいぶんと年期のはいったローブを着ているな」と不思議そうな顔をした。「祖母のものを譲り受けたのです」と魔女は当たり障りない言葉を返す。

 ローブを手にいれたのは引きこもる前だから、人間の寿命でも不自然ではないはずだ。商人も納得したらしく、「ずいぶん物持ちがいいな」と笑っている。


「栄えてますね」

「王家公認の魔法使い、魔女狩りの第一人者。シルフォード家のお膝元だからな」


 胸を張る商人をみて、白銀の魔女は納得した。

 シルフォード家が屋敷をこの辺りに移したのは魔女が引きこもる少し前のことだ。多くの魔女を殺した魔法使いは国王から貴族として認められ領土を与えられる。古い家であるシルフォード家はずいぶん昔から領土もちの貴族であったが、他の貴族が実力をつけるにつれ王都周辺から北方のこの場所へと領土を移した。


 これは王都から離れるにつれ、地方を守る魔法使いの数が足りなくなることへの対策であったときく。魔法使いの数が増えるにしたがい、魔女の動向に目を光らせるべく戦力を分散することにしたのだ。

 魔女のなかでは余計なことをしてくれたとシルフォード家と国に対してのブーイングが起こったが、人には預かり知らぬことである。


 狩られる立場の魔女からすればいい迷惑だが、守られる立場の人間からすれば心強いことだろう。強い魔法使いがいる。それだけで魔女は近づいてこない。それは魔法を使えない多くの市民にとって重要なことだ。


「いま家を取り仕切っているのは先代の次男、ルーカス様。あの家は代々きれいな金髪だが、遠目から見ても目を引く美青年だ。男の俺でも惚れ惚れするような容姿なうえに、お優しく強い。理想の領主だよ」


 誇らしげにつげる商人に白銀の魔女は興味深げに相づちを打つ。

 実際は天敵の話など聞きたくもなかったが、魔女の外見年齢は二十代の女性。容姿端麗で人気のあるシルフォード家の人間に興味がない態度をとるのは不自然だった。


 シルフォード家の人間は金髪碧眼、整った容姿のものが多い。そのうえで生まれもった魔力量が多く、女児が生まれにくい家系のために魔女が生まれる心配も少ない。魔女を滅ぼすために生まれたのだと讃えられる一族である。領主としても優秀であれば市民に好かれないはずもない。

 魔女の中では金髪の死神とよばれているのだが、人間からすれば真逆の救世主なのだ。


「では、この賑やかな町は領主様のおかげなんですね」

「その通り。魔女なんて寄り付かねえ安心、安全の町だ。姉ちゃんも満喫してくれ」

「それは安心ですね」


 笑みを浮かべながら白銀の魔女は複雑な気持ちだった。町が栄えるのはよいことである。魔女としても山では手に入らないものを見て回りたかったし、旅の準備もしたい。栄えた町の方が魔女の目的は達成しやすいのだが、それが天敵の功績だといわれると素直に喜べない。


「近頃は話題のものはありますか? 小さな村からでてきたので流行というものに疎くて」

「それなら中央の広場あたりに流行りの店がそろってるよ。見て回るだけでも楽しめるだろうさ」


 場所はこの先をまっすぐだと教えてもらい、よいことを聞いたと白銀の魔女は喜んだ。一ヶ所で用事がすむなら楽でいい。今日は町に一泊するつもりだったから宿の場所も尋ねる。気のいい商人は聞いていないことまで詳しく教えてくれたため、運がいいなと魔女は思った。


 運命の魔女の「運勢最悪」という言葉を思い出す。どこがじゃ。と白銀の魔女は内心鼻をならした。やはり運命の魔女の悪ふざけだったのだと確信すると少しばかり引っ掛かっていたもやが晴れる。そうなれば久しぶりの町並みだ。とことん楽しんでやろうという気持ちがわいた。


「あっそういえば姉ちゃん、裏道は通らないようにした方がいいぞ」


 商人にお礼をいって立ち去ろうとした白銀の魔女は意味深な言葉に足を止めた。振り返り、無知な娘のふりをしてきょとんとした顔を見せれば商人はここだけの話と声をひそめた。


「いま魔女狩りを名乗るゴロツキが集まってるんだ。何でも新兵器の試験運転だとかで、開発元が適当な奴らにばらまいてるらしい。その譲渡、説明会がこの町で行われてるらしくてな」


 商人はそこまで話すと白銀の魔女をまじまじと見つめた。


「姉ちゃん美人だし難癖つけられたら大変だ。魔女は美女が多いって噂もあるしな。ゴロツキの中にはそれを理由に女に乱暴するクズもいるらしいし」


 嫌悪と同時に魔女を心配したらしい言葉に魔女はなんともいえない気持ちになった。久しぶりの人との会話、優しい言葉。しかしそれはすべて魔女ではなく、人間の女性への言葉だと魔女は理解していた。


「それは怖い。気を付けますね」


 普通の娘を装って魔女は怯えてみせた。ただの女に魔女狩りへの対抗手段などない。出会わないことを願うしかないのだ。


 ゴロツキ、賞金稼ぎなんて呼ばれている、国に認められていない非正規の魔女狩りは評判が悪い。

 国に認められた魔女狩り、魔法使いは定められた試験を突破し魔法使いの証明書を所持している。胸につけられる記章が魔法使いの証であり、それをつけずに活動しているものは非正規の自称魔女狩りだ。


 魔法使いは主に国からの指示で動いており、持ち回りで巡回はしてくれるものの、国全体を隈無く見守ることは難しい。魔女の討伐を何よりも優先するため国民の保護は後手に回ることも多かった。

 そうなると身を守れない国民にとって数の少ない魔法使いよりは、はいて捨てるほどいる非正規魔女狩りの方が身近なのである。


 といってもゴロツキ、賞金稼ぎと呼ばれることからわかる通り、必ずしも頼りになる存在とはいいがたい。中には実力者もいるのだが、多くはただ威張り散らしているだけの小者である。魔法を本当に使えるかも怪しいような自称も多く、態度だけはでかい彼らをどう扱うか図りかねている国民は多かった。


 そして魔女からすれば非正規であろうと正規であろうと敵であることは変わりない。魔法使いよりは弱い。しかし数が多い。そのうえ彼らは情報も商品としている。魔女狩りに発見されると魔法使いに情報が売られ、気づいたら魔法使いに取り囲まれていたなんてことも珍しくはない。


 運勢最悪という運命の魔女の言葉が脳裏に浮かんだが、白銀の魔女は表には出さなかった。最悪というにはまだ早い。冷静さをかいては生き残れない。それを長年の経験で魔女は知っていた。


「新兵器というのはどういったものなんでしょう。魔女に対しての有効打になるんでしょうか」

「そこら辺は俺も詳しくは知らねえけど、最新技術で作られたものらしい。まあ、それをゴロツキどもに試験運転させてるとなると信用度は落ちるがな」


 肩をすくめた商人を見て白銀の魔女も内心うなずいた。

 魔女を狩るべく人間はさまざまな技術を作り上げた。魔法の試行錯誤はもちろん、魔道具といった補助アイテムの制作にいたっては魔女よりも人間の方が優れているといっていい。

 魔女は人間とは比べ物にならない魔力量を誇る。これは魔女になった時点で人間とは異なる生物に変化するためだ。それにより大抵の魔女は力業でなんとかできてしまうため、魔道具に興味が薄い者が多い。


 白銀の魔女も魔道具については知識が薄い。それでもそこら辺のゴロツキに最新鋭の兵器をばらまくのがおかしいことはわかる。


「真偽はともかく人が集まってんのは確かだ。面倒ごとにならなきゃいいけどな」


 商人はそういうとため息をついた。魔女も同意見だったのでうなずく。平和が一番。これほどまでに発展した町で揉め事が起こるところなど魔女はみたくなかった。


「そういうわけだから姉ちゃん、気を付けな」

「お気遣いありがとうございます」


 去っていく商人にお礼をいう。こういう良い人ばかりであったら世界は平和なのにと魔女は歩き出した。

 とりあえずは旅にでるための準備をしなければいけない。


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