最終決戦②
剣の嵐が四人を襲う。激しい嵐が過ぎ去った後には、ヒトを覆えるほどの球体が残されていた。
「……なんだ?あれは」
茶色の壁が溶けていく。その下から現れたのは五体満足の滝澤達、そして……。
「滝澤、遅い。遅すぎて迎えに来ちゃったじゃない」
少し枝の伸びたナスカがそこに立っていた。最早枝というより、角に近い。
「ナスカ……!どうやってここに……」
「さぁ、行くわよ!細かい話は後でするわ!」
滝澤の話をぶった切り、土の拳に飛び乗ったナスカはアルバートへと向かっていく。再びアルバートは剣の嵐を作り出し、彼女を迎え撃つ。
「アルラウネ如きが奢るな!貴様と俺には天と地ほどの差が「アルラウネじゃないわ」
「何っ!?」
狼狽えると共に、アルバートの身体は見えない何かに掴まれていた。アルバートはその気配に、覚えがある。
「りゅ、竜種か貴様……!成程、俺の目に狂いは無かったというわけか!クッ……ハハハ……!」
笑いながらアルバートの身体は土に覆われて行く。静かに床に着地した土の人形は動きを止める。
「ふぅ……なんとかなったわね……」
クルリと身を翻したナスカは滝澤へと歩み寄る。そして、静かに抱き着いた。
「たきざわー!」
大声を上げて泣きじゃくるナスカを滝澤はしっかりと両腕で抱きしめる。
「ごめんな、怖かったよな。俺が弱いせいで一人にしちまった。でも、皆で迎えに来たぜ。ナスカは、大切な仲間だからな」
ヴィルも頷いた。戦いの終わりを予感したルナが扉からひょっこり出現し、四人はようやく合流する。
「ナスカ、私からも今までの行いを詫びよう。ナスカの気持ちを一切汲まなかった私に非がある。共に旅する仲間として無礼な行動だった」
「ルナもごめん」
二人はぺこりと頭を下げた。
「いいのよ別に。私こそ、一人で拗ねて、皆を振り回してしまってごめんなさい」
目を赤くしたナスカは二人を抱きしめる。
「(い、居辛いな……だが、今なら……!)」
胸中のゲンガは滝澤の身体からゆっくりと抜け出す。動きを止めたアルバートにトドメを刺すため、再び鎧蜥蜴へと飛び乗った。
「これで終わりだ……」
床の剣を拾い上げ、ゆっくりと近づいて行く。誰にも気付かれぬよう、慎重に。彼らの喜びに水を差すことなど彼には出来なかった。
そして、それが彼の弱さであった。
「あぇ……」
剣を振り上げたゲンガの胸を何かが貫いている。それは……彼自身の腕だった。
言の葉を放つ前にゲンガは膝を折る。最初に気付いたのはアイラだった。
「そんな……ゲンガ……!」
ゲンガの魂は常に肉体の中心部にある。そして、アルバートの腕は胸を貫いていた。つまり……
「ゲンガッ!!!」
僅かな間ではあったが、友好的な協力者であった彼の消失に滝澤の足は自然と動き出していた。
「来るなっ!」
最後の力を振り絞り、近付こうとした滝澤をゲンガは突き放す。滝澤の目の前で鎧は真っ二つに切り裂かれた。
「腕を貰うぞ」
全身傷だらけのアルバートは鎧蜥蜴の腕を切断し、無理やり傷口に付ける。煙に覆われた腕はまるで縫合したかのようにアルバートと一体化した。
「俺は蘇る。何度でもな。それが魔王である」
新たな両腕を広げながら、アルバートは剣を自身から生やす。最早ヒトとは思えない姿ではあるが、彼は確かにヒトであった。
「ヤツめ……血で土の硬度を下げ、無理やり崩壊させるとは」
「そんなことしてきたの?」
何度倒されても蘇ってくる姿はまさしく、魔王。
「流石にしぶといわね。でも、今までみたいな怖さはないわ。滝澤!行くわよ!」
再び土の拳に飛び乗り、滝澤の肩を掴むナスカ。しかし、滝澤の身体は既に……。
滝澤の胸部には太い剣が一本。貫くでもなく掠めるでもなく、刺さっていた。ナスカに揺らされ、滝澤の身体は床に崩れ落ちる。
「そんな、滝澤……!」
ナスカは崩れ落ちそうになる身体を必死に支えた。ここでアルバートへの警戒を怠れば滝澤の二の舞。彼を助けたくとも、アルバートを倒してからでないといけない。
「ヴィル、滝澤を頼んだわよ!」
「いや、私も共に戦う!ルナは滝澤を連れて離れろ!」
「うん!」
ルナは風で滝澤を引き寄せる。ナスカは杖を、ヴィルは剣をそれぞれ構えた。
「油断したら死ぬわよ!」
「分かっているさ!」
言うが早いか、アルバートは二人へと攻撃を始める。投擲、突進、剣戟。ヴィルは流れるような攻撃からナスカを守る。
「くっ……掴めない……!」
次々と位置を移動するアルバートは土の拳では掴めない。先の攻撃の正体を読み切り、即座に対応してきたアルバートの速度にナスカは震える。
「ヴィル、もうちょっと耐えて!」
「善処する!」
剣戟を続けながらヴィルは答える。しかし、戦いの終わりは近い。彼は呟く。
「……〈皇帝〉」
時が止まり、彼は動き出す。ヴィルとナスカの首に剣を叩き込んだ彼の目の奥で何かが蠢いていた。
「まだ終われるわけねぇだろうが!」
木刀を支えにして、滝澤は立ち上がる。その目の前で、二人の体が崩れ落ちた。
「何故動いている!」
「気合いだ!」
無論、気合いだけでは無い。ギリギリで間に合った回復で立ち上がったのだ。
「じゃ、後は頼んだわよ」
周囲一帯を土の壁が覆う。響いたのはナスカの声だ。
「……流石竜種。しぶといな」
ナスカが首を刎ねて尚言葉を発していると考えたアルバートだが、足下には何も無い。
「何言ってるの?」
「貴様は二度、同じ技に敗れたのだ」
アルバートの脳内を先程までの記憶が走り抜ける。滝澤とナスカを意識するあまり、ヴィルと真正面から斬り結んでしまっていた。幻術と戦っていた彼の体には無数の傷が付けられている。
窮鼠猫を噛む。追い詰められた彼女らはそれぞれの力を遺憾無く発揮し、逆にアルバートを追い込んでいた。
「成程な……」
焦るでもなく怒るでもなく、アルバートは心底落ち着いた笑みを浮かべていた。
「さぁ、ラストバトルといこうじゃねぇの!」
「ああ。次代、俺は殺す気で行くぞ」
足をふらつかせながら滝澤は木刀を構える。互いに体力を消耗した上での最後の戦い。いざ。
「うぉぉぉぉ!」
一気に距離を詰めてきた滝澤にアルバートは〈皇帝〉を発動させようとして、止めた。相手は既に限界のはずである。しかし、己も〈皇帝〉の中で滝澤を抹殺できる余裕は無かった。
「オォォォォ!」
しかして剣戟に移行したアルバートと滝澤は互いの武器をぶつけ合う。木刀と剣では火花こそ散らないが、何者も近寄れない闘気が周囲に立ち込めていた。
「ようやく二人きりだなァ!」
「そうだな!死ぬといい!」
互いに握り慣れた獲物を振り回し、鍔迫り合い、回避を繰り返しながら土壁の中で命を狙う。かたや矜恃、かたや覚悟で限界の身体を動かしていた。
「そろそろ疲れたか!?遅くなってきたぜ!」
「貴様も同じだろう!早々に楽になるが良い!」
アルバートの下薙ぎと滝澤の振り下ろしが噛み合い、互いに武器を取り落とす。遂に限界が訪れたのだ。
訪れた機を逃さないのは強者の証明である。
「〈皇帝〉!」
周囲の時が止まる。唯一の存在者として彼は作り上げた最後の剣を滝澤の胸へと突き立てた。
「かはっ……」
時が動き出す。血を吐いた滝澤は膝を折り、動かなくなった。勝利を確信し、アルバートは息を吐いた。
濁った視界の中、滝澤の脳裏を次々と記憶が巡っていく。ナスカとの出会い、アルラウネ族の長であるビスマルクとの戦闘、侵入者ハザマとの戦闘、ルナ・ヴィルとの出会い……出会い、戦い、別れを繰り返し滝澤はここまでやってきた。
「(まぁ、木刀一本にしては上出来だな……)」
しかし、過ぎ去る記憶の奥で、ただ一つ、滝澤へと向ける笑顔が煌々と輝いている。
「(でも、俺が死んだら悲しむよな、ナスカも、ルナも、ヴィルも……湊も)」
本音を言えば、誰かが悲しむ世界が嫌いだった。
滝澤を囲む人々。孤独なアルバートと滝澤の違いがそこにあった。彼の力の源はそこにある。そう、誰も悲しまない世界を求める力。
滝澤は自身の胸に手を当てた。
「うぉぉぉぉ!」
生気を取り戻した滝澤は叫びながら木刀を引き寄せ、アルバートの喉元を突き。そして、木刀を振り上げ、叩き落とした。
アルバートの身体は頭頂から真っ二つに断ち切られた。その最期の言葉は……
「……成程な。俺は初めから引き立て役と言う訳か……」
彼のみぞ知る真実に納得し、ゲンガ・アルバートの肉体は静かに息を引き取った。しかし、サン・アルバートの魂は健在。半身からするりと抜け出ると新たな身体を求め宙を彷徨い……「行って」
アイラに従い、白い尾を持つ小鳥がアルバートの魂を咥えた。
「(何だこの鳥は……!?)」
その名も
「二度と帰ってこないで」
言の葉を発する間もなく、小鳥によってアルバートの魂は砕かれた。終幕である。
「やったぜ……!」
天に向けて彼女は拳を上げた。滝澤の秘策とは、過去に結晶化したビスマルクや目を失ったワイヴァーンに使った超回復の力である。他者に対して使えるのなら己に対しても使えるのではないかと滝澤は判断していた。
「滝澤!やったな!」
「勝ち〜!」
ヴィルとルナが真っ先に駆け寄ってくる。ナスカは万が一を考えてゲンガの遺体を警戒しつつゆっくりと歩いてくる。
「無事ね。まぁアンタならしっかり決めてくると思ってたけど」
「無事では無いけどな!?」
しっかり女体化していた滝澤は身体を捻って起き上がった。回復+性転換という訳でもなく、♂→♀の一方的なものらしい。実に滝澤。
「てか、よく耐えれたな。
フフン、とヴィルとルナがそれぞれ大小それぞれ胸を張った。
「私の〈夢幻封影〉をルナの風でより現実に近い形にしたのだ」
「行くよ〜!」
ルナが翼をはためかせると、ヴィルやナスカの声だけでなく、足音、剣戟の音が次々と聞こえてきた。
「はえーすっごい……」
滝澤は感嘆の声をもらす。スキルと魔法の組み合わせ次第では格上でも罠に嵌めることが出来るのだ。
「で、土で囮も用意しといたんだけど、功を奏したわね」
滝澤の蘇生は三人のコンビネーションによって成されたと言っても過言では無い。
「そうだ、ゲンガは……!」
胸を貫かれた鎧蜥蜴は息絶えている。両断されたゲンガの横でアイラは腰を下ろしていた。
「……」
乗っ取られていたとはいえ、両断した張本人である滝澤はどうにも気まずい。
「あの……」
「いやぁ死ぬかと思ったね」
開きかけた滝澤の口からゲンガの魂が飛び出した。今にも消えそうな姿ではあるが、ゲンガは消滅していなかった。
「ゲンガ!」
「アイラ!」
アイラは胸の中に飛び込んできたゲンガを抱き締めた。しかし、その魂は徐々に薄れていく。
「!?なんで……」
「ごめんね、アイラ。僕の魂はアルバートに砕かれ、存在することすらギリギリの状態だ。だから……うん、別れの挨拶を」
既にその体積を半分以下に減らしていたゲンガはアイラの腕から離れる。
「そんな、ようやく帰って来れると、貴方と暮らせると思っていたのに……」
「アレに乗っ取られていた時点で僕が元に戻れないことは分かっていただろう?全ては僕の油断が原因さ」
ニヒルに笑い、ゲンガはアイラの額に触れた。生の温かさを感じたアイラの目から自然と涙が零れる。
「さようなら、アイラ。幸せになってくれ」
最愛のヒトへ言葉を遺し、ゲンガ・アルバートの魂は消滅した。
Now Lording…
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