第40話 七月二十一日、午前八時五十九分。+一周。

「……な、なんっていうか、久しぶり、って感じやな」

『馬鹿ですね。私と貴方にとっては一晩ぶりのはずですよ。』

 そうなのだけれどもね。いやね。挨拶代わりの軽いジョークといいますか、たわいのない雑談とでもいいますか、それを『馬鹿』とは些かヒドイんじゃなかろうか。いや、まぁ、今更なんですけれども。これが生意気ロリッ子に「ば〜か(はーと)」と罵られるのであればいざ知らず、幽霊っ子に言われてもな。

 ……いや、この身体を勘案すればロリッ子か。ロリッ子なのか。

 ……岸辺さんはロリッ子、だったのか。

 ……そうか、、、じゃあしゃあないか。

「……僕はね、お兄ちゃんだから人格否定をされても許すのです」

『後遺症でしょうか、冗談抜きで頭がおかしい発言をしていますよ。大丈夫ですか?』

 ……どうしましょう。真面目に心配されてしまいましたわ。とても辛い。大丈夫じゃないので、せめて軽く受け流してください。……ところで、彼女の言うところの『後遺症』とはなんのことだろう。彼女流のジョークにしては、なんだか真面目腐った言い回しというか、脈絡に合わない言い分だ。

「……いや、大丈夫だからね。見ての通り、ほら、ピンピンやから」

『大丈夫であればいいのですが。あれは、とてもじゃありませんが、』

「……ん、なんのことっすか?」

 ……なんだ、なんだ。会話が噛み合ってないぞ。

『覚えていないのですか?』

「……なにを?」

『昨晩、いえ、七月二十三日の貴方の最後の光景を。』

「……最後の、、、……え、なに言ってんの、岸辺さん?」


「……なんか、訳もわからず急にこうなったんじゃなかったん?……散歩に出かけていて、琵琶湖沿いの街道で、ダラダラだべりながら、……それ以降の記憶がぱったりとないんやけれど、もうしかしてその後になんかあったり、……僕、なんか忘れてたりするの?」


『そうですか。だったら、大丈夫です。』

「……なにが大丈夫なん?」

『貴方が恥ずかしいことを口走っていただけですから。』

 ……なん、だと。

 ……うん、だったら聞かないでおこう。なぜならば、それは恥ずかしいことだからだ。

 そんなことよりも腹が減った。

 よし、岸辺さんの金で飯を食わせてもらおうじゃないか。


――――――――――――


 煌々きらめく店内照明に豪奢風のメニュー一覧、その割にお手軽価格のファストフード店。

 流行りのJ-popを垂れ流しながら、僕は注文していたハンバーグにかぶりついた。

『行儀、悪いですよ。育ちが悪いのか、教養に疎いのか、どっちなのでしょうね。』

「……仕方ないやないか。本当に今日が七月二十一日っていうなら、これは一週間ぶりの食事になるわけやし」

 ……それに正直、この身体はよく食う方だし。

 まったく。胃袋に送られた栄養素はどこに行っているのやら。

『食い意地が張るって言葉、どうやら粗暴な所作を指す言葉のようですね。』

「……うるさいなぁ。そんなこと言ってるから成長期逃すんやで。……ごめんて」

 ナイフの切っ先がこちらに向きながら浮いてやがる。

 栄養云々はともかくカルシウム不足は確定じゃないか。牛乳を飲め。牛乳を。

『一度、情報を全て整理してみようと思います。』

 ハンバーグを頬張る僕の隣で会議を始めるか前の岸辺さん。「どうぞご自由に。僕はハンバーグと謎のシナジーがあるコーンをつまんでおきますので」って態度を察知したのであろう。『ただでさえ馬鹿なのだから、阿呆面を晒さないでくだい。』とのご忠言。いや、これ、君の顔なんですけど。


――――――――――――

 

『並べれば、『幽体化現象』、『人格代替現象』、『記憶喪失現象』、それに続いて『時間遡行現象』、おそらく他にも認知していない現象があると考えていいと思います。一貫性があるようには思えませんが、大元の原因を探るべきことは間違いないと思われます。異議は、――――――無いですね。』

『つまり、我々の取るべき行動は「個別の現象への対処」と「原因の究明」になります。』

『ただ、事実確認として『時間遡行現象』に関しては熟慮が必要でしょう。』

『なぜ、私と貴方だけは記憶を引き継げているのか。』

『他に、記憶を引き継げている人物は存在しないのか。』

『思えば、聞きそびれていましたが、貴方が起床した時刻は、――――――そうですか、見忘れていましたか。ともかく今朝と。であれば再び入れ違いでしたね。どうやら私は貴方よりも少し遅い時刻に意識が覚醒するようです。七月二十一日から同月七月二十三日の間、私たちは遡行を繰り返しています。』


――――――――――――


「…………繰り返し、……んん?」

『どうかしたのですか?』

 ……いや、なんちゅーか、うーん。……まぁ、いいのか。

「……それよりも、『時間遡行現象』ってことで話は進んでいるみたいやけど、検証した方がええんとちゃうかな、と。……ほら、確かに日付だけ見れば繰り返しなんやけど、ほんまに全部おんなじように繰り返すもんなんかな。バタフライエフェクトっていうか。それ以外にも普通に違うことあるかもやし」

『それもそうですね。なんだか馬鹿が馬鹿じゃないのように見えます。これも変化ですね。』

 あらあら、そんな貴方は変化がないようで。

 しっかし、検証と言っても二十一日になんかあったっけかな。

 …………あ、あるじゃないか。前代未聞の我が校での大事件が。

「……岸辺さん。確認したいことがあるんやけど、ええかな?」

『どうしたのですか。改まって?』

「……もう一回確認したいんやけど、『時間遡行現象』って時間の巻き戻しやんな?……四次元的な現象で解釈が追いついてないんやけど、ひとまず同じ『日』に同じ『事』が起これば繰り返し性があると断言してしまってええと思うんよ。教室でちょっと一端を垣間見たんやけど、もっとわかりやすい例が欲しい」

『そうですね。馬鹿にしては真っ当な意見です。で、その例に心当たりが?』

 どうしてそう上から目線なのか。お母さんか。君は僕のお母さんなのか。

「……そういえば、大事件が一つあったんや。二十一日、午後十一時頃、」

 あれは警察沙汰の事件だ。『例』としちゃ最高じゃなかろうか。

 別に解決してやる気はあんまりないが、得意げに、さながら事件の匂いを嗅ぎつけた探偵気取り風に指を一本突き出してみせ、


「……窓破事件、その真相と共に見てみたいと思うのだよ!」


 丁度お冷の追加を持ってきてくれていた店員さんに訝しげな視線を送られながら、僕はふんすと鼻を鳴らせてみせる。

 我ながら、もう少し、恥を忍ぶべきだろうと思った。 

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