☆第18.5Q ある者たちの会話

「地区予選のレベルじゃねえな、今年もあの2校は」

「はーー、凄いですね本当……」

「だろう? どうだ、久しぶりの高校バスケ観戦。良い記事が書けそうか?」

「先輩本当にありがとうございます」

「まあまあ、俺の子供の学校がこっちだからさ。見に来ようって思ってたわけだし別にいいよ。というか、高岡。お前がまさかWeb記事とは言え、記者とはな」

「それはまあ色々あったんですよ……」


 肩を落としながら自身の肘を少し摩る高岡と呼ばれた男性に対し、先輩と呼ばれていた男性は少し笑いながら「まあ詳しくは聞かないけどな」と言う。


「で、どうだ。実際見てみて。まあ地区予選とはいえ、最近の学生のレベル高いだろ」

「そうですね。僕の学生の頃に比べると、ここ最近の国内スポーツの成長は著しいですね。野球、サッカー、色んなスポーツで世界と渡り合える国内の選手が増えてきている。――勿論バスケも」

「そうだなァ……。特に数年前にNBA入りした選手が今じゃスタメン。他にもオーストラリアやヨーロッパ、アジアだと韓国とか国外に出る選手も増えてきた。憧れのアメリカの有名バスケリーグ、NBAに挑戦しようとして何人もの日本人が挫折してきた壁を今の若者たちが乗り越え始めてきている」


「うちの息子も将来の夢はバスケ選手って言っているしな、本気で目指しているなら少しでも力になりてえのが親ってもんよ」

「へえ、息子さんバスケやってるんですね」

「そうそう、気が付けばバスケやってたわ」

「知りませんけど、多分先輩の血が強いんじゃないですか」

「おい」


 真顔でそう言う高岡に対し、先輩と呼ばれている男性であるくすのきは睨むような視線を高岡に向ける。しかし、高岡は見えないふりして手元のタブレット端末を素早く動かしていた。その様子はいつもの事だしな、と諦めて元々の話題について口を開く。


「梅が枝は、毎年いい選手を見つけるのが上手い。今回だと、5番の彼。丹上たんじょう君は確か……、そう身長が2メートルジャスト。あの身長を跳ね除けてリバウンドをするのは至難の業だろうな」

「だが、それ以上に今年も注目を浴びそうなチームが水咲高校ってわけですか。見た感じ、絶対的エースはいないものの、全員で走る速いバスケスタイル」

「いやまあエースみたいな子はいたんだけど、何でか今日はいないんだよなあ……」

「怪我とかですかね?」

「さあな、まあスポーツやっていく上で怪我は付き物だしな。その可能性は無くも無いしな。まあ話は戻すけど、全員で走って点を取り、全員で守る。いわば『全員バスケ』って言葉が近い。最近だと『アンセルフィッシュ』ともいうかもだけど。それを移動する各高校で体現するのが、あの桝田監督の求めているバスケってわけ」

「桐谷監督は、息子さんか誰かがプロじゃなかったでしたっけ」

「ああ、桝田一颯か。良い選手だったよ、――まあ色々あったとはいえ」


 その後会話が続くことなく耳から聞こえるのは、バックボードにボールが当たる鈍い音。バッシュのスキール音。ドリブルの音。アップをする選手たちの掛け声。監督やコーチが声を荒げるとまではいかないが大きな声で指示を出したりする声である。


 空気を何とかしよう、とは考えてはいないが話題を変えようと、高岡はくすのきに対してふと思っていた疑問を投げかけた。


「ところで、先輩の息子さん今日試合出るんですか?」

「ああ、そう聞いている……はず」

「えっ何そんな自信なさげに言うんですか」

「言っていたような気がするんだよなァ……」

「全く……。息子さん、所属している高校どこですか。調べますよ」

千歳緑ちとせみどり大学高校だな」

「……ん?? すみません、もう一度言ってもらえません?」

千歳緑ちとせみどり


「あの、先輩。言いづらいんですけど



――千歳緑ちとせみどり地区予選出ませんよ」


「エッ」


「いやだって、去年やった新人戦千歳緑ちとせみどり県ベスト4じゃないっすか。茨城の場合だと、県ベスト8なら確か地区予選はパスして県大会からですよ」

「エッッ」


 高岡の視線は手元にあるタブレット端末から動くことなく、指先は素早く動かされており、それを見た人間がいれば指が残像のように見えたと証言する者がいただろう。だが、見ていたとしても先輩の男性だけであり、その男性は視線を床に落として、如何にも落ち込んでいる様子だ。


「まあとりあえず今日はいいんじゃないですか?」

「もう来ちゃったもんは仕方ないけどさぁ……」


 立ち直る気配が見られない先輩。なんなら頭にはキノコが生えてきているような幻覚さえ見えてきた、高岡はため息を吐きながら「先輩」と強めの口調で言う。それにビクッと肩があがるのはくすのきだ。


「てかちゃんと息子さんの会話聞いてあげてくださいよ、どうせアンタのことだから何かしながら聞き流してたんでしょ」

「ぐぅ」

「ぐうの音が出てしまった。お、試合始まるらしいですよ」

「まあここまで来ちゃったら最後まで見ようかな」


 梅が枝高校の試合が始まる中、隣のコートではアップをする水咲高校。そのゴール下で選手に声をかけながらボールを渡す人に視線が止まる。


「は?」

「どうしたんです、先輩」

「いや、何でも……」


 何でも、とはいったがくすのき自身趣味で国内のプロリーグを見に行くぐらいの人間だ。つまり、ある程度の選手に対しての知識を持ち備えているといっていい。その瞳の先に映る姿は先ほど一瞬話題に出ていた人物であり、2年前に現役した人間だった。


「桝田一颯……?」

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