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「「30!!」」

 

 双子の声が揃う。

 

「じゃあ、追いかけるわよ」

「じゃあ、頑張って逃げてね」

 

 双子の声を無視して、俺は走って廊下を曲がる。

 とりあえず死角には入ったが、瞬間移動できる相手には、そんなこと障壁にすらならないに違いない。

 かといって、ただ座して殺されるのを待つわけにいかないし、それ以前に拷問は絶対に嫌だ!

 

 体は悲鳴をあげていたが、とりあえず無視して全力疾走。

 

 曲がってすぐに階段。

 上に行くか、下に行くか、あるいはこのまま二階を走るか。

 もちろん下方向択一。

 この状況で上に上がるアホは居ないだろう。

 いや、裏をかく意味ではそれもいいのかもしれないが、とにかく下に逃げたい。人間の心理はそんな簡単なもんじゃねぇっての。

 踊り場には窓があるが、開けたり割ったりが無駄なことは学習済み。無駄なことをしている場合じゃない。

 それを言い出したら、今逃げ惑ってるのも間違いなく無駄というか、無様なあがきなのだろうけれど、とにかく一階までたどり着く。

 文化系の教室が並ぶ界隈だ。

 

 美術室方面へ走る。玄関とは逆方向だが、回り込まれているかもしれないので、ささやかながら裏をかこうという浅知恵だ。

 美術室の前には、自画像が大量に掲示されている。

 俺も高一んときに描かされたなぁと、どーでもいいことを思い出す。

 

『░▒⠙⠏⠉⠪キャ⠸⠹ハハ⠸⠹ハハハ⡀⡁⡂ハハ⠚⠛ハ!!!!⠃⠄⠙⠜⠝⠞▒░』

「うぉっとぉおお!?」

 

 いきなり自画像が一斉に笑い始める!

 何これ、不気味!!!

 どの自画像にもジャラジャラピアスと、目と口の周りに黒いメイク。

 おいおいおいおい! 人の絵に手を加えるとか、お前ら最低だな! 1年生たちに謝れよ!

 

(くそっ! ずっと捕捉してるってわけか! ふざけやがって!)


 かといって引き換えすのも無駄だ。制限時間は5分と言った。今何分経ったかわからないけれど、どうせ5分逃がすつもりもないだろうし、5分経ったとしてもどのみち逃がすつもりはないだろう。

 自力で外に逃げ出すしかない!

 

 そして茶道室。

 障子になっている前を通るのか。

 どうせホラー映画さながらに、障子を突き破って手が出てくるとか、そんな演出なんだろ!

 ベタなんだよ! くっそ、絶対ビビってやんねぇからな!

 そして障子に差し掛かる。

 案の定、大量の手が障子を突き破る!

 ほいきた! 知ってた! わかってたもんね! わかってても超怖えよこれ!

 ベタとか言ってごめんね?!

 

 障子から距離をとりつつ走る。

 

 ゼェ、ゼェ。

 

 あれ?これ何の音? あ、俺の息か。めっちゃゼーゼー言ってんな!

 でも体は絶好調! もうこの先のドア開けたら裏庭だ!

 まさか開かないってことはないよな?

 あと、開けたら外からバァって、ベタでもやめてくれよ!

 

――と。

 

「うぉおっとぉ?!」

 

 転んだ。

 何もないところで。

 何やってんの俺!?

 命かかってるのわかってる? わかってる! ごめんね!?

 

「あら? 終わり?」

「あれ? 諦めた?」

 

 顔を上げると、すぐ隣に、双子が窓を背に浮かんでいた。

 

「ゼェ、ゼェ。うっせぇな。諦めたんじゃねぇよ、コケたんだよ、ゼェ、ゼェ。」


「この人、体力ないのね、ザイオン」

「人ひとり担いでたからね。無理もないよ姉さん」

「バカね。捨てて逃げればよかったのにね」

「どのみち逃げられないけどね」


 ゼェ、ゼェ。


 止まったら、自覚してしまった。

 呼吸がヤバいだけじゃなく、足がパンパンだ。とても走れそうもない。

 

 ゼェ。ゼェ。

 

 俺は少しでも双子から距離を取ろうと、教室側にあとずさる。

 何の教室か知らないが、ガラス障子にもたれかかる。

 

 ゼェ。ゼェ。

 

 ここまで、か?

 

 なんか、拷問とか言ってたけど、痛いのかな。

 痛いに決まってるじゃねぇか、バカか俺は。


 ゼェ、ゼェ。

 



「「それじゃ、拷問をはじめよう」」

 



 双子の口が、三日月みたいに裂けた。

 

 恐怖で、呼吸が止まった。




 その時だった。

 

 ――うるさいよ。

 

 そんな第三者の声とともに、背にしていたガラス障子がパァン! と弾けた!

 

 舞い散るガラス。

 何、最初はガラス責めなの?

 視界にはスローモーションみたいにゆっくりと舞い散る大小のガラス片。

 これを浴びれば、きっと無事には済まないだろう。

 なんか今日はガラスの破片とよく遭遇するな、なんて考えたのは、脳が現実を認識するのを拒否してるんだろう。

 

 慌てて女生徒に覆いかぶさる。

 どうせ無駄なんだろうけど、だからといってガラスの雨にさらしていいとも思わない。

 しかしその瞬間、後ろから襟首をぐっと掴まれて、思いっきり引っ張られた。

 

「ごぇっ!?」


 首がしまって無様な声が漏れた。

 あー、ここで俺を拷問する気なのか……俺、拷問は初めてなんだ。だから優しくしてね?

 って、おい双子。何でお前らまできょとんとしてんだよ。

 

 ズザザザ、と、俺(と荷物、じゃなかった女生徒だ)は畳の上をスライディングする。

 スローモーションが終わって、時間のスピードが元に戻る。

 慌てて体を起こす。

 畳との摩擦であちこち熱いけど、ガラスは特に見当たらない。

 

 でっかいドアが2枚とも吹き飛んでいる。

 

 外には、険しい表情をした双子。

 

 月明かり。

 

 そして、背の高い少年が。

 

 逆光でよく見えないけれど。

 

 腰にポケットに手を突っ込んで。

 

 えらっそうに。

 

 あるいは面倒臭そうに。

 

「騒ぐなよ」

 

 ――そんなことを言い放った。

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