高校・インハイ地区予選前夜編

第19Q 戦いは、まだ終わらない

第19Q 戦いは、まだ終わらない

 決勝戦。梅が枝高校と水咲高校がぶつかり、熾烈な戦いが行われると、ある程度各高校の実力を知っている者たちは予想していただろう。


 いや、そうであってほしいと願っていた。


 だが実際。水咲高校は接戦どころか大きく点差を離され、地区予選2位で終わった。


 とはいえ1位ではないが、県予選に進むことができる。だがしかし、今現在の練習中でも、試合に出ていた選手達の顔には喜びの色は見られない。


 そう、あれは数日前の地区予選の日だ。


――――――


「ありがとうございましたァ!」


 選手10人。合唱のようなハモリとは程遠い力強い声が体育館に反響する。その後、パチパチと会場から拍手の音が耳に入る。


 自身の所属している高校のベンチを見てみると、肩を落としている姿。まあそれもそうだよなと、俺はスコアボードに視線を移す。



 水咲  梅が枝

 53   73



 2階の観客席から立ち上がって試合の行く先を見ていたとはいえ、点数を改めて確認すると負けたことを実感した。ダブルスコアにはならなかったのが幸いまだ良かった点だろう。しかし20点差というのは、プロの試合でも1Qクオーター分残っていたとしてもひっくり返すのはなかなか難しいどころか厳しい。だからこそ4Qクオーター時点で20点前後の点差があれば、余程の事がない限り安全圏と言われるのだ。


「やっぱり、勝てなかったな水咲」

「だな。てか相手2mいるじゃん。普通にやっても勝てねぇって」


 そう笑いながら、観客席にいる何処かの誰かがそう言っている言葉が刃のように突き刺さる。手すりに磁石のようにくっつけた両腕に凭れ掛かる。全身に鉛が載っているかのような重さをひしひしと感じた。


 バスケットボールにおいて身長は大きなアドバンテージを持つ。なんなら、高さのスポーツだから身長がものを言うとも悔しいが言われることもある。そりゃそうだ、仮に2mの人間と160㎝人間を横に比べてみろ。40㎝も差がある。それに加えてジャンプや腕の長さなど、明らかに長身の方が有利なのだ。


 その言葉を現実に表現したかのような、あの40分間。水咲高校は、なすすべもなく試合は進み、2mという暴力に近い身長の理不尽さを俺たちは目にしたのだ。



――――――



 とはいえ、まだなのだ。2週間後には県大会が始まる。その県の壁を越えた先には全国と。むしろ今までが前哨戦、これからが本番に近いかもしれない。否、確実に本番だろう。それを皆理解しているのか、ここ数日の練習中の空気は地区予選前より少しずつ重たい空気となっており、どことなく身体中を蝕んでいくような感覚に陥る。



 なにせ、県からは地区よりもはるかに強い相手と対峙する。場合によっては2回戦からは県ベスト4のどこかとチームと当たる可能性もある。地区相手でも20点差を付けられている水咲高校の選手にとって今の状況は……。



 ――心、ここにあらず。



 その言葉に近いかもしれない。


 3人で行うスリーメンも全体的にパスミス、ガコンとリズムゲームかのように半分以上のシュートが外れる。パスミス、シュートを外すその度に連帯責任でもう一度行うため、それをほとんどの部員が1往復ではなく2往復以上コートを走り回るといった地獄のスリーメンとなっていた。



 練習1つ1つにしても、ふわっとしていて地に足が付いていない。そして何往復もするものだから、顔を歪めながら走る者がほとんど。


「気を抜くなよー! シュート決めろ!」

「スンマセン!!」


 まあこう言っている俺もレイアップシュートを外している、その1人なわけで……。本調子には程遠い。


 だからこそ、男子バスケ部が練習しているとき。体育館には何度も手を叩く音と、ある人の怒号に近い声音が聞こえるのだ。


「そこ! 足動かせ!」

「ボール止めんな!」

「パスも雑にやるな、シュートも最後まで気を抜くなよ!」

 

 監督である桐谷先生やコーチの桝田さんの声ではない。その声の主は、須田さんだ。普段のほわっとした主将という肩書きとは程遠い雰囲気を見せる彼だが部活となるとリーダーシップを遺憾なく発揮している。監督が体育館にはいないのもあり、存在感は増しに増していた。


 桐谷先生は誰かから連絡が来たらしく外で電話している。10分も前に退席しているが、長電話らしく未だに帰ってこない状況だ。普段であればあれこれ言っているはずの桝田さん自身は、体育館にいるものの手を腰に当てながら練習を見守る姿勢らしく何も言ってこない。


 俺の記憶が正しければ半年前の練習見てもらったときシュートを外す度に桝田さんから物凄くネチネチと詰められた記憶しかないんだが?


 少し不気味だ。


「ラストォ!」とその一言で俺と石橋と高橋、その3人が前に出てスリーメンを始める。俺の定位置だとシュートを打つことは分かっていたが、貰ったパスを少しファンブルしてしまった。


 何とか手にボールを収めることはできたが、普段なら2歩の距離を1歩大きく脚を広げてしまう。明らかに2歩目は距離的にゴール真下まで行ってしまうと察した俺は、シュート体勢に入った。

 

「あっやべ」

 

 口から自然と零れた声音と共に、ボールはリングに嫌われたのを横目にスピードを落とせなかった俺はコート外まで走った。


「ラストォ!!」


 すぐさま先輩達から圧のある声を背後に背負い、もう一度スリーメンを始める。


 こうした1つ1つのミスでも、中学時代であれば「何やってんだよー」と笑いが飛んでいたような状況下だった。それがこの高校に入ってからは今まで以上にキツイ練習量だが、こういう真剣に取り組める環境で練習を出来るのはありがたいと思う。勿論、良い意味でだ。


 とはいえ、こんなふうに過去を少し振り返っていてもシュートミスをした事実は変わらない。本当に俺が悪いんですけど、やっぱり何重ものの背中の視線が怖いです。


 パスを数度行う間、プレッシャーに耐えるためにワザと頬を膨らませるも、ヒヤリと何かが顎に伝う。

 

 次は何とかミスなく終わらせ、「休憩ーー!」と声をかける主将の須田さんの声。ほとんどの部員が声を揃えて「やっと終わったぁ」と風に舞う紙っぺらのようにぺにょんと体育館の床に倒れ込む。


「いや、きっっっっつ……」


 身体が限界に達していたようで膝の力が抜け、床に座り込む。そんな中、物凄く誰かから見られているように感じた俺は首を油が指していないロボットのように視線の主の方に向けた。


「ヒッ」

 

 視線の主は見知った存在の桝田さんだったが、普通に睨まれました。


 しかも腕を組みながら目を細めて、ずーっとこちらを見ている様子を見て俺は、身の毛がよだつほど恐怖だった去年の地獄のシューティング練習のときの鬼の桝田さんを思い出してしまった。

 


――――――



「シュートフォーム雑! 疲れてる時でもちゃんと最後まで手先まで意識してやれ!」



「どんなときでもドフリーのレイアップだけは外すなよ。外した瞬間お前をヘボシューターって言うからな」


 

――――――


 以上、経験上鬼の桝田コーチから貰ったお言葉である。

 

 特にヘボシューターと言ったときなんて、とても桝田選手ファンの方々に見せることができないほど、スン……と表情というものが抜け落ちていて恐怖でしかなかった。

 

 いや分かります、分かってますよ。あれは決めなきゃいけないってことは。しかもドフリーのレイアップを外しましたもんね、ヘボシューターですみませんね!


 

「地獄だ……地獄でしかない……」 

「ふふっ……前世はモップだったのかもしれん」

「決め台詞みたいに言ってるけど、クソダセェぞ前岡ァ」

「そういうコタも」


 

 近くの床に寝転びながらそう言い合っているのは、高橋と前岡だ。ちなみに高橋の名前が虎太郎らしいが、へたり込んでいる姿は虎よりもどちらかといったら猫のする香箱座りに近い。


「圧倒的無理オブ無理」

「辛い辛い辛い」

「地獄のスリーメンは地獄でしかない」

 

「おいこいつら脳みそやられてるぞ」


 よく固まって動いているのもあって、バスケ部内では白橋組と言われている2年生3人組の様子を見て安藤さんが思わずツッコミを入れる。


 内訳としては、白橋組筆頭の現在スタメンの1人であるチャラ男系男子な白橋さん、190㎝と長身で七三分けの黒髪と真面目そうな見た目の癖して馬鹿らしい(by安藤さん)な江端えばたさん。


 あと藤戸ふじとさんである。

 

「おい! 脳内で考えていること駄々洩れだし、先輩の俺に対して扱い雑じゃね!?」

「えっ」

「えっ……じゃねーーーよぉ! 一応俺も2年なんだけどぉ!!」

「だっていつも端にいるじゃないですか、藤戸さん」

「そりゃ3人組なら端にいるでしょ!?」

「……そりゃそうか」

「納得して終わりにすな」

 

「それぐらい騒げるなら5VS5ゴーゴーやるぞー」


 気が付けば戻ってきていた手を何度も叩きながらそう言う桐谷先生。


「関東大会の県予選が終わったら、すぐにインハイの地区予選だからなー! 気を抜くなよー!」

 

 戦いは終わらない。試合以外でも戦いはまだある。


 そう。




 ――スタメンの座をかけての戦いである。

 

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