不遇の魔女に救済を

黒月水羽

第一章 不運な魔女、仇敵と出会う

第一話 白銀の魔女、いきなり絶体絶命

1-1 魔女、旧友に死亡フラグを立てられる

 白銀の髪をした少女は青ざめた。

 小さな子供の手足は頼りなく、全力で走っても逃げられるとは思えない。自分よりも大きな相手、しかも男相手に非力な少女の力で戦って勝てるわけもない。

 体が震える。叫びだしそうになる。嫌だ。まだ死にたくない。そう喚き散らしたくなる気持ちをこらえて、少女は普通の人間を装った。


 金髪の三十代くらいの男と赤い髪の少年が少女を見下ろしている。少年の片方だけのぞいた瞳には温度がない。男は少年と対称的に笑顔だったが、それでも安心できなかった。


 少女は知っていた。目の前にいる男たちは自分を簡単に殺せることを。彼らには少女を殺す理由があることを。

 単純でいて揺るぎない理由。

 少女は魔女であり、この世界で魔女は殺されるべき悪なのである。




※※※




 白銀の魔女と呼ばれる魔女がグランスター王国内の山に引きこもったのは百年ほど前のことになる。名前の通り綺麗な銀色の髪を持つ魔女であり、逆に言えばそれ以外にこれといった特徴のない魔女であった。


 魔女という存在が人間に認知されるようになったのはそれこそ創生の時代まで遡る。人の誕生と同じくして魔女は生まれ、畏怖された。時代をいくら遡ろうとも魔女が人間に好まれた時代はない。

 例にもれなく、白銀の魔女も人に畏怖され、見つかれば磔にされて殺される。そんな存在であった。


 しかし白銀の魔女の場合は、魔女のなかでも温厚派。平和主義。命大事に、逃げる、隠れる。そういった生き方に特化した魔女であったため、捕まっては処刑され入れ替わっていく魔女のなかではずいぶん長寿の魔女であった。

 そんな白銀の魔女が新たな隠れみのとして選んだのが人が滅多に訪れない山奥。とにかく静かにのんびり暮らせればいい白銀の魔女にとっては素晴らしい家といえた。


 けれど、いくら白銀の魔女が自由に魔法を使える魔女だといってもなにもない山奥は寂しいところだった。視界にはいるのは木々と動物。話し相手は一年に一度やってくればいい。そんな日々を過ごしていればさすがにのんびり、平和主義を貫いている白銀の魔女も飽きてくる。

 そろそろ人里におりようか。そう思い、準備を始めた白銀の魔女の元に現れたのは旧友、運命の魔女であった。


「まさか、人里におりようとしている?」


 運命の魔女が訪れるのはいつも唐突だったが、玄関を開けるなり放たれた言葉に白銀の魔女は驚いた。何しろ人里におりるため、片付けと荷造りをしていたところだったからだ。

 魔女は人が決めた通り名を通称として使っている。白銀の魔女の場合は外見から、運命の魔女は得意とする魔法からつけられた通り名だった。


 運命の魔女は魔女の中でも小柄な少女で魔法の補助としてしゃらん、しゃらんと綺麗な音がなる錫杖をもっていた。フード付きの長いローブをかぶり、長い髪はリボンでひとつに縛っている可愛らしい魔女であり、白銀の魔女にとっては一番の旧友であった。


「そろそろ山の生活にも飽きてのお。噂に聞くに、人間社会はずいぶん様変わりしたらしい。久しぶりに世の中をみてみるのもよいじゃろう。友の門出を祝いにきてくれたのか? さすが運命の。気が利くの」


 急ぎでもないしと白銀の魔女は手を止めて運命の魔女を招き入れる。お茶でも出そうと台所に向かおうとすると運命の魔女はいつになく険しい顔で待ったをかけた。


 運命の魔女。なんて白銀の魔女に比べるとずいぶん仰々しい通り名をつけられた魔女は未来視の魔法を得意としていた。そんな運命の魔女の突然の訪問。しかもいつもより空気が固いことにただごとではないと思った白銀の魔女は椅子に座るようにうながした。

 運命の魔女は椅子に座るやいなやこう切り出した。


「いま下山すると九割死ぬ。今の白銀の運勢は最悪」


 真面目な顔で告げられた言葉に白銀の魔女は目を瞬かせた。長きを共に生き残った戦友ともいえる魔女。しかも未来視を得意とする魔女の言葉に白銀の魔女はしばし考えて、笑い声をあげた。


「おぬし、またわしを騙そうとしておるじゃろ」


 その手には乗らぬと笑うと運命の魔女は眉を寄せ、「違う」と否定した。眉が八の字に下がり、冷静沈着と表される顔が歪んでいる。

 運命の魔女らしからぬ姿。だからこそ白銀の魔女にはそれが演技に思えてならなかった。


 運命の魔女には悪癖がある。未来視の魔法を得意とし、その精度が高いことが広まっていることをよいことに、時おり嘘をついて他の魔女を脅かすのである。


 付き合いの長い白銀の魔女は何度もその被害にあってきた。一番被害にあったといってもいい。最初の頃はそれこそ言われるたびにうろたえ、怯える姿をからかわれてきたのだ。何十回と手を変え、品を変え繰り返されれば白銀の魔女だって警戒する。今回はやけに迫真の演技だと運命の魔女を見つめた。


 その反応に運命の魔女は顔をしかめた。その姿は本当に焦っているようにみえて白銀の魔女は感心したが、見た目は若くみえるが白銀も運命も生きている年数は四桁を越えている。魔女だと隠して人のなかで生きていくうえで演技など当たり前。生き残っている魔女はみな演技上手であるため、運命の魔女だってこのくらいの演技はできて当然なのである。

 今回はやけに気合いをいれて騙しにきたのだなと白銀の魔女は運命の魔女の必死さに笑みを浮かべた。


「近頃、業火と遊戯が暴れまわっている。魔女の評判はとても悪い」

「噂は聞いておるけどの、そんなの今に始まったことじゃないじゃろ。わしらが好かれていた時代などないのじゃし」


 何を今さらと肩をすくめると運命の魔女は眉を寄せた。これでも騙されてくれないかと次の手を考えているのかもしれない。今回はとことん騙すつもりらしいと白銀の魔女は気合いをいれた。


 白銀、運命の魔女からすると後輩に当たる業火、遊戯の魔女は人間嫌いの過激派筆頭である。魔女を殺そうとする人間を殺して何が悪いと暴れまわるため、魔女は人間にとって災厄である。そう強く人間たちに印象付けてしまい、近年は魔女狩りに対する人間側の動きが活発化している。

 けれど、それはずっと昔から。白銀の魔女が魔女になったとき、なる前からずっと変わらない。

 魔女は生まれてからずっと嫌われものだった。


「グランスター王国内で対魔女の新兵器ができたという噂も聞いた」

「あくまで噂じゃろ。仮に本当に出来上がっていたとしてもじゃ、見つからなければいいだけの話じゃろう」


 千年以上、魔女狩りから逃げつづけてきたという実績と自信が白銀の魔女にはあった。久々に人里におりたからといってへまをするつもりはない。今回はとりあえず様子見で、数日分ほどの手荷物で下山して現在の情勢を確認。それからまた準備してのんびり旅をする。それが白銀の魔女の計画であった。


「……降りるのって麓の町?」

「他にどこがあるんじゃ?」


 いまだに騙そうとしてくる運命の魔女の態度に白銀の魔女は少し苛立ってきた。久しぶりに下山しようと準備を進めていたのだ。白銀の魔女の気持ちはすでに麓の町にある。文化や流行がどうなったのかも気になるところだし、山の上では食べられない料理もある。

 何よりも白銀の魔女は会話がしたかった。百年もの間、まともに話していないとさすがの魔女でも言語を忘れてしまいそうだ。


「すぐ近くにシルフォード家があるのは知ってるでしょ」

「知っておるよ。そもそもシルフォード家が近くにあるからここに住むことを決めたのじゃ。まさか魔女狩りの名門一族が守る土地の近くに魔女が住んでおるなど、あやつらも想像しまい」


 白銀の魔女は声をあげて笑った。実に愉快なことである。

 シルフォード家はグランスター王国の中でも一二を争う名家である。代々優秀な魔女狩りを排出しており、シルフォード家が存続しているからグランスター王国も存続できていると人間には讃えられ、最も魔女を殺した一族として魔女には恐れられている。


 しかしながら白銀の魔女の目論見通り、百年もの間、優雅な生活をおくれたわけだ。今になってシルフォード家に見つかる可能性など白銀の魔女は少しも考えていなかった。


 そもそもシルフォード家の人間は忙しい。昨今は業火と遊戯の魔女が暴れまわっているのだ。屋敷が近くにあるといっても必ずしも優秀な魔法使いが屋敷にいるとは限らない。


「邪魔をするなら帰っておくれ。わしは忙しいんじゃ」


 おふざけに付き合っている暇はないと椅子から立ち上がると運命の魔女は息をついた。見れば深い悲しみをたたえた目が白銀の魔女を見つめている。長きにわたり共に過ごした運命の魔女だったが、ゆらゆらと不安そうに揺れる瞳を見たのははじめてだった。

 まさか本当に? という気持ちが白銀の魔女に浮かんで、少しだけ不安になった。だが、すぐに白銀の魔女はその考えを振り払う。

 運命の魔女にしたがっていまは下山を取り止めたとして、次に最適な時期はいつなのか。それを運命の魔女が代起案として提案しない時点で怪しいのだ。


「そんなに不安かの。大丈夫じゃ。このわしじゃぞ。魔女一の逃げ足をお主はよく知っておるじゃろう」


 それでもあまりに不安そうな顔をするものだから、白銀の魔女は胸をはり、笑顔を浮かべた。運命の魔女はそんな白銀の魔女をじっと見上げて目を伏せた。


「そうね。白銀の魔女。あなたを信じるわ」

「信じておれ」


 種明かしはいつじゃろうなと思いながら白銀の魔女は笑顔を浮かべた。運命の魔女が不安を煽るだけ煽って放置するのはいつものことである。時間がたち、こちらがだんだん不安になってきたところで、あれ嘘だけど? と涼しい顔でのたまうのだ。

 今回もそれだろうと白銀の魔女は思っていた。


 もっと真剣に話を聞いておけばよかったと後悔するのはそれから数日後のことだった。

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