第7話 勉強会は勉強のため

 朝の登校時、大夢がせわしくスマホを操作していた。


「さっきからなにやってるんだ?」

「待ち受け用の写真を加工しててさ」


 と、ちょっと照れくさそうに笑う。


「もしかしてカノジョ――」

「――は作らんと言っただろ」

「だよな。じゃあペットか?」

「いや、ひとだよ」

「家族?」

「同級生」


 ますます分からなくなってくる。カノジョでもない同級生の写真を待ち受けに、ってどういうことだ。


 大夢はスマホの画面をこちらに向けた。そこにはどこかで見かけたことのある女子がふたり並んで映っている。しかし別々の場所で撮ったものをくっつけたらしく、真ん中で背景が分かれていた。


「な?」

「なんでそれで理解されると思った」

「なにが分からんのよ」

「なんで別々の写真をくっつけてるんだよ」

「くっつけたいから」

「子供かっ」

「違う違う。くっつけたいんだよ、ふたりを」

「……? 簡潔に言ってくれないか」

「だからあ、このふたりを恋人同士にしたいからおまじないをかけてるの」

「……なんで?」

「お似合いだと思うから」

「どっちかに頼まれたのか?」

「俺が自主的にやってる」

「つまり……、ふたりを恋人同士にしようとお前が勝手におまじないをしているってことか」

「だからそう言ってんじゃん」

「こえーよ!」


 なんだその歪んだ愛情。


「怖くないよ。俺はピュアだから」

「余計怖いわ」

「写真はちゃんと断ってから撮ったし」

「友人を警察に突きださずに済んでよかった」


 大夢はスマホを鞄に仕舞った。


「それにしても、まさか湊人があの白瀬さんと知りあいだったとはな」

「……まあ、うん」

「やっぱり昔から可愛かったのか?」

「……まあ、うん」


 顔の造作はよかったから嘘ではない。


「髪もきれいだった?」

「……まあ、うん」


 銀髪だったが嘘ではない。


「おしとやかだった?」

「それだけはない」


 いくら雪路のためとはいえ、真逆の嘘はつけない。


「小さいころはやんちゃだったのか。まあ、お嬢様あるあるだな」


 ――『やんちゃ』のレベルが桁違いだったんだけどな。


 友人の夢を壊さないためにもこれは黙っていよう。


 大夢が改まった調子で言う。


「一応聞いておくけど――、まさかお前、白瀬さんと付きあってはないだろうな?」

「まさか。ないない」


 俺はおしとやかな女の子と穏やかで甘酸っぱい青春を過ごしたいんだ。


 大夢はほっと息をついた。


「よかった。本当によかった……」

「そんなにか」

「だって、もしお前が白瀬さんとそういう仲だったら――」

「だったら?」


 大夢は自分の震える両手をじっと見て、言った。


「もう、殺すしか……」

「こえーよ!!」

「大丈夫。俺はピュアだ」

「だから怖いんだよ!」


 大夢は俺の背中をぽんと叩き、爽やかに笑った。


「冗談だよ」

「目がマジだったぞ……?」


 今日の放課後、雪路と一緒に勉強する予定なのは秘密にしておこう。





「分かんねえ……」


 フードコートのテーブルに教科書とノートを広げ、雪路は難しい顔でつぶやいた。向かいの席の俺が尋ねる。


「どこが分からないんだ」

「なんでひとは勉強するんだ?」

「哲学的疑問……!」


 なにをそんなに悩んでいるのかと思ったら、それ以前の問題だったらしい。


「将来、頭のいい奴に騙されないようにだよ」

「それなら湊人がいれば大丈夫だろ」

「なんでそんな先まで俺が一緒にいる前提なんだよ」

「え? あ……」


 目が泳ぐ。


「だ、だっててめえはあたしの子分だろ」

「初耳だ。というか目の前の課題に集中しろ」

「お、おう」


 雪路は教科書に目を落とすが、すぐに顔を上げた。


「でもさ……、なんか思ってたのと違うんだよな」

「なにがだよ」

「よくファミレスとかカフェとかで高校生のカップルが勉強してるだろ?」

「ああ」

「あれなんのためなんだ?」

「勉強だが!?」


 さっきからなにを言ってるんだこいつは。とんちか?


「え、マジで勉強のためなのか?」

「それ以外になにがある」

「だってカップルで――」


 雪路はごにょごにょと語尾を濁した。


「なんだって?」

「いや、いい……」


 雪路は大仰にため息をついた。なにやら不満があるようだ。


 今日の勉強会は俺が主催で、だからいつもみたいに俺をいじって優位に立てないのがおもしろくないのだろう。


「ん? あれ」


 筆入れを探った俺はあることに気づいた。


「消しゴムがない」


 どこかで落としたのだろうか。シャープペンの尻の消しゴムは折れて使えないし。


「ちょっと貸してくれ」

「ああ」


 雪路はペンケースのファスナーを開け――。


「っ!?」


 と息を飲み、勢いよく閉じた。


「虫でも入ってたのか?」

「あ、あたしも消しゴムないんだった。は、ははは……」


 決まり悪げに笑う。


 おかしなリアクションだ。たんに消しゴムを紛失しただけでなにをそんなに狼狽えることがある。


「ちょ、ちょっと買ってくるわ」


 返事をする間もなく、雪路は席を立って行ってしまった。


 ――……変な奴。


 というか、シャープペンについてる消しゴムで構わないんだが。


 雪路のシャープペンのキャップをはずすと、真新しい消しゴムが顔を出した。


 俺はそのままキャップを閉めた。未使用の消しゴムを無断で使うのは気がとがめる。使用済みのはないかと雪路のペンケースを開く。


「ん?」


 青白黒のストライプデザインの消しゴムが目に入った。


 ――なんだ、あるじゃないか。


 ちょっと拝借しようと手にとったところ、消しゴムの本体になにやら文字らしきものが書いてあるのがカバーの端から少しだけはみ出して見えた。


 消しゴムに好きなひとの名前を書いて使いきると両思いになれる。そんなおまじないを聞いたことがある。


 ――雪路が恋のおまじない?


 さっきの狼狽ぶりも、それを考えると理解できる。


 俺は消しゴムを元の場所にもどした。


 俺のことを『色気づきやがって』などと非難していたくせに、ひとのこと言えないじゃないか。


 ――あの雪路がなあ……。


 相手はどんな奴だろう。やっぱりやんちゃなオラオラ系だろうか。いやでもこの学校にそんな奴いないし……。意外と正反対の優男系かもな。


 などと想像を巡らせていたとき、すぐ近くでブブッとスマホの震動する音が聞こえた。俺は勉強中サイレントにしているから雪路のだろう。


 案の定、ノートの横で雪路のスマホの画面が点灯していた。慌てて忘れていったらしい。


「……え?」


 待受画面を見た俺は思わず驚きの声をあげた。

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