市場調査とビジネス②


「うん、うめぇな」


俺は持ち出された料理の数々を次々に胃袋に収めていく。

香辛料がふんだんに使われた牛ステーキにラム肉のソテー、カボチャのクリームスープ、オニオンフライ、イワシとイチジクのパイ、7種のチーズシチュー……。


肉料理だけで12種、スープで8種、惣菜で15種、デザートやフルーツで20種の3人前が空になった皿と交換されて行く。そのあまりにも冒涜的で怠惰に熱心な姿は、まるでベルトコンベヤーから焼却炉に放り込まれる産業廃棄物のごとくである。


まわりの宮廷貴族や大商人も口をポカーンと開けながら、自分たちが手に取るナイフを止めていた。


「はは、随分と美味しそうに食べますな」


最後のデザートを口に使用した瞬間、貴族の礼服を着た男が話しかけて来た。


「ん?ぬあ?ぁあ……あなたは昼の……」



あれ?誰だっけ。たしか昼の叙任式後に会話した人の中にいた気がする。

やばい、自分から話しかけたくせに名前忘れちゃった。

えーと…‥‥あぁ無理だ、あとちょっとで出そうなのに、まるで便秘だな。



「アルベルトですよ。2時間ぶりですなアキラ殿」


「ああ!財務長官様!これは申し訳ありません」


この人は貴族階級では俺より一個上の男爵である。この地位で財務長官に就任するとはかなりの才能があるのだろう。聞いたところ俺と同じ商人の出のようだ。

そんなこともあってか、タタール人の俺に気さくに話しかけてくれた数少ない人物の一人だ。そんな人の名前を忘れるとは…まったくもってプンプン丸だよ。


俺は謝罪しながら席を立とうとするとアルベルトは手を前に出し俺を制止した。


「食事を楽しんでいるところを話しかけたのは私の方だ」


「そうですか……それはお気遣い感謝いたします」


「うむ、素直な事はよろしい」


アルベルトは貴族らしく勿体ぶってゆっくりとうなずいた。


「それで財務長官様はなにようで」


「実はパグログから君のことを聞いてな、ここに来るだろうと待っていた。タタールの生活や風習について聞きたくてな」


あぁ、つまりは聞き取り調査ってことね。そりゃタタールのこと知ってるの俺ぐらいだもんな。って言っても地球時代にパソコンで調べた程度の知識しかないけど。


「それならいくらでもお話ししますよ、ただ私からもお願いが」


「なんだね?未来の宰相殿」


「その件なんですが、今のうちにこの公国やクラクフの経済や産業についていろいろと情報を集めてまして……」


「なるほど、そのことなら財務長官である私がぴったりだな」


「はい、どうかご教授願えませんかね?」


「そう畏まる事はない。私も君から情報を得れるのだから」


それにもと平民同士だしな、と軽口を叩きながら俺の対面に座ったアルベルトから、街の主要産業について聞いて行った。そして俺も知る限りのタタールについての情報を伝えていく。


「神経毒をもつ植物を使った毒ガスに、一撃離脱の安息式射法……騎兵のくせに攻城兵器までも使うのか……」


「はい、騎士のように名誉のために戦うのではなく、タタール軍は勝つため、敵を殺すために戦います。奴らは勝つことのに貪欲です。そのために征服した土地の技術者でも、なんでも使います。破壊しかできない蛮族と侮ってはいけません。むしろなにも持たない蛮族だからこそ、乾ききったスポンジのように使えるものはなんでも吸収します」


「アキラ殿もそのうちの一人であった言ったな」


「はい、先程の面会式ではお話しませんでしたが、私は再生というスキルも持っているのです」


「なんだと⁉」


俺の言葉にアルベルトは非常に驚いた顔を浮かべた。まわりで聞き耳を立てていた貴族たちも同じ顔をしている。


「ほら、こんなふうに」


そういって俺はナイフで腕に薄い傷口を作った。

その傷口は2秒もかからずにふさがれていく。


「ばかな……」


「私の父は私を生まれながらのホモンクルスと呼んでいました」


「生まれながら……まさか殿下と同じ祝福されし者か」


アルベルトが言った祝福されし者っていうのは、生まれた時からスキルを保有している者たちのことね。公爵殿下は「毒無効」というスキル持ちらしい。

毒殺が効かないんだから、そりゃあんな強権ムーブかませるよ。俺も再生のスキルなかったらここまで堂々と表に出れないし。


「…‥‥いや殿下とは違います。私の父は偉大な魔術師でしたが、妻との間に子が出来なかったのです。それもなんども妻を替えても無理だったとか。」


「まさか……それでお主を造り上げたというのか⁉」


「えぇ……理由は分かりませんが父は人造人間の作り方を知っていた。なんでもホモンクルスの製造には人間の血液が必要らしいです。そして父はどうしても血のつながった子が欲しかった……」


「親戚から養子を貰えばいい話ではないか……まさかそんなことで……」


アルベルトがホモンクルスに動揺するのも訳がある。なぜなら人造人間の製造は古今東西禁術として扱われてきたからだ。寿命は1000年以上、どんなに殺しても殺しつくせない。そんな存在が反乱でも企てたら、権力者にとってみれば恐怖でしかないだろう。しかもある条件をそろえばホモンクルスは増殖するらしいではないか。

これは異世界に飛ばされて初日に知った情報だが、この世界に住民に知られていない。ホモンクルス自体がこれまで3体しか確認されていないからな。その全員が時の権力者に捕まり、三日三晩鎖でぐるぐる巻きに柱に固定され、栄養失調で死んだらしい。三日ご飯抜きで死んじゃうんだって…‥‥怖すぎ。


だから出来るだけホモンクルスであることはばらしたくなかったんだよね。

でもトルンの処刑のせいで、噂がクラクフ全土に広まるのは時間の問題だし。

ドラキュラとか余計な噂が立つ前に、いっそのこと広めちゃおうかなって。

あの殿下なら、俺が利用価値があるうちは生かしてくれるだろうと言う希望的観測だけど。もし無理なら、三万体の馬を街中に特攻させ、混乱している内に逃げようかな。


「タタールの皇帝はそんな私を戦場の最前線にたたせ、何百回も私は敵の矢で貫かれてきました。挙句に私が戦場で戦っている間、私の大事な馬すら私物化していたのですよ?ひどい話でしょ?いやむしろバケモノらしい人生ですかね?」


いけ!頼む!俺の同情を買ってくれ!今ならいくらでもあげちゃうよ!!


「それは……アキラ殿がこの地に逃れて来たのも分かる。私がもし君と同じ立場でもそうするだろう」


まいどあり!!

いや本当に優しすぎるっぴ!

こいつはガチで味方につけないとね。


「そう言ってくれると私もうれしいです……さて、女々しい話は終わりにしましょうか」


「そうだな、君の大切なアイスも溶けてしまったし」



え?

あっ本当だ……まぁでも、いっか。

知りたい事も知れたし。


溶けたアイスの汁をすすった俺は、呆然と天井を見つめていた店主の手元に代金を握らせると、ヤロスワフとマリアを連れて、次の目的地へ歩き出した。


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