6

「センリがそれほどキーの受け入れに抵抗があるならば、加賀の依頼『飛行魔術の伝授』は難しいな」

「……まぁ、知らないものに対する印象くらいなら受け入れられるかもしれませんけど……」


 っていうか、何だよ飛行魔法って。

 飛ぶんか。ビューンって。

 おもろいわ。


「そもそも、キーは誰にでも受け取れるようなものではない」

「そうなんですか?」

「もちろんだ。キーを積極的に受け入れようという気がなければ、キーにズレが生じる。結果……」


 オッペンハイム卿は手をぱっと広げる。


「魔術は発動しない」

「なるほど」

「うぅ……」


 なんか、自分がすごく役立たずな気がしてきた。


「私が加賀から頼まれたのは、いざというときに『空に落ちた』人物を回収する魔術をキミたちに教えろというものだ」

「はぁ」


 なるほど、一応は理解できた。

 ……加賀め、そういうことは事前に言っとけよ……。


「だが、実のところ『飛行魔術』などというものは存在しない」

「え?」

「えっ、そうなんですか?」


 思わず聞き返した。

 トオルの声もちょっと悲しそうだ。


 こいつ、空を飛びたいとか、そんなこと考えるタイプだったのか……?


「トオル」

「はい、なんですか?」

「お前、空なんて飛びたいの?」

「えっ、そりゃまぁ、気持ちよさそうじゃないですか」


 まぁ、そうだけど……。


「先輩は興味ないんですか?」

「この歳になって『空を飛びたい』なんて思わねぇよ……まぁ、飛べたら楽しそうではあるけど」

「へぇ……」


 だけど、少なくとも脳内をかき回されてまで飛びたいとは思わないな。


 とはいえ、空を飛ぶなんてのは「魔法」という言葉を聞いて真っ先に思いつきそうなことなのに、やっぱり無理なのか。

 まぁ、加賀も「重力は難しい」とか言ってたな。


「どのみち『飛行』は無理なんですよね?」

「うむ」


 とオッペンハイム卿は鷹揚にうなずく。


「だが、私には『蒐集家』のほかにもう一つ有名な呼ばれ方がある」

「……なんです?」

「魔術師どもは『飛行に一番近い男』と呼ぶな」

「おお」

「だが、残念ながら私の知るものは、全て『飛行魔法もどき』にすぎん」

「もどき?」

「ってどういうことです?」


 その声は後ろから聞こえた。


「「?!」」


 バッと振り返る俺とトオル。


 ド、と冷や汗が出た。


 ……いつ動いた?

 いや、そもそも話をしている間、俺はずっとオッペンハイム卿を見ていた。

 目を離したとか、そういうことじゃない。

 実際、俺もトオルも後ろから


「な、なんですか、今の!」

「座標を入れ替えたのだよ。対象は何でもいける。人でも、そこらに転がる小石でも、それこそ空気であっても」

「………!!」


 それは、とんでもない技術なのでは。


「これを使えば、例えば空を飛ぶ鳥や、雲と座標を入れ替えたりできる」

「それじゃ……」


 驚愕する俺を気にすることもなく、オッペンハイム卿は首を横に降る。


「だが、それでは飛行とは呼べん。空を飛ぶ鳥と座標を入れ替えたところで、入れ替わった瞬間に落下が始まる」

「ああ……」

「さらに、目的は空に落下する対象の捕獲なのだろう? 動いているものに対しては、何の役にも立たん。いきなり空中に移動して、落下するだけだな」


 それは困るな……。


「他にもいくつか空を移動する魔術を保持しているが、どれも実用的にはまだまだだな」

「なるほど……」

「とはいえ、私は蒐集家コレクターでしかない。実用性など二の次なのだよ。――というわけで、トオル」

「は、はいっ!」

「キミに、一つ魔術を伝授しよう。――センリが役に立たないようだからね、ここはキミがやるしかあるまい?」


 ……いや、たしかにそうだけどさぁ……。


「あの、俺も全然知らないものなら、普通に受け入れられると思うんすけど……」

「ふむ?」


 オッペンハイム卿は少し考えて、顔を上げる。


「なるほど、それはそうかもしれんな」

「で、なんて魔術なんです?」

「それはだね……」


 ごくり。


「――〈東京ブギウギ〉だ」

「「?!」」


 よりによって、めちゃくちゃ有名なのが来た。


〈東京ブギウギ〉。


 別にこの曲の大ファンというわけではない。

 わけではないが……実はこの曲、イメージしているよりもよっぽど技巧的な名曲だったりする。

 非常に多くのアーティストがカバーしているし、ジャズ風にアレンジされたりもしている。

 海外評価も高いし、そもそも戦後日本、あるいは昭和を代表する曲と言っていい。


 まぁ、作曲者が昭和を代表する大物だしな……。

 そんなわけで、俺にはこの曲に対して、明確な「自分のイメージ」があるのだった。


 これには顔をしかめるしかなかった。


「すみません……無理です」

「さもありなん。そんなことだろうと思っていた」

「あの、先輩。大丈夫です。ボクなら特に思い入れもないですし……」

「すまん……」

「いえいえ! お役に立てるならボクも嬉しいですし!」


 ――つくづく俺、なんにも役に立ってねぇな……。

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