第4話 木鼠小僧長吉
物音に気づいたのは、いつだろうか。
日付が変わった真夜中。
由紀恵は、2階にある自分の部屋を出て、1階に向かう。台所の水切りカゴに合ったフライパンを手にすると、厨房を覗く。
風が由紀恵の髪を、優しく揺らす。お店の玄関が少し開いているのだ。
(まさか、泥棒?)
恐る恐る覗いてみると、そこに人影があった。
一瞬、思考回路が停止した。
「だ、誰?」
由紀恵はフライパンを握りしめる。
「泥棒です」
影が答え、的中していたことに驚く。
「泥棒……さん」
由紀恵は、恐恐と言いながらも、なぜか敬称をつけてしまった。影の声が、とても優しかったからだろうか。
泥棒は、二枚の封筒を取り出す。
「これは、お店の借金の契約書と、あなたが持っていた借用書です」
影はライターを取り出し、その二枚に火をつけると厨房の流しに放った。すぐに燃え尽きた。
「……これで、もう借金を返す必要はありません。それと、あなたが今まで支払った借金の総額を取り戻してきました。気にする必要はありません。あいつらの正体は地上げ屋です。初めから、このお店の土地と建物が狙いだった。さらに言えば、あなたを売り飛ばそうとしていたんです」
影は忌々しい口調で吐き捨てると、テーブルの上に、膨らんだ封筒を置いた。
「だからもう。お店を辞めるなんて言わないで下さい」
由紀恵は、その件にハッとする。
お店を辞めることは、一人にしか話して居なかったからだ。
そう述べると、影は店から立ち去ろうとした。
「……あなた、ひょっとして。さ…」
由紀恵が言いかけると、影は否定するように叫ぶ。
「違います!」
影は涙ぐんだ声で続けた。
「……俺は、12代目・木鼠小僧長吉です」
【木鼠小僧長吉】
享保年間(1716~1736年)に江戸市中を暴れまわった怪盗。木鼠(リス)のように機敏であることから、木鼠小僧と呼ばれた。
人情に非常に脆い気前の良い泥棒で、永代橋で二八そばを売っている少年が母親の薬代を稼ぐために働いていると知ると、長吉は盗んだばかりの大金をくれてやった。
また、ある時は、両国橋で身投げしようとしている老人に会うと長吉は慌てて押し留め事情を訊く。
上州の百姓で、名前は吉右衛門と言った。高い年貢を納めることができず、泣きの涙で娘を五十両で吉原に売ったが、その帰りに大金をスラれてしまったという。
長吉は老人を哀れに思い盗んだばかりの百両を気前よく、吉右衛門に渡した。
だが、神出鬼没の木鼠小僧もついに捕まる時が来た。
取り調べたのは南町奉行所・大岡越前守忠相であったが、長吉の善行を調べ上げ無罪放免にする。
しかし、長吉は、すぐに奉行所に戻ってくる。
自分は泥棒以外に他に手に職が無いと述べた。
そこで、越前守は書状をしたため、そこに書いてある人物を尋ねよと命じた。
長吉が、その人物を尋ねて驚いた。
両国橋で助けた吉右衛門だったからだ。長吉はやがて、その娘と結婚して百姓で、身を立てることになったという。
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