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 何故だ?

 何故、俺が魔術師だとわかった?

 計画は完璧だったはずだ。


 学校に管理者がいることは知っていた。

 俺みたいな野良の魔術師を消すために潜伏していると「ストゥルトゥス」は言っていた。


 管理者は強い。

 戦い慣れている。

 真正面からぶつかれば––––勝つことは不可能だ。


 だから俺は考えた。


 ――勝つことが不可能ならば、魔術師役を誰かに押し付けてしまえばいい。

 派手な魔術で注目を集め、そのあと秘密裏に殺してしまえばいい。

 そうなれば管理者も、野良の管理者が死んだと思い込み、調査の手は緩まるだろう。


 俺の魔術は使い所が難しい。


 魔術院のデータベースに登録されている『The Wonderful Wizard of Oz 〈オズの魔法使い〉」シリーズの魔術――登録者データは当然ログごと抹消済み――は5種類しかなく、おれはそのうち4つを手に入れた。


 上手く組み合わせて、管理者の目を欺かなければならない。



 ――オリジナル魔術〈子守歌リーグThe Lullaby League〉。

 一定範囲の光を奪う魔術。

 どんなに強い光を当てようと、この魔術で指定された範囲にだけは光が届かない。

 もちろん術者たる自分だけは例外で、つまり他人の目から光を奪うのと同じ、攻撃性の高い魔術だ。

 本来は誰にも見咎められずに魔法陣を描くために使うはずの魔術だったが、――実際は何の効果もなかった。

 何度かくれて試しても、必ず邪魔が入る――管理者の目をごまかすほどの力はないようだ。



 ――オリジナル魔術〈検死官としてAS CORONER. I MUST AVER〉。


 眠っている相手を使役する魔術。

 使役時間は1時間。

 偶々相手が眠っている時を狙えば、思いのまま操れる。

 今回はたまたま校長の長話が退屈すぎて、美術教師の伊坂が居眠りしていたので、生贄になってもらった。

検死官としてAS CORONER. I MUST AVER〉は相手の意識がはっきりしているときには使えない。

 完全に眠っている必要はないが、最低限朦朧としてもらわなければならない。

 故に戦いには不向きなのだが、〈もしも知恵があったならIF I ONLY HAD A BRAIN〉使えばその問題はクリアできる。


 欠点は――操られている間、ターゲットが無意識ではないことだ。

 いわば、薬物ドラッグになっているのと同じ状態で、故に今回のような事故も起きる。


 まさか伊坂がいきなり演説を打ちはじめるとは想像もしていなかった。

 何なんだ、あれは?

 あまりのことに本気で驚いた。

 第一、伊坂の内側にあれほどの熱量があるとは……。

 人間見た目ではないと言うことなのだろう。



 ――オリジナル魔術〈もしも知恵があったならIF I ONLY HAD A BRAIN〉。


 指から黒い煙「無知蒙昧」を吐き出し、それに触れた相手の知能レベルを下げる––––要するに「バカにする」

 この状態なら、〈検死官としてAS CORONER. I MUST AVER〉は簡単に使える。

もしも知恵があったならIF I ONLY HAD A BRAIN〉と〈検死官としてAS CORONER. I MUST AVER〉のコンボで、ほとんどの敵を倒せるはずだ。

 しかし、これだけでは偽装するのは難しい。

もしも知恵があったならIF I ONLY HAD A BRAIN〉で操られた人間は魔術を使えないからだ。

 操る人間を魔術師に仕立てるには、もう一工夫必要だ。



 ――オリジナル魔術〈これがオズ式の笑い方THE MERRY OLD LAND OF OZ〉。


 自分の姿を偽装し、周りに違う姿に見せる魔術。

 本当に形が変わるわけではなく、見え方が変わるだけなので、触られればすぐに見破られてしまうような手品だったが、別人に成りすましたり、空気に偽装して姿を消すなど、工夫次第で戦いようはある。

 俺は、伊坂に魔術をかけられた哀れな少年を演じるために、この魔術を使った。

 どうせなら、思い切りインパクトを狙って、できるだけグロテスクに。

 あのときの光景のせいでトラウマを抱えた学生が山程出たが、俺の目的のためには必要な犠牲だった。


 伊坂は死んだ。

検死官としてAS CORONER. I MUST AVER〉で操って、自殺の名所から飛び降りさせた。

 これで管理者は「この学校に巣食う野良の魔術師は死んだ」と思い込むに違いない。

 少なくとも、監視はゆるくなったはずだ。


 ▽


 だというのに、忘却の魔術は未だに発動できていない。

 人の目のない場所で、「ストゥルトゥス」から送られてきた画像を元に魔法陣を刻んでいくが、完成までに必ず邪魔が入るのだ。

 それも嫌がらせとしか思えない邪魔が。


 水が、砂が、鳥が、猫が、大量の蚊や蜂などの虫が、あるいはなぜかペンキまで、ありとあらゆるものが、あの手この手で陣の完成の邪魔をした。


 キレそうだった。


 意地になって、おれは何度も場所を変え、作業時刻を変えながら、魔法陣を作り続けた。

 学校の屋上、密室の視聴覚室、いっそあけっぴろげに運動場などでも試したが無駄だった。

 自室でやればよかったのかもしれないが、家族に迷惑を掛ける訳にはいかなかった。


 学校の近くだから監視が厳しいのかもしれないと思った俺は、電車で数駅行ったところにある廃墟に忍び込んだ。


 ここなら監視の目も届かないかもしれない。


 浮浪者やチンピラどもが溜り場にしていたので、〈もしも知恵があったならIF I ONLY HAD A BRAIN〉と〈検死官としてAS CORONER. I MUST AVER〉を使って眠らせておいた。


 ▽


 そして、この日。

 俺は、邪魔をし続けた本人と対峙し––––彼女のことを忘れる術を永遠に失った。

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