6

「や」

「は、はい」

「元気?」

「……は?」

 

 赤毛改めイケメンは軽い調子でそんな風に話しかけてきた。


 いや、元気? って、この状況でその挨拶はねぇだろ。びっくりしたわ。

 間抜けな声が出たじゃねぇか。

 

「僕は加賀。加賀義照かがよしてる。三年生だよ。よろしく。で、キミは?」

「へ、あ、あの、俺は、あくつです。あくつ 千里せんりと言います……」

「何年?」

「二年です」


 な、なんかぐいぐい来るな……。

 最初の印象と偉く違うと言うか……。


「ふぅん、アクツ君か。亜細亜の亜に久しいに津軽の津で亜久津、とかかな?」

「あ、いえ、その、こざとへんに不可能の可、一文字であくつです」

「へぇ、珍しいね」

「いえ、それなりに人数いるはずですけど」


 加賀先輩はクツクツと笑って、


「それに、不可能の可って。阿君、キミ面白いね。普通は可能の可って言わない?」

「それだと、違うかのうを思い浮かべる人もいるんで」

「ああ、あるね、狩野派の狩野とか」


 いや、狩だと「かり」とかになっちゃうんじゃねぇか? いや、わかんねぇけど。

 じゃ、なくて。

 

「あ、あの、加賀……先輩」

「先輩はいらないよ、名前で」

「じゃあ、加賀さん。あの」


 思い出す。

 宙に浮いた二人。

 切られた箒の綺麗な断面図。

 瞬間移動。

 逆回しみたいに元に戻るガラス。

 

 思い出すと、また震えが来た。

 でも、聞かないなんて選択肢はなかった。

 

「さっきのアレ、何なんですか」

「アレ、って、さっきのパンクファッション?」

「……はい?」

 

 ちょっと言い方が古くない?

 パンクファッションて。

 

「あー、それ聞いちゃう?」


 いや、聞くだろ普通。

 

「いやさ。多分……」

「なんすか」

「知らない方が幸せだと思うんだよね」

「はい?」

「だからさ。さっきの二人組のこととか。僕のこととかさ――知らないまんまの方が、幸せだと思うんだよね」


 と、加賀はそう言った。

 

「阿君さ。明日から普通の学校生活を送りたい? 送りたくない?」

「もちろん、送りたいっす」

「だよね。じゃあ、この世界に大きな不満があるとかは?」

「大きな不満……や、特にそういうのは」


 何なんだ。


「ならさ」


 加賀は片目をつぶって、

 

「悪いことは言わないからさ。このまま帰んなよ。そして、忘れてしまうといい」

 

 忘れる?

 いや、無理だろ。

 

「うん、無理でも忘れる方がいいよ。正確には忘れたフリをして生きて行くほうがいい」

「どうしてですか?」

「うん? うーん、どう説明したもんか」


 首をかしげて悩んでいるポーズをとる加賀は、どこか芝居がかっていた。

 

「阿君さ、今日、怖かった?怖くなかった?」

「そりゃあ、怖かったです。死ぬかと思ったし、それ以上に、ご……拷問とか勘弁して欲しいっす」


 思い出したらブルッと震えが来た。

 

「だからだよ」

「はい?」

「いやさ、つまり」


 加賀は俺を睨むようにして、人懐こい笑顔を見せた。

 でも、俺にはそれがどこか壮絶に見えた。

 常識の埒外にいる者の――常人には理解できない微笑みのように。

 

 加賀はどこまでも楽しそうに言った。

 

「知るってことは、それを日常にするってことだからさ」

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