それぞれの事情

「そっか、ルナは飼い主さんから盗まれたんだな」

「ケイコちゃん……元気かな……」


 ルナは元々ニンゲンに飼われていて、モンスター泥棒に盗まれた後、ここに逃げてきたという訳らしかった。そもそも、というのも気に食わなかった。


「ルナが生きていればきっと何処かで会えるさ。その為にも、俺と一緒に人間の国を目指さないか?」

「タキザワと一緒に……?うん、いいよ。ならワイヴァーン様に言わなきゃ……」

「あー……あの緑の龍だな?出来れば会いたくないけど……」


 こちらの言葉も聞かず、問答無用で吹き飛ばした恨みはまだ残ってている。


「ま、1発くらい殴っても問題ないよな」


 The 蛮族である。


「そういえば、来る時に美味しそうなリンゴを見つけたの。持ってくるね」

「おう、気を付けてな」


 ルナは今度は木刀ではなく果実を持ってくる為に再び森の中へと戻っていった。彼ら彼女ら、入れ替わりが激しい。


「ち、血……」


 荒い息遣いで起き上がった騎士が背後からフラフラと滝澤に迫っていた。ルナとの会話に夢中になっているこの阿呆はまだ気付いていない。


「血を寄越せぇッ!」

「おぉうっ!?」


 肩を掴まれて変な声が出た滝澤。しかし、騎士は鎧姿なので滝澤に噛み付く事が出来なかった。


「離せいっ!」


 滝澤は騎士を振り解く。これが某サバイバルホラーゲームでゾンビに噛まれそうになる主人公の気持ちか……。


「血が要る……ニンゲンの血が……」

「そっか、お前ヴァンパイアか!す、吸うのは良いけど死なないよな!?」

「もちろん、少量で足りる。だから早く……」


 騎士は鎧兜に急いで手を掛ける。その下から現れたのは黒髪赤眼の美少女の顔だった。血に飢えた形相である事を除けば。


「……っ!(か、可愛……)いたぁいッ!」


 見蕩れていた滝澤の首筋に騎士が噛み付いた。そのままチュウチュウと血液が吸われていく。注射嫌い。


「……ふぅ。悪いな、これで暫くは大丈夫だ」


 吸血を終えた騎士は滝澤から離れ、脱いだ鎧兜を手に取る。


「へぇ……あんた、女の人だったんだな」

「……あ」

「あ?」


 鎧兜を取り落とした騎士は真っ赤になった顔を両手で覆う。


「みみみ見たなッ!わ、私の顔を……!」

「自分から見せたじゃん」

「う、うるさい!私に近寄るな!」


 騎士は近くにあった剣を持ってぶんぶん振り回した。


「ぶ、物騒だなオイ。か、顔見たからって何があるんだよ」


 騎士の握っている塚が今にもするりと抜けそうで怖い滝澤。ゆっくり後退りして木刀を取ろうとする。


「ヴァンパイア族は自らを打ち倒し、顔を見た者を夫とする!即ち、今からお前は私の夫なのだ!」

「……は?お、夫……?」


 自衛の気も失せた。滝澤はあんぐりと口を開け、聞き返す。


「そ、そうだ。だが、ニンゲンであるお前を夫とするのは如何なものか!だから、今は私の半径5m以内に入るな!」

「何だその中距離恋愛は。……別に、掟に縛られなくてもいいんじゃね?」


 滝澤だって滝澤一族の風習を破り続けている身であるからこその一言だった。因みに、その風習とは男は坊主頭にするというものである。滝澤は意地でも坊主になる気はない。

 坊主だった小学生の頃に散々ハゲと言われ続けた結果である。


「し、しかし……それではヴァンパイア族としての誇りが……!」

「そんなのいいんだって。自分がそれだと名乗ればそれになってるんだよ。別に掟を守らなくたって、お前がヴァンパイアなのは変わりないだろ?」


 珍しく滝澤が説教している。近々雨が降るかもしれない。


「ならば、せめてお前と共に行こう。その出で立ち、どうせここには留まらないのだろう?」

「ああ、俺は王国を目指してる。モンスターと人間が友好関係を結べるように、俺が魔王になるんだ」


 魔王という単語を聞いた騎士の口元が緩む。その目は何処か別の場所を見ていた。


「魔王……か。そうだ、名前をまだ聞いていない」

「俺は滝澤。お前は?」

「私の名はヴィル・レディオン、これから滝澤の妻になる女だ」

「結局夫になるのな。まぁ、いいか……」


 テッテレー!ヴィルとルナが仲間になった!


「そういや、さっきの奴らは?」

「アイツらとは過去に一度戦っていてな。ここでの再戦を私が申し込んだんだ。巻き込んですまなかったな」

「いや、構わないさ。俺もヴィルに助けて貰ったんだし」


 滝澤は茶化した笑いを見せる。一度剣を振るわれた事は忘れているようだった。


「リンゴ持ってきたよー」


 ルナが大量のリンゴを抱えて歩いてきた。


「お、こんなにいっぱい……!ありがとなルナ」


 滝澤がルナの頭を撫でると、ルナはとても明るい笑顔を見せた。きっと人肌が恋しかったのだろう。


「うん。あ、ヴィル姉ちゃん起きたんだ」

「2人は知り合いか。なら話は早い。ルナもさっき仲間になったんだ」

「つまり養子と……」

「分かった、もうどんな解釈でも良い」


 ヴィルはゆらりと滝澤に歩み寄った。


「すまん、もうちょっと血が要る」


 そのままカプリと滝澤の首筋に噛み付く。2回目なので痛みには慣れたが、今回は後ろにルナがいる。


「お、おい……これ絶対教育に悪いって!」


 滝澤はモンスターとはいえ小さな子供のいる前での吸血に罪悪感を覚える。ヴァンパイアであるヴィルは自然に行うが、ハーピィであるルナが真似したらどうするのだ。


「ひはははいはほう。ははしはひひふはへひひふよふはふははは。(特別翻訳:仕方ないだろう。私が生きるために必要なんだから)」

「何言ってるか分からん。せめてルナに見えないところでしよう」


 ヴィルを力ずくで引き剥がし、距離をとる。ヴィルの表情は不満げだが、ルナの為にも滝澤はこうするべきだった。


「二人とも、何してたの?」

「栄養補きゅ……」

「ややこしくなるから黙ってろ。ヴィルがふらついたから俺が支えただけ。ただそれだけ」


 どうやらヴィルは滝澤ですら困らせるようだ。これはかなり稀有な存在なのではないか。

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