2

 ※ かなりグロいシーンがあります。ご注意ください。


 ===


「やめろぉおおおおーーーーッツ!!!」


 物思いにふけっていた俺は、体育館に響き渡る悲鳴で、俺は意識を取り戻した。


(何だ?!)


 声がしたほうを見る。

 少年が一人、宙に浮いていた。


(はぁ?!)


 ほんの一秒程度の静寂――そして悲鳴。


「きゃぁーーーーっ!」

「なんだぁ?!」

「うおっ、マジかよ!」

「何なに?! えーっ! なんじゃこりゃ!!」

「おっ、おい、光輝、なにしてんだお前?!」


 友人から光輝と呼ばれた少年――どうやら1年生らしい。俺には見覚えがない顔だった――は、仰向けにされた状態で宙に浮いており、苦しそうに手足をバタバタさせている。


「や、やめ、やめて……!!」


 苦しそうに呻いているが、それもそのはず、少年の腹がどんどん膨らんでいく。

 まるでアドバルーンだった。



 チャーリーとチョコレート工場という映画を見たことがあるだろうか?

 ティム・バートン版のほうだ。

 あの映画の中で、一人の少女が風船ガムのほうに膨らむシーンがある――ちょうどアレによく似た状態だった。


 しかしここはコメディ映画ではなく現実の世界だ。

 あんなに綺麗に膨らむわけはなく、少年は激痛にのたうち回っているように見えた。


 ブチブチと弾け飛ぶボタン。

 白いシャツも限界を超えて、パンパンに膨れた腹が丸見えになっている。

 皮膚の下で肉が割れて、紅白の線が走りまくっている。


「う……が……っ! や、やめ……ゴボッ」


 少年の目が飛び出していく。

 そのうちに、意識を失ったのか、だらりと手足を垂らす。

 ちゅぽん、と目玉がこぼれ落ち、視神経でぶら下がっている。

 口から胃袋らしき内臓がはみ出していた。

 喉が倍ほどに膨れて、顎がどこだかわからない。

 胸が内側から膨らみ、バキ、バキと肋骨が骨折する音が響く。

 まるで、釣り上げられた深海魚のような有様だった。


「「「「きゃあーーーーッ!!!!」」」」


 異常な光景に、女生徒たちが一斉に悲鳴を上げる。

 哀れな少年アドバルーンは、もはや体積が3〜4倍ほどに膨れ上がっている。

 生徒たちはそこから離れようと必死になり、体育館の壁際は大渋滞だった。


「こ、こっここ、こ、コラーッ! な、な、な、何をしているーッ!!」


 体育教師の太田が叫んでいる。

 あいつ、本物のバカなんじゃないか。


「ごぼっ……!!!」


 アドバルーンから奇怪な声にならない声。

 もはや全員が、恐怖のあまり何も言えなくなっていた。

 皆が目をそらすことすらできず注視している中、少年はますます膨らんでいく。


 そしてついに。


 パァアアアアアーーーーーン!!


 と大きな音がして、少年が弾け飛んだ。



「「「「ぎゃあああーーーーーーッ!!!!」」」」


 悲鳴、怒号、混乱。

 生徒たち、教師も含め、全員が恐慌状態のなか、少年の体は爆弾でぶっ飛ばされたみたいに、肉という肉が細切れになって、弾け飛ぶ。


 血煙が撒き散らされ、そしてビタビタビタと体育館の床を――


 ――床を汚さなかった。


「「「「は?」」」」


 飛び散る肉片。

 やけに鮮やかな腸、よくわからない内蔵。

 折れて肉を突き破る骨。

 スイカ割りで大命中した時みたいに景気よく弾けた顔面。

 目玉や顎などの顔を構成していたパーツ。

 そして大量の血液。


 


 完全に時間が止まったみたいに。

 まるで爆発した瞬間にアクリル樹脂で固められたみたいに。

 歯の一本、血の一滴一滴まで、ピタリと空中で止まっている。


 それは間違いなく、この世界で最もグロテスクな標本だった。


 体育館は静かになっていた。

 そこらじゅうから、呼吸困難らしき「ヒッ、ヒッ」みたいな声や、明らかに正気を失っている「あ、あ、あ」みたいな声は聞こえるし、あとそこら中でゲロをぶちまけてる。中には「あは、あは、あは」みたいな奇怪な笑い声を上げてるやつまでいる。

 たぶん脳が負荷に耐えられなかったのだろう。


 泡を吹いて気絶しているやつは多いものの、目をそらしている生徒はごくわずかしかいなかった。

 ほとんどは、奇怪なオブジェから目を離せずにいる。


 そんな狂気にまみれた空気のなか、パン、パン、パン……と、やけにゆっくりした拍手の音が聞こえて、全員が一斉にそちらを向いた。

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