Dの鑑定師

埴輪

第一話「お客様」

 告別式。だが、黒一色でなく、華やか。湿っぽいのが苦手だった、故人の意向。

 遺影の老人は笑顔だが、何か満たされない、空虚さも同居していた。

 その憂いに気づける者は、よほど親しいものであろう。

 ──あるいは、血を分けた肉親か。

 遺影を眺める女性。故人の妻が、晩年に授かった一人娘。

 娘よりも孫がしっくりくる、若さと美貌。喪服すらも、艶やかに着こなしている。

 弔問客の中でも、孫だと思っている人が少なくないことを、彼女は知っていた。

 だが、孫はいる。祖父の告別式を抜け出して、どこぞへと飛び立った孫娘が。


「奥様、申し訳ございません。お嬢様の足取りは、未だ──」


 頭を下げる老執事に、彼女は首を振ってみせる。 


「放っておきなさい。あれも持って行ったのでしょう?」


「そのようで。……奥様は、あれが何かご存じなのですか?」


「さぁ? でも、お父様が遺したものですもの、ガラクタに決まっているわ」


「……そろそろ、お時間です」


「ええ、参りましょう」


 彼女は踵を返す。

 ……お父様。私はついぞ、あなたを愛し、理解することはできませんでした。

 だけれど、あの子なら。……不肖の娘を、お許しくださいね。

 

 ※※※


 青空。最新鋭の飛空機スカイバイクを駆る、ゴーグルをつけた少女。

 漆黒のドレスに映える、長く豊かな金髪を風になびかせながら。

 遙か眼下には、青い海。トビウオの群れが、競うように跳ねている。

 機体の荷台には、落ちないよう紐で固定された、古めかしい旅行鞄が一つ。

 モニターの表示は、目的地が近いことを告げていた。

 金髪の少女は、アクセルを握る手に力を込め、ぐんと加速していく。


 ※※※


 小さな浮き島。唯一の建物の屋上では、洗濯物が風に揺れていた。

 シャツ、スカート、ハンカチ、靴下、下着、エトセトラ、エトセトラ。

 洗濯籠に黒革の手袋をはめた手が伸び、タオルを掴み上げる。

 パンッパンッと引き延ばされた後、タオルは物干し竿にかけられた。

 三毛猫柄の、だっぽりとしたパジャマ姿……赤毛の少女は、うんと伸びをする。

 絶好の洗濯日和。開店時間は過ぎているが、赤毛の少女は余裕綽々だった。

 大丈夫、今日もきっと、お客様はこないから!

 洗濯にいそしみたい……それが、赤毛の少女のささやかな望みだった。

 ──すっと、黒い影が屋上を走った。顔を上げ、赤毛の少女は驚嘆する。

 あれって、ネクト社の最新型……いいなぁ! 思わず、手を振ってしまう。

 過ぎ去った飛空機が、折り返してくる。……まさか、お客様っ! いっけないっ!

 洗濯籠を抱え、赤毛の少女は転がるように階段を下りていく。


 ※※※


 目的地の上空を、金髪の少女が操る飛空機は、ゆっくりと旋回。

 空図にも載っていない、小さな浮き島。ぽつんと建物が一軒だけ。

 階段の下に設けられたスペースが駐機場だろうと当たりをつけ、着陸する。

 飛空機から下りた金髪の少女は、駐機場の隅に目をやった。真っ赤な大型飛空機。

 年代は古いが、ボディはピカピカと輝き、手入れは行き届いているようだった。

 金髪の少女は荷台の紐を解き、旅行鞄を持ち上げ、石畳の階段へと向かう。


 ※※※


 ──カフェ・ラヴィリンス。

 二階建て、白塗りの木造建築。手書きであろう看板といい、塗りむらのあるペンキといい、手作り感に溢れる外装。店内は暗く、クローズの札が下がっている。

 金髪の少女が引き返そうとすると、店の裏手から赤毛の少女が飛び出してきた。


「い、いらっしゃいませっ!」


 白を基調としたローブはやや着崩れており、高い位置で留められたポニーテールも、やや右にずれていたが、金髪の少女の視線は、彼女の胸に注がれていた。


「あなた、いくつ?」


「え? 十六ですけど……」


 金髪の少女は自分の胸を見る。……私も二年後には、ああなるのだろうか?

 胸はともかく、背は欲しいと思う。乗れる飛空機が限られてしまうから。


「下にあった赤いポメロ、あなたの?」


「はい! マッスルファイアー君です!」


「……マッスル、何?」


「マッスルファイアー君です!」


「……飛空機に、名前をつけてるの?」


「はい! あなたは、つけていないんですか?」


 名付けるのが当然と言わんばかりの勢いに、金髪の少女はたじろぐ。

 ……変わり者の鑑定師だとは、噂で聞いていたけれど。

 

「あなたが、アシュラ・シェラ・シュタイン?」


「あ、お師匠様のお客様でしたか! 私は弟子のアリッサ・リンドバーグです!」


「弟子? じゃあ、あなたもダンジョン鑑定師なの?」


「はい! ……といっても、まだ見習いですけどね!」


 はにかむアリッサ。そのはしばみ色の瞳が、金髪の少女の持つ鞄に向けられる。


「素敵な鞄ですね! なんだかこう、歴史を感じるというか……」


「古臭いってこと?」


「いやいやっ! そうじゃなくて……」


 金髪の少女は溜め息をつくと、閉ざされたままの扉に目をやった。

 アリッサは「あっ、いっけないっ!」と、扉の前へと走り、鍵を開けた。


「お客様、どうぞ店内へ!」


 アリッサが扉を引くと、来客を告げる鐘の音が鳴った。

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