第8話 ドキドキするところですっ♡

 ドキドキ……。


 ……さっきから、胸の高鳴りが止まらない……っ。


 ドキドキ……。


 いっ、一応、出かける前に何度も身だしなみは確認したし……大丈夫だよな……?


 私服で会うのは初めてだから、変に思われないか不安ではある。


(こんなことなら、服を新調しておけばよかった……っ)


 そんなことを考えている間に、待ち合わせ場所である駅前の噴水広場へとやってきた。


(どこだ……?)


 今日は休日ということもあって、家族連れが多いようだ。


「ママーっ! はーやーくーーーっ♪」

「走ったらまた転ぶわよー」


 近くから聞こえてくる、母と子の会話。


(……いつか、凛々葉ちゃんも……)


 頭の中では、赤ちゃんを慈しむ顔で抱き抱える彼女の絵が浮かんでいた。


(……ハッ! こんなことを考えている場合じゃ…――あ)


 慌てて広場を見渡すと、ベンチにちょこんと座る彼女を見つけた。


(やっぱり、遠くから見ても凛々葉ちゃんは可愛い――)


 初めて彼女の私服姿が見られたと言うのに、素直に喜べない自分がここにいた。


「………………」

 

 彼女が、やや俯きながらぼーっと地面を見つめていたからだ。


(凛々葉ちゃん……なにあったのか……?)


 はたから見ても、こっちが心配になってくるほどだった。


「……っ。り……凛々葉ちゃん」

「あ、せんぱい」

「ごめん、待たせちゃったかな?」

「いえっ、わたしも今来たところです」


 そう言ってベンチから立つと、お尻をポンポンとしてから体をこっちに向けた。


「どうしたの? もしかして、どこか体の具合でも……」

「わたしはいつも通りですよっ。ところで、どうしてそう思ったんですか?」

「そ、それは……凛々葉ちゃんが、その……落ち込んでいるように見えたから……」


 それを聞いた彼女は一度頷くと、


「なるほど……。ねぇ、せんぱい」

「ん?」

「ちょっと……歩きませんか?」

「いいけど。……?」


 首を傾げる俺を見て、彼女は微笑みを浮かべた。




 それから広場を出ると、目的地を考えずに近くをブラブラすることにした。のだけど……


「………………」

「………………」


 うーん……なんとも話しかけづらい……。


 なにか、ガラッと空気を変えられる一言……なにかないかな……?


 頭に浮かんだ言葉を並べてみても、


『どうしたんだい? マイハニー♪』


 ピンッとくるものはなかった。


 はぁ……。


「そういえば……」


 すると、顔を俯かせていた凛々葉ちゃんが口開けた。


「さっき、知り合いが家に来ていると言っていましけど。出てきてよかったんですか?」

「!! いっ、いいんだよ!」


 凛々葉ちゃんが呼んでくれて、とても助かったんだからっ!


「……せんぱい、すごい汗ですよ?」

「え?」


 額に手を当てたが、別に汗はかいていなかった。


「ふふっ。その動揺っぷり、なにかあったんですねっ?」


 まさか、今のはワザと言ったのか……!?


「……いや、なんでも……ないよっ?」

「……はぁ。なにかあったんですね」


 うっ……。


 全てお見通しということか。


「か、勘が鋭いんだね……」

「せんぱいがわかりやす過ぎるんです」

 

 ハッキリ言われてしまった……。


 どうしてこうも簡単に見抜かれるんだろう?


 前に未奈からも言われたことがあったし。


「わたしに隠しごとなんて百年早いですよ、せんぱいっ♡」


 隣でニコッと笑う彼女を見ていると、余計にさっきベンチに座っていたときのことが気になる。


「凛々葉ちゃ――」


 すると、彼女はふと立ち止まるなり顔をグッと近づけてきた。


「クンクン……っ」

「!? きゅ、急にどうしたの!?」


 いきなり匂いを嗅いできた!? もしかして、なにか匂うのか?


「あっ。これは……」

「? 凛々葉ちゃん、どうし――」




「女の匂い?」




 ――ギクッ。


「せんぱいから、わたしとは違う女の匂いがします!」

「…………」


 ま、まずい……っ。


 今度こそ、本当に汗をかいてしまいそうだ。別の意味で。


「じーーーーーっ」

「…………っ」


 上目遣いで見つめられたら、可愛すぎて悶えそうになるのだが、


「えーっと……」


 どうやら、その余裕はないらしい。


(い、言えない……)


 知り合いの内の一人が元カノで、ついさっきまで会っていたなんて……。


 それに……あんなに顔を近づけて……。


 もしかすると、リアルに『女の匂い』がついているのかもしれない。


「今日来た女の人は年上ですか? それとも年下ですか?」

「……ッ!? と……年下です……」


 もう女の人だと確定されたらしい。


としは?」

「……一つ下です……」

「ということは、わたしと同世代ということですね」


 この子、勘がいいにも程があるだろ!?


 すると、次の瞬間、彼女の目の色が変わった。


「せんぱ〜いっ♪ わたし~っ、その子のことが気になって夜しか寝られませーんっ♪」

「夜寝られるなら十分でしょ!」

「ええぇ〜。わたしこう見えて夜型なんですよーっ」

「そうだったの?」

「はいっ♪ おかげで授業中はぐっすり…――」

「寝たらダメだからねっ!?」

「まあ、冗談はこのくらいにして……っと」


 冗談だったの!?


「せんぱい。どんな子なのか、もっと、詳しく、教えてください……っ♪」


 表情だけじゃなく、テンションもコロコロ変わるのか。メモメモ……っと。


 じーーーーーっ。


「!! えっと……小さい頃、うちによく遊びに来てた子なんだけど……」


 彼女つぐみと初めて会ったのは、記憶にはないがお互いに赤ん坊のときらしい。


「はいはい。それで?」

「……ど、どちらかと言うと、おとなしい性格で……」

「へぇー」

「部屋の隅でいつも本を読んでて……」

「ふぅ~ん。せんぱい、知らないところでやることやってたんですねー」

「どういう意味かな……!?」


 この子は不意打ちの天才か……っ!?


「それにしても……妹系………………わたしと被るときましたか……」

「……凛々葉ちゃん?」


 こっちからは聞き取れない小さな声で、なにかを呟いていた。


 なにを言っているのか気になる一方、聞こえなくてよかったと思う自分がここにいる。


 ……凛々葉ちゃんが怒るのも無理もないな。


 彼氏が、知らない女の子(同い年)とさっきまで一緒にいたなんて知ったら……。


「……ごめん、凛々葉ちゃん」

「ふふふふっ」


 謝った途端、凛々葉ちゃんはふと不敵な笑みを浮かべた。


「せんぱい、最後にもう一度だけお尋ねします。いいですか?」

「うんっ、なんでも聞いていいよっ!」




「わかりました。じゃあ、その子は……本当に“女の子”、なんですね?」




 今までで一番と言っていいその真剣な声に、


「おっ、女の子……ですっ」


 内心、震えながら返事をした。すると、


「そう……ですか……」


 ん? どうしたんだろう?


 ふと無言になった彼女を見つめていると、


「ち・な・み・に〜っ。その子って、せんぱいに興味があったりしますか?」

「興味?」

「例えば〜……せんぱいに好意を寄せている、とか」

「!!」


 顔に出やすいタイプで、隠し事をしてもすぐにバレてしまう未希人を、勘が鋭い彼女が見逃すはずもなく……。




(…――勘が当たってほしくないときも、あるんですね……)




 ……ふふっ。


「……せんぱい。これからちょっと行きたいところがあるんですけど。ついて来てもらってもいいですか?」

「い、いいけど。どこに行くの?」




「ドキドキするところですっ♡」




「ドキドキ?」

「はいっ……♡」


 そう言って、凛々葉ちゃんに連れて来られたのは…――




 心が落ち着く花の香りと、とても可愛らしい空間。


「凛々葉……ちゃん?」


 そう、ここは……




「ふふっ。わたしの部屋へようこそ~っ♡」




 彼女の家でした。

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