第一印象最悪


30000以上に及ぶ馬の大群。それを率いる俺たちは時速約10km/hで行軍していた。今回の目的はこの馬たちをクラクフの住民に見せつけることだ。だから直ぐに公都にたどり着いても意味ないの。だがあまりノロノロ動いていても向こう側が戦力整えちゃうだろうし、向こうがこちらに敵対する事も考えて、遅くもなく早くない速度で進むしかない。ここから公都までの距離は約30km。三時間も有れば到着する。

途中、近くのが街道を進む商人や村人が慌てたようにクラクフの方へと逃げだしていくのがちらほら見えた。きっと彼らが俺たちの存在を知らせてくれるだろう。

彼らが急いでも、クラクフへ着くころには俺たちは20kmは進んでいる。

当然、クラクフの政府は状況を確かめるため偵察部隊を出すはずだ。そして彼らがこちらに接触し、情報を持ち帰るころには俺たちもクラクフへ到着している。

急ぎ過ぎても、いきなり現れた馬の軍団にクラクフは混乱するだろう。だが時間を与え過ぎてはこちらの主導権を失う。混乱による向こうとの偶発的衝突をさけつつ、敵に考えさせないようにする時間。それでいて俺たちが「軍」ではなく、ただ馬を引き連れているだけだと理解してもらうための時間。そのための速度だ。


俺たちがクラクフへ進軍を開始して1時間は経過しただろうか。公爵軍の先見隊がこちらのほうへ馬を走らせてきた。


お互いの顔のシルエットがぼんやりとわかる距離で向こうが止まった。恐らく俺たちが弓を持っていると思っているのだろう。だから俺たちも止まった。先見隊は俺たちが進軍を停止したことに戸惑っているようだ。


俺はマリアから旗を貰うと、3人だけで先見隊の方へ馬を進ませる。


「なんだあの飛んでるのは…」


「ぐっ…グリフォンか!?隊長!!」


「分かってる……待て!!馬を止めろ!!名と目的を述べよ!!」


30騎程の小部隊の先頭に立つ男が俺の方を見ながら手を前に出した。いつぞやに同じ言葉を聞いた気がする。少しでもこちらに敵対の意思がないことを示すため、俺は素直に馬を止めた。


「私はマンチュリ族の王子!!明金昭だ。目的は貴殿らとの友好である!!」


俺はそう胸を張りながらどうどうと宣言した。


「先に言っておく、降伏はしない」


どうやら友好を、騎馬民族なりの降伏勧告と受け取ったらしい。完全に警戒しているが、鎌倉幕府への対応を見るに間違いでもない。


「知っている、当然だろう」


俺は男の言葉にうなずく。

すると後ろの騎馬兵が俺の両脇にいるマリアとヤロスワフを見て狼狽えはじめた。


「なぜクラクフ人がタタール人といる!?」

「人質か?」

「先程逃げてきたヤスナフ村の農奴かもしれん」

「スラブだけでなく遂にここにまで…」

「だか早すぎる…あの報せが来てまだ一週間程だぞ」

「だかあの空を飛んでいるモンスターが入れば…」


隊員たちはこの異様な三人組に有りもしない疑いをかけていく。いくつかの者は訝しみ、またいくつかの者は、神聖なる神の土地を汚す蛮族を睨みつけた。


場の空気が張り詰めていくのが感じられる。


「お前たち、よく上を見ろ」


隊長が指をさす方向には俺が掲げる十字教の旗があった。隊員たちはあっと口を開けながら、30の目線が俺の顔と旗を行ったり来たりしている。


「クラクフ人を連れてクラクフ語を話し、目的は友好?おまけに十字教徒だと?なんの冗談だ」


鋭い目線でこちらを見つめる隊長も、内心かなり混乱してらっしゃるようだ。


「残念ながら私は本気だ。そして私はタタール人に侵略され服属していた部族の王子。そして今はトルン伯爵に保護され、マゾフィシュ公国との国境沿いにある東の村で商人をしている。今日は自慢の商品を持ってきた。公爵閣下にぜひお会いしたい」


そう言いながら俺は懐から取り出したトルン伯爵の推薦状を手渡した。


「中身は見てもらっても構わん」


そういうと隊長は丁寧に包み紙から手紙を取り出すと中身を確認していく。


『背景、親愛なる公爵殿下へ。


このアキラなる者、東からの来た異邦人なれど、この地の言葉を解し、深い知量をもち、大変聡明であります。誇り高き貴人であり、高い魔力を持つ召喚士にて、また公明公正な商人でもあります。大変優秀な馬のモンスターを使役しており、その馬は人語を理解し、一日に数千キロを踏破する足を持っております。殿下にぜひお目にかかりたいとのことで、どうぞよしなしにお願いします。


殿下第一の忠臣にてトルン領主。ヤン・クレメンス・ブラニツキより』



手紙を読んだ隊長の男は、内心毒づいていた。

なにが忠臣だ。5年前の統一戦争で、北部の貴族は一人も兵をよこさなかったというのに。


隊長は一通り手紙の中身を確認したのか、俺の方へ顔を向ける。その瞳はさきほどのものと比べれば、まだ温かみがあった。


「包み紙の印章はトルン伯爵のもので間違いない。筆跡も此の地の貴族特有のものだ。全てにおいて信じられないが…なるほど、後ろの方で控えてる大群がその商品か」


「そうだ。この距離だと見えにくいと思うがあれば騎兵ではない。人は私達の3人だけ。あれは私が召喚した馬型のモンスターだ。トルンの町に行ったとき、行商人が街角で商品の宣伝パフォーマンスをしてるのを見たんでな」


「それを参考にしたと?馬鹿げてる」


「でもこれを見るに効果覿面だろ?あの商人もやたらと大げさな身振り手振りで住民の気を引いていたからな」


俺の開き直った言い方に隊長の男は眉間にしわを寄せた。


「それにしては大げさすぎるな。貴様のせいでいまクラクフは大混乱だ。周辺の村々からもこの大群を恐れて逃げ出した農奴たちが都市に雪崩込んで来ている。みな有りもしない噂を立て市中は混乱の荒らした。ここへ行くときにも早速商人たちが、家財を纏めて南に逃げていくのを何度も見た」


男の視線はお前のせいだと俺を責め立てるようであった。悪いとは思ってる。ほんとに、でも後悔も反省もしません。仕方がなかったんだもん。文句はタタール人に言ってください!!俺は日本人だぞ!!ふざけんなよ!!


「それはなんとも薄情な商人たちであるな。愛に溢れる公明公正な私ならば敵に打ち勝つため、財貨のすべてを公爵に低金利でお貸しするだろうに」


「普通に町に入り、門の衛士に手紙を渡すだけで良かったはずだ。なぜこんなことをする?目的は何だ?」


「武力と外交は切っても切れない関係にある。それは商売においても同じことよ。力のないものは上手いように使い潰されるだけだ。そして目的は先程に言った通り、友好と商売だ」


「………なるほどな、トルン伯爵が言う聡明な商人とやらは本当のようらしい。手紙だけは渡してやる。だかお前が殿下に会えるかは殿下が決めることだ。それまでは詰め所で監禁させてもらうぞ」


「うむ…分かった。だか三万の馬が入る詰め所はあるまい。そちらのために減らしておこう」


俺は後ろを振り返ると、自分たちが乗る馬以外を消した。


騎士たちの狼狽える声。背中には彼らの視線が痛いほど突き刺さっている。

そんななか、隊長は俺の方を冷静に見つめていた。


「いくら高い魔力を持つといっても、一度に三万のモンスターを召喚できる魔法使いなどいない……召喚したモンスターは生物に似て生物に非ずと聞く………今のはアイテムボックスだな?」


「御名答。公爵殿下に会えたら言っておこう。そちらの警備隊隊長は非常に聡明なる軍人であると」


「はっそうかい、ならアンタが閣下に会えることを神に祈っとくよ」


隊長は皮肉めいた顔をしながら、俺の返しを受け流すと、部隊に俺たちを囲むように指示を出していく。そして俺たちは警備隊に連行されながらクラクフへとたどり着くのであった。


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