きっと、何処かで

倉科 然 DISCORD文芸部

第1話 私と男

「なあ、次はいつ会えるかな?」

 煙草の煙をむわっと吐き出しながら男は言った。名前も知らない男。

 私は煙で白く霞んだホテルの天井を仰向けに眺めながら

「今日何曜日だっけ?」

 と消えそうな声で返しながら、男とは反対の方向に寝返りをうった。ホテルの照明が紫色から赤に変わっていく。

「今日は日曜だけど、なんか予定あった?」

「別に」

「そうか、なら延長するか」

 男は悪びれる様子もなく言った。

 五万円、今日の私の価値。

 何やってんだろう、視界がぼやけて喉の奥が熱くなった。

 何の変哲もない普通の女子大生、側から見ればそんな私。別に勉強ができたわけでもないのに東京の大学に進学して、少ないけど友達はいて、来年の春には就職する。そんな普通の女子大生が私、だったはずだった。

 いつからこんな事してたんだっけ、瞼をそっと閉じると温かい涙がこめかみを伝ってベッドを濡らした。

「なあそういえばさっきからお前の携帯鳴ってるぞ」

「いいよ、どうせ大した用じゃないから」

 嘘だった。多分半同棲中の彼氏からの連絡だった。

「そうか、彼氏からじゃないのか?」

 男はヘラヘラと笑いながら言った。

「彼氏なんかいないよ」

 そう、きっともういなくなる。

「じゃあ、遠慮することはねえな」

 男はそう言うと私の方に近寄ってきて、後ろから私の体を強引に抱いた。やめてよ、と言う間もなかった。

「ああ、そっか」

 涙がどんどん溢れてくる。

「なんか言ったか?」

 息を荒げながら男は私の体を触る。

 いなくなるのは、彼氏じゃない。

 いなくなるのは。きっと。

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きっと、何処かで 倉科 然 DISCORD文芸部 @zen_kurashina

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