夏の魔物


1238年6月27日――アキラ・スタンダードギルド設立から二日後の今日の昼に、俺とトルン領主の三女であるオルガ・クレメンスとの結婚式が行われる。そしてオルガはその結婚式の半年後に正式に俺のもとに嫁ぐことになる。


「それではアキラ様、マリアをよろしくお願いいたします」


結婚式前日、俺はトルンに行く前に東の村に立ち寄ってヤロスワフと別れた。彼には開拓村での村長の役目がある。公都に移住することを決めた以上、彼にいつまでも頼る訳にはいかない。


「俺が居なくなったらバブルがなくなって、みんなに迷惑かけるかもしれん。村に来るする商人の需要を期待して、食糧や物品を買い足している人が居たら、止めてくれ」


「その心配には及びませんよ。あなたのおかげでこの村は税を納めなくてもよくなりました。その話が広まれば次第にこの村への移住者も多くなるでしょう」


あっそうか。そういうこともあるのか。こりゃ一本取られましたわ。

ていうか経済学の無いこの時代に、経済特区の利点を理解してるとか、ヤロスワフ有能過ぎだろ!!


「はは、確かにそうだな。じゃあまたな、子供が生まれたらまた来る!」


「ええ、お待ちしております」


頭を軽く下げ、ヤロスワフは手を振りながら俺を見送ってくれた。

その小さな手が見えなくなるまで、俺も体を後ろに向けながら手を振り続けた。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「貴方は夫を愛し、家庭を愛することを神に誓いますか?」


「……誓います」


「貴方は妻を愛し、家庭を守ることを神に誓いますか?」


「はい、誓います」


「今この瞬間、二人の神との契約は満たされた。新たな夫婦の誕生にどうか祝福が有らんことを」


神父の言葉を最後に、教会の塔にある鐘の音が三回聞こえた。


その音を合図に、俺とオルガの後ろで席に座っていた大人たちが立ち上がり、教会のホールに拍手が鳴り響く。


腕を組んで、教会の外へと歩いて行く俺たちの両側を囲むのは、オルガの父であるブラニツキにその第二婦人であるカロリーナ。


そして半年後にオルガの侍女として俺の下に来る一つ上のモニカと、妹のエミリア。

さらにブラニツキの一人息子である12歳のゴードドン。そしてビドゴシュチへ嫁いだ長女のゾフィアと、嫁ぎ先であるビドゴシュチ領主からの代理人。


そしてブラニツキの直臣である家令や騎士の皆様方。さらに教会を出れば百人以上の召使が笑みと拍手、そしてバラの花を俺たちに振りまいてくれた。


新たな夫婦の門出――トルン領主クレメンス家とタタール人である明金家との氏族同盟に、トルンのみんなが祝福をしている。



――たった一人、その政略結婚の犠牲者となった少女を除いて。


口角を上げながら、降りしきる薔薇の絨毯を力強く踏みしめた少女は、男と共に城へと向かう馬車へ乗り込んだ。






遠くから酒におぼれた男たちの下賤な笑いが聞こえる。

光の無い、藁だけの小さな寝室の中で、その笑い声だけがいつまでも耳に残っていた。


その日――青年は真実の愛を知ったのだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界に転移した俺氏、スキル魔物召喚が「馬」だけだった件 僕は人間の屑です @katouzyunsan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ